表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血雨  作者: Mayu
2/4

Ⅱ 変わる毎日

翌朝目を覚ますと、見慣れた天井が飛び込んで来る。また仰向けで眠ってしまったようだ。仰向けで寝ると鼾をかくというが、かいていなかっただろうか。まるで他人を気にするかのような考え方だ。普段一人暮らしをしている晃一は、なぜか誰かを気にかけていた。頭がよく回っていないまま上体を起こし、右側の綺麗に畳まれた布団を見て思い出した。キッチンの方からは、水が蛇口から溢れる音や、まな板を包丁が叩く軽快な音が聞こえる。

脳が起きろと命令してくるので、晃一は渋々布団からでて、誘惑の塊であるそいつらを押し入れにしまい込んだ。


「おはよう。」

「あ、すいません、起こしちゃいましたか?」


申し訳なさそうに「おはようございます」と言った彼女の肌は、太陽の光を反射して消えそうなほど白く見えた。触れたら壊れてしまいそうな脆さをチラつかせながら、彼女は再び流し場に向き直る。


「起こしてないよ。いつもこの時間に目が覚めるから。何してるの?」

「あ、えっと…私晃一さんの手伝いがしたくて、朝ごはん作ってるんですけど…。余計でしたか?」

「え、良いの?すごく助かる。」

「寝床まで用意して貰って、私がいる間にお金かかったら返せませんから…。」

「そんなの良いよ。俺の判断なんだから。」

「駄目です!そんなに甘えられません。」


意外と頑固な仁美は「お願い」というような目で見つめて来るので、晃一は困ったように微笑んだ。


「分かった。ご飯の用意で、貸すかもしれないお金はチャラってことで。ただし、仁美さんの分も作らなきゃ駄目。用意するときは二人分で。」

「え?私のもですか?」

「俺が一緒に食べたいから。」


悪いが、彼女が我を通すつもりなら、こちらも要求はさせてもらう。誰かとご飯を共にするということは、晃一にとって何よりの幸福のような気がするからだ。晃一が強く出ると、仁美は少し照れ臭そうに笑ってから答えた。


「分かりました。」

「よし、約束。これでフィフティフィフティでしょ?」


そう言うと仁美はそれは腑に落ちなかったのか、ちょっとだけ首をかしげてから頷いた。

約束通り朝ごはんは共に食べスーツに着替えて会社に向かおうとすると、仁美に呼び止められる。


「晃一さん、あの、これ…お弁当作りました…」

「え」


渡されたのは、確かに毎日使っている晃一の弁当箱だった。持つとずっしりしていて、そこで初めて作ってくれたんだと実感する。作ったと本人が言っているのだから当然と言えば当然なのだが、忘れかけていた優しさを感じた。


「私、誰かのためにお弁当作るの初めてで…。でも、きっと大丈夫です、食べて下さい。」

「…嬉しい。やばい、めちゃくちゃ嬉しい。」

「大袈裟ですよ、」


癖で俯かせていた顔を上げると、晃一は今にも泣きそうな顔を隠すように口を覆っていた。


「こ、晃一さん!?大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫、本当に嬉しいだけだから。ありがとう。おいしく頂きます。それじゃ、行ってきます。」

「はい、いってらっしゃい…」


いつもよりなんだか足が軽い。それは気のせいなんだろうがそれでも構わない。電車に乗る時も、弁当箱は確かに鞄に入れているはずなのに、なぜかそこだけ温かくなっている感覚がある。

いつも通り社員証で中に入り、自分の部署に入る。晃一が務めている会社は保険会社だ。営業マンである晃一は毎日のように各家庭を回り、保険の勧誘をする。契約が取れた時はうれしいので、それなりに責任感と充実感を持って仕事をしている。


「川本くん」

「はい。」


今月の営業成績はそこそこ。先月はかなり良かったのだが、最近は伸びが弱い。課長に呼ばれてデスクに向かうと、今日の担当地域について説明され、すぐに外に出た。

近くの公園には桜が咲き乱れ、それを少しの間眺めてから契約者の元へと向かう。

新規契約者との話は弾み、アフターフォローも欠かさない。良い時間になって来たので一度会社に戻り、データをまとめてから昼食にすることにした。


「お疲れ様です、川本さん。」


明るい声色で話しかけてきた彼は橋田透。晃一の五つ下で、一昨年入った社員である。一度透のミスをフォローしたりなんなりしていただけなのだが、それ以来こんな風に懐いてしまったのだ。元気でハキハキと社交的な彼は、晃一の霊感の数少ない理解者の一人でもある。


「お疲れ。昼飯食べたか?」

「いえ、まだです。一緒に食べていいっすか?」

「あぁ。食べるか。」


鞄から弁当箱を取り出し、蓋を取る。中身はとても色彩鮮やかで栄養バランスも良い、女子力の高い弁当だった。


「いつ見ても川本さんの弁当ちゃんとしてますよね。俺なんて毎日のように買い弁ですよ。」

「いや、これは俺が作ったんじゃなくて…。」

「え!?彼女さんですか!?」

「いや、違う。」


透の事は信頼しているので、昨日あった出来事について説明したいのだが、少しここは人目が多い。透の性格上、秘密話を人気の多いところですることは憚られるので、晃一は透の腕を引いて会社を出た。


「ちょっと公園出よう。」

「なんすか!?告白っすか?」

「馬鹿か」


テンションが高い。だが悔しいことにコミュニケーション能力は会社でも一、二を争うほどで、彼のそういうところは尊敬している。誰からも好かれるのは彼の中身故だろう。

公園に出て、ベンチに座り込むと、晃一は真剣そうな顔で会話を切り出した。


「じつは――」


事の経緯を説明し終えてから、透が思いっきり息を吸い込んだところで彼の口を両手で塞ぐ。案の定その後叫んだ透は、確かに「幽霊が居候!?」と叫びやがったので溜息をつく。


「何のために人の少ないところ来たのか分からないだろ…。叫ぶなっつの」

「あ、すいません…。でも川本さん、幽霊自体は見えないんじゃなかったでしたっけ。」

「うん、そうなんだけど…。彼女は見えたんだ。」

「へぇ…。何でですかね。」

「さぁな。」

「で、そのお弁当は、その仁美さんが作ったと。」

「そう。」

「包丁とか大丈夫なんすか?」


なるほど。

何か聞きづらいところを聞く時は、大丈夫か、と聞くのが良いのか、と五つも年下の男から学ぶ。包丁持てるんですか?とかストレートに聞くのではなく、大丈夫か?と聞くだけで随分オブラートに包んだ言い方になる。


「うん、大丈夫みたい。」

「へぇ、なんか素敵っすね。新婚さんっぽい。」

「やめろそういう恥ずかしい言い方。」


そう突っ込むと彼は無邪気な顔で笑い、買っていたオレンジジュースのパックの口を開いて飲んだ。そのままラッパ飲みしてしまうあたり透らしい。晃一は零れてYシャツにシミがつくのが怖くて、どうしてもストローを貰ってしまう。


「あ、そういえば今日の飲み会。一緒に行きましょうよ。」

「忘れてた。」

「え~!?出ました、いつもそれですよ川本さん。」

「いや、今回は本当に忘れてた…。仁美さんとご飯食べたいからなぁ。」

「ラブラブですか。」

「違う。料理を作って待ってくれてるのが嬉しいだけ。今日はやめておく。墓参りも行きたいしな。また今度。」

「ちゃんと前日に俺が連絡しますから、その時は来てくださいね。一緒に飲みたいっすもん俺。」

「別に社の飲み会じゃなくても、二人で行けばいいだろ。」


そういうと、透が間抜け面をこちらに向けて見つめてきた。横目に視界に入って来るのだが、やがて晃一の方がしびれを切らして口を開いた。


「なんだ、」

「良いんですか二人呑み!!」

「いや…別に嫌だなんて言ってないだろ。」

「うわぁ、もう川本さん好き!!」

「気持ち悪い、黙って食え!」


上司二人で飲むことが、そんなに嬉しい事なのだろうか。自分も尊敬する上司はいたが、ここまでではなかった。二人だけとなるとさすがに緊張するし気を遣う。それだけ好かれていると思うと、もちろんうれしい。しかし抱き着いてきたのでひっぺがす。

晃一が死に敏感になっている原因も知っていて、、なんだかんだ気の置けない関係ではあると思っている。親友、というか良友とはこういうことなのだろうか。


晃一は卵焼きを一つ食べ、噛むと出汁のいい匂いがした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ