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第七話

「ゲッシュ」とは、童話人に働く特殊な制約のことである。

 異伝子に刻み込まれたこのルールにより、私たちには生まれた時から「強さ」が決められているのだ。

 そして、この生まれついての力関係とは別に、童話が行われる間効力を発揮するゲッシュも存在する。

 つまり──


「確かに、言われてみればそうだな。ゲッシュがあるのだから、容疑者はオオカミよりも強い者に絞られる、か」


 ワイルドボアが首──顎との境目がほとんどない──に手を当てながら言った。

 その様子を見ながら、私は改めて考える。ゲッシュのルールに当て嵌めれば、オオカミを殺せる人間は全部で四人。そこから銃声を聞いた、つまりアリバイのある私とイナバを抜かせば、残るは二人だけだ。


「それで、ケープちゃん。犯人がわかったというのは」

「うん! あのね、『新約赤ずきんちゃん』でのゲッシュの強さはこうなるの」


 私たちはシナリオと同時に、童話内でのゲッシュの優劣が記載された表を受け取っていた。そして、その内容は以下のとおりになる。


 一位:狩人

 二位:ウサギ

 三位:悪い魔法使い

 四位:オオカミ

 五位:鳥人、魚人

 六位:赤ずきんちゃん

 七位:おばあさん

 八位:ミニずきんちゃん


 ウサギが意外と高順位なのは物語の展開のせいだ。

 とにかく、ゲッシュには生まれつき異伝子に刻まれた物と、童話を行う際に設定される物の二種類があり、童話内でのゲッシュはタグを嵌めることで機能する。その為、シナリオが完遂されるまでは、必然的にこのルールに従うしかなくなるのだ。


「で、この中でオオカミさんを殺せるのは、狩人さん、ウサギさん、魔法使いさんの三人だけ。

 そこからさらに、赤ずきんちゃんと一緒に銃声を聞いたウサギさんを除けば、二人にまで絞れるの」

「ふむ、つまり最も怪しいのは狩人と悪い魔法使い、か」

「そうだよー。

 で、狩人さんだけまだ来てないから、犯人さんだと思うの」


 姿を見せないからといって即犯人だと決めつけるのはどうかと思うけど……確かに、怪しい。

 しかし、彼女はあることを失念している。

 それは、異伝子の元になったキャラクターによっては、童話中のゲッシュを打ち破れるということだ。


(例えば、私みたいに……)


 私の本当の異伝子の力は、タグによる拘束力をも凌駕する。ただオオカミ役を殺すだけだったら、私にも可能なのだ。だから、さっきは自分も含めて「四人いる」とカウントしたのである。


「うーん、それだけで犯人だと決めつけるのは早計だと思うが……しかし、言っていることは最もだな」


 半ば独白のように、ワイルドボアは呟く。

 と、そのタイミングで彼のズボンのポケットが、低い音で震度した。

 スマホを取り出したワイルドボアは「失礼」とだけ断って、壁に体を向けながら通話に応じる。


「もしもし? ……ああ、その件か」


 電話口に彼が話すのを聞くともなしに聞いていると、不意に視線を向けられていること気づいた。

 恐る恐る真横を見ると、不思議な水色の瞳がまっすぐ私も映し出している。


「……あ、あの、何か?」

「いえ……少し気になったことがあったものですから」


 そう答えたきり、アトキンスは黙り込んでしまう。しかし、相変わらず彼の目は私の顔──というか頭だろうか──を見つめており、なんだかこちらの考えを覗こうとしているみたいで怖い。

 思わず唾を飲み込んだ私は、頭の中を見透かされぬように顔を伏せた。


「……そうか、わかった。ご苦労だったな」


 通話を終えスマホを元の場所にしまったワイルドボアは、私たちの方を振り返る。

 それから、探偵の少年に対し、


「お前の言っていたとおりだったそうだ」

「そうですか……」


 無感動な声で応じてから、再び私を見るのがわかった。


「あの家にあった箒とちりとりですが、どうやら使用された形跡があるそうです」

「へ、へえ……」


(どうしてこっち見ながら言うの⁉︎  やっぱり、私のこと疑ってる⁉︎)


「犯人が使ったのだとしたら、何の目的があるのでしょうかね」

「さあ、私にはちょっと……」

「…………」


(そこで黙らないでよ!)


「こらアトキンス。変なことを言って関係者を困らせるな」

「……はい。すみません」

「まったく。

 それより、もう他に何もなければ我々も二階に戻るぞ」

「……もう一つだけ、聞きたいことがあります」


 こめかみの辺りに、彼の視線が突き刺さるような感覚を味わう。なんとなく嫌な予感がしていたが、ほどなくしてそれは現実の物となった。


「赤ずきんさん」

「は、はい⁉︎」

「……ここ」


 死体みたいに白いアトキンスの手が伸びて来て、私の頭に触れるか触れないかの位置で止まる。


「破れてますよ?」

「え?」


 予想だにしない指摘に、私は慌てて頭に被っているずきんを触ってみた。

 すると言われたとおり、小さな引っかき傷のような物ができていることがわかった。

 どうしてこんな物が、と考えかけてすぐに思い出す。


(あの時だ。ずきんを取られそうになった時、あの人の爪が当たって破けたんだ!)


 彼を殴り倒した時は気が動転していてわからなかったけど、割と目につくくらいの大きさの傷になっているらしい。

 これだけで全てが露見する、なんてことはないだろうけど、最悪だ。


「も、もしかしたら、森の中を歩いている時に、木の枝に引っかけちゃったのかも知れないです。あははは」


 我ながら明らかに不自然な空笑をする。

 我ながら、本格的にいたたまれなくなって来た。


「おやまあ、それはかわいそうでしゅねぇ。

 よかったら、縫ってあげましょうかい?」


 グランマが善意の塊のような発言をするが、正直追い詰められたとしか思えない。

 私は無意識のうちにずきんを抑え、その申し出を断る。


「い、いえ、初対面の人にそんなこと頼めませんよ。それに、もうこの童話も中止されてますから」

「そうでしゅか? 遠慮なさらずに」

「本当に大丈夫ですから。

 あ、そうだ、私ちょっとお手洗いに行って来ますね」


 どうにかおばあさんの気遣いを振り切って、私は部屋のドアに手をかける。

 逃げるようにして誰もいない廊下に出ると、自己嫌悪の為か気分が悪くなって来た。

 吐き気に堪えながら、私は弱々しい足取りで本当にトイレを目指す。

 トイレは三階の端、こちらから見て右手にあり、他の部屋と同じドアを開いた先で小便器と個室に分かれている構造だった。

 後ろ手に鍵をかけてから、私は息を吐き出す。


(完全に、怪しまれてる。警部はともかく、あの探偵には……)


 再び暗澹たる気分で、私は壁にかけられていた長方形の鏡を覗き込んだ。今にも倒れてしまいそうな青白い自分の顔が映り込む。なるほど、これはワイルドボアに心配されてもおかしくない。

 そして、誰かいるはずもないのに周囲を見回してから、今度はずきんに手をかけた。

 一思いにそれを脱ぐと、肩に着くくらいの長さの髪が露わになる。

 と、共に、頭のてっぺんに生えている物も。

 ──私の頭の上には、生まれつき小さな二本の角(、、、、、、、)が生えていた。

 むろん、異伝子の影響で。

 そう、私の中には、童話界でも屈指の悪役てである「鬼」の血が流れているのだ。


「……最悪」


 声に出して呟き、洗面台に両手をつく。

 鬼は並み居る童話キャラの中でも、かなり強い。その力は童話の役柄に設定されたゲッシュの効力を簡単に跳ね除けてしまうほどに。

 けれど、こんな力や角があったからと言って、何になるわけでもない。童話に参加することにおいては、足枷でしかないのだ。


(それでも、今回はうまくやれると思ったのに……なんで)


 さっきから何度目になるかわからない自問が、脳裏に浮かぶ。

 そして、どうにか頭の中で自答しようとしたら、急に涙が零れた。

 ぽつぽつと、白い流しの中に雫が落ちて行く。

 私は鬼の異伝子を持っていて、自分で言うのもアレだけど膂力は凄い。それなのに、私はこんなにも弱い。


(やっぱり、もうやめちゃえばよかった。主人公なんて諦めていたら、こんなことには……)


 後悔していても意味がないことなんて、わかっていた。それでも、考えてしまう。


(うまく、いかないなぁ……いつも)


 それから、私はしばらく声を出さずに泣いていた。

 酷く惨めな気分で。


 *


 十分もしないうちに、私は二階へ降りて行った。

 あまり長く席を外すと怪しまれるかも知れないと思い、無理矢理涙を止めたのだ。

 ついでに顔も洗った為、気休め程度にはすっきりしていた。

 大部屋の中に入ると中にいたほとんどの人間の視線が集まる。目線を上げると、先ほど事情聴取が行われた時のメンバーにグランマが加わっており、狩人とオオカミ以外のキャストが揃っていた。

 私を見たワイルドボアは、仕切り直すように咳払いをする。


「え〜、それではみなさん揃われましたので、いくつか情報共有をさせていただきたいと思います。こちらからの報告が主になるでしょうが、みなさんに聞きたいこともありますので、お付き合いください」


 業務的な口調で彼が言い、童話警察からの捜査報告が開始された。

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