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第六話

 私たち「新約赤ずきんちゃん」のキャストは、事件が解決するまで森の中に閉じ込められることとなった。

 理由は簡単であり、名家であるフローズヴィトニルソン家の息子を殺した犯人を逃さぬようにする為、だそうだ。第三者による犯行の場合はもちろん、私たちの中に犯人がいたとしても閉じ込めておけるように、結界は解除しないのだとか。


「え〜、みなさんもご存知かと思われますが、結界から外へ出ることはできませんので……」

「わかってるわよそんなこと!」


 スケイルがまっさきに噛みついた。

 タグは通行証の役割を果たす。しかし、それは入って来る時の話であり、結界から出ようとする時には機能しない。

 そもそも、結界というのは生物の出入りを封じる物である為、生きている限り通り抜けることは不可能。つまり、シナリオが完遂されるまではタグがあろうとなかろうと、誰も舞台から外へは出られないのである。


「……仕方ない、おとなしくここにいるとするか」


 顔を真っ赤にして怒る彼女とは対照的に、フェザーズはすんなり受け入れたらしい。

 スケイルの反応の方が普通のように思えたが、不思議と他の面々も文句は言わなかった。


「ああもう、最悪。なんであいつこんな時に殺されるのよ」


 とても故人に対して言えないようなことを毒づいて、彼女はまたどかりと椅子に腰下ろす。

 横目でそれを見ながら、「なんでこんな時に殺されたのか」という言葉が頭の中で木霊した。


(犯人の動機はわからない。けど、あの人を殺す機会を与えたのは、やっぱり私だ……)


 再び思考が暗い方へと傾き、私は視線を自分の足元に落とす。


「とにかく、みなさんには申し訳ないですが、なるべくこの塔の中で過ごすようにしてください」

「森の中には犯人が潜んでいる可能性が高い。当然の処置だな」

「ご協力、感謝します。

 それでは、他に何もないようでしたら、我々はお婆さん役の方の所へ行こうと思うのですが……」

「待って。一つだけ、調べてほしいことがあるわ」

「ほう、なんですかスケイルさん」

「“童話保険”よ」


 童話保険。読んで字のごとく、だ。

 しかし普通の保険とは違い、ただお金が降りたり免除されたりというだけでなく、コース次第では特別な治療や待遇を受けることもできる。


「彼、VIPコースに加入してたはずよ。親の金でね。しかも、童話に参加する時は決まってクローンの申請もしていたわ」

「クローン申請、ですか。さすがは名家、豪勢ですな」


 どこか呆れたように彼は言った。それもそのはずで、クローンはべらぼうに高い。実際に作ることになった時もだけど、それ以前に申請する時点で馬鹿にならない額の手数料を取られるのだとか。

 単なるフリーターに過ぎない私には、縁のない話である。


「とはいえ、今回も彼がクローンを申請していたとすれば、すぐに蘇って来る可能性もあるわけですか」

「ええ。そうなれば、クローンのハティに話を聞くだけで事件は解決するわね」


 できあがったクローンには特殊な方法でオリジナルの記憶が移植されるらしい。もちろん、全て過去の文明の技術だ。


「ふむ。……エクゥス、悪いがもう一度お使いだ」

「了解です。童話保険局に問い合わせて来ますね」


 刑事はすぐにまた階段を降りて行く。戻って来たばかりだというのに忙しい。

 と、彼の後姿を見送りながら、じわじわと絶望的な気分になって来る。


(もしオオカミが蘇ったら、私のしたこともバレるんじゃ……)


 そうなったら、一巻の終わりだ。実際に殺していないとしても気絶までさせてしまっているのだし、何らかの罪に問われるだろう。それどころか、共犯者にされてしまうかも……。

 自分が崖っぷちに立っているのだということを再認識し、私は暗澹たる気持ちで唇を噛み絞めた。


「ところで、ハティさんは普段からよくクローンを利用されていたんですか?」

「そうね。といっても、実際にお世話になったのは一度だけみたいだけど」

「と、いうことは、まさか以前にも亡くなったことが?」

「あったらしいわ。むしろ、それがきっかけで毎回クローンを申請するようになったんだって。

 ねえ、そうでしょイナバ」


 と、スケイルは何故かウサギに水を向ける。この人はイナバという名前らしい、と思いつつ、私も視線を上げた。


「え、あ、はい、確かにその話はよく言ってました」

「さすがはハティの腰巾着。長い耳にタコができるくらい聞かされなでしょうね」

「それは、いったいどういう……よろしければ教えてもらえませんか?」


 警部に乞われ、彼は落ち着かなさそうに目を泳がせながら話し始める。


「三年前、ハティさんが童話に参加した時に、その、事件に巻き込まれたそうで。それで、一度命を落としてしまったんですが、クローンの申請をしていたお陰で、復活できたとかで」

「九死に一生というわけですな。

 しかし、その事件というのは……」

「お、おそらく、レジスタンスの犯行だと、言われています」


 そのワードが飛び出した時、場の空気がにわかに変わる。

 レジスタンスによる犯行。それが何を意味するのか、みな知っているからだ。


「テロ事件、ですか」

「はい……」


 陰鬱な表情で、イナバは頷く。

 当然ながら、この世界は決して一枚岩ではない。様々な主義・主張で溢れている。そして、中には自分の考えを受け入れない者を排除し、力で意見をまかり通そうとする人間も。

 レジスタンスはそういった人種の中でも、特に童話に対して特殊な思想を持っていた。


「……三年前ということは、もしかして『おとぎの森』の事件では?」


 ただ一人、先ほどと変わらぬ表情、変わらぬトーンで、アトキンスが尋ねた。

「おとぎの森」で起こったテロ事件については、私も知っている。


「そうです。

 し、しかも、ついさっき思い出したんですが、その時行われていたシナリオも」

「『赤ずきんちゃん』ですね」


 関係者たちはみな、息を飲む。そうだ、ニュースでも繰り返しやっていた。

「おとぎの森」で行われていた「赤ずきんちゃん」の童話が襲撃され、ほとんどのキャストが惨殺されたのだと。


「確か、あの事件で生き残ったのはただ一人だけでしたか」

「そうそう。確か狩人役の人だけが、大火傷を負いながら奇跡的に一命を取り留めた、のよね。

 ハティなんか、『左手しか残らなかった』って言ってたわ」


 聞いているだけでも、ぞっとする話だ。


「狩人役か……それは、今回のキャストと同じ人間なのだろうか?」


 顎に手を当てて、フェザーズが言う。しかし、彼の問いに答えられる者はいなかった。


「とにかく、そちらの面でも洗ってみることにしましょう。

 では、他に何もなければこの場はいったんお開きとします」


 言ってからワイルドボアは座を見渡しが、誰からも手が挙がることはなく、その後事情聴取は終了する運びとなる。

 三々五々に散って行くキャストたち。といってもスケイルとフェザーズはその場から動かず、顔色の悪いイナバと素顔の見えないパッサーが奥の壁にあるドアの向こうへ消えただけだが。

 また、警部と探偵は囚われの身となっているおばあさんに話を聞きに行くらしい。

 そして私は──しばらく動き出せずにいた。できることなら、今すぐにでも逃げ出したい。が、しかし、当然そうするわけにもいかず、結局私は突っ立っているしかなかったからだ。


「お姉ちゃん」

「わっ⁉︎」


 急に声をかけられ、思わず飛び上がりそうになる。

 見ると、ケープが天真爛漫の見本のような笑みを浮かべ、こちらを見上げていた。


「な、何かな?」

「あのね、もし何もすることがないのなら、私たちと一緒におばあさんのところへ行かない? おばあさん、大勢で行った方が喜ぶと思うの」


 なんてピュアな存在なんだろう。やっぱり私の幼少期役にしては可愛らしすぎる。


「え、偉いねケープちゃんは。

 でも、私たちも行ったら警部さんたちの邪魔になるんじゃないかな?」


 答えながらさりげなく二人の方を見ると、イノシシと目が合った。

 で、微笑みかけられる。


「構いませんよ。私も賑やかな方が気が楽ですから」

「そ、そうですか……」


 こっちはさっきから気が重くなるばかりだ。

 おそらくぎこちなく笑っているであろう私の腕に、ミニずきんちゃんがしがみついて来る。


「ねっ、お姉ちゃんも行こう!」

「あ、うん」


 彼女に腕を引かれながら、私は奥のドアへ向かった。

 木製のそれを開けると、一階と同じような何もない空間が現れる。二階は半分に区切られており、その片方が大部屋になっているだけだ。

 私たちの後ろにはワイルドボアとアトキンスがついて来ていたが、特に二人の間に会話はなかった。

 石の階段を上がり、三階へ到達する。

 するとこれまでの階とは造りが変わり、反対側の壁までまっすぐ廊下が伸びていた。そして通路を挟むような形で、左右に二つずつ部屋がある。

 確かシナリオに添付されていた見取り図によると、四階も同じように四部屋あったはずだ。


「あそこがおばあさんの部屋だよー」


 左側の手前にあるドアを指差して、ケープが言う。それから彼女に引っ張られるがままに、私は扉の目の前に立った。

 ケープは小さな手の甲で、やはり木製のそれをノックする。


「おばあさん、ケープだよっ。警部さんたちが、おばあさんのお話を聞きたいんだってー」


 中に声をかけると、すぐに許可が下りた。


「そうかいよく来たねぇ。大丈夫だから入っておいで」

「はーい」


 嗄れ声に言われたとおり、ミニずきんちゃんはノブを捻る。

 ドアを押し開いた彼女に続いて、私たちも部屋に足を踏み入れた。

 室内には最小限の家具しかなく、簡素な机やシーツの敷かれていはいベッドの置かれた様は、まるで監獄のようだ。

 また、ベッドの横には窓があり、レースのカーテン越しに太陽の光が差し込んでいた。

 そんな殺風景な部屋の中心には、椅子に座った──いや、正確には座らされた──老婆の姿が。

 確かに、ロープで背もたれに縛りつけられている。

 が、一つ予想と違うところがあるとすれば、その身長か。

 かなり大きい。座っている今ですら、上背があるのがよくわかる。しかも手足もちゃんと長いので、立ち上がったら百八十はゆうに超えようだ。

 おばあさんは私たちを見ると、皺だらけの顔を綻ばせた。


「ようこそ、おいでなさいました。私、お婆さん役のメイ・グランマという者でしゅ」


 唇の間からお歯黒が覗く。

 どう答えていいかわからず取り敢えず会釈しておくと、ワイルドボアが私の横から前に出た。


「童話警察のワイルドボア警察です。少々お話を聞きたいんですが、大丈夫でしょうか?」

「はいはい、なんなりとお聞きくださいませ」

「では……あ、いや、その前にロープを解くのが先ですな」

「あらあらお構いなく。私は平気でしゅから」


 とは言われても、縛りつけられた老人をそのままにしておけるはずもなく、警部は手間取りながらもロープを解く。

 解放されたグランマは大きく伸びをしてから、彼に礼を述べた。


「どうもありがとうございましゅ、おまわりしゃん」

「いえいえ、礼には及びませんよ。

 それで、よろしければさっそく質問に移らせてもらいます」

「どうぞどうぞ」

「え〜、ではまず、この塔に着いたのは何時頃かと、それから今まで何をしていたかをお聞かせください」


 先ほどケープやフェザーズのした証言と重複する内容になるのだろうが、念の為ということだろう。

 ワイルドボアの問いに、彼女は斜め上を見るようにして少し考え込んだ。


「そうですのぉ……私がここへ着いたのは、確か十五時前だったように思いましゅねぇ。

 それからそこにいるケープしゃんに椅子に縛ってもらって、少しの間一人でいました」

「なるほど。

 その後は? いつまでお一人だったんです?」

「え〜っと、そのすぐ後、十五時頃にフェザーズしゃんが来て、しばらくお話しさせていただきました」


 やはり、ケープやフェザーズの話を裏づけるくらいにしかならなそうだ。

 私は彼らのやり取りをぼんやりと眺めながら、頭の中ではどうしようもなく込み上げて来る不安と戦っていた。


「で、十分ほど経った頃にケープしゃんが戻って来て、今度は三人でお喋りというわけですしゅ」

「ふむ、わかりました」


 やはり真新しい情報がなかった為か、彼は生返事をする。

 と、ワイルドボアに取って代わるように、アトキンスが無機的な声を発した。


「僕からも聞かせていただきたいことがあります。

 この塔に来てから、何か不審な物音や人影には気がつきませんでしたか?」

「ええ、なんにもございましぇんでした」

「なら、グランマさんたちが入って来た方の道に岩場があるそうですが、そこも何か変わった様子は?」

「さあ、どうでしゅかねぇ……私はただ岩がごろごろ転がってるとしか、思いましぇんでしたが」

「そうですか……」


 呟いた少年は、顎に右手の親指を当てるようなポーズで黙り込んでしまう。

 結局有益な情報は得られなさそうだ、と他人事みたいに思っていると、不意に隣りにいた

 ケープが手を挙げた。


「はーい! 私わかっちゃった!」

「ほう、何をだいケープちゃん」

犯人が誰なのか(、、、、、、、)、だよ!」


 衝撃的なその発言に、ワイルドボアは目を剥いた。私も、驚き思わず彼女の顔を見つめてしまう。

 アトキンスとグランマは表情を変えないまま、ミニずきんちゃんの次の句を待っていた。


「簡単なことだよー。だって、私たちには“ゲッシュ”があるんだから」

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