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第四話

 予期せぬ通せんぼにより近道が使えず、仕方なく引き返した私たちは、今度は遠回りの道──入り口側の物と同じく大きく曲がっている──を通り、塔へ向かった。

 二十分ほど森の中を歩き、ようやく目的地へと辿り着く。


 少し開けた場所、大きな湖の(ほとり)にその古びた塔はあった。今回のシナリオで言うところの敵のアジトだ。

 塔は四階建ての建物でであり、ところどころひび割れた灰色の壁が、なかなかの雰囲気を醸し出している。

 また、すぐ背後には湖の水面が広がっており、大雨で増水すれば一階部分は簡単に浸水してしまいそうだった。

 その湖の真横を通り過ぎる時、私は桟橋に小さなボートが停まっていることに気づく。本当に簡単な小舟といった感じで、長らく使われていないらしくビニールシートが被せられていた。

──それから、私たちは先ほどと同じ隊列のまま、一つだけの出入り口の扉から中へ入る。

 一階は何もないがらんとした空間であり、そのまま壁に添ってカーブしている階段を上って上へ向かった。

 二階に着くと、そこはすぐ大部屋となっていた。

 壁も床も灰色の広々とした空間で、こちらも物があまりない。

 そして、室内には五人の人物が、立ったり座ったりしながら思い思いに私たちを待ち構えている。


「ご苦労様です、警部」


 と、そのうちの一人が声をかけながらこちらに近づいて来た。

 ブラウンのスーツを着た背も顔も手足も長い青年で、どことなく顔がウマに似ている。というか、ウマの亜人なのだろう。


「ああ、エクゥス。どうだそっちの様子は」

「どうもこうも、まあ見てのとおりですね」


 エクゥスという名前らしい彼──おそらく童話警察の刑事だ──は、手のひらを返して後ろを示した。

 その動きに従って室内に目を向けたワイルドボアは、ポマードまみれの頭を掻きながら彼らに声をかける。


「初めまして、童話警察のワイルドボア警部です。今回オオカミ役のハティさんが殺された事件を担当することになりました。

 それで、さっそくみなさんにもお話を伺いたいのですが」

「ちょっと待って」


 彼の言葉を遮って、木製の椅子に腰下ろしていた女が言った。困惑した感じでワイルドボアが目を向けると、彼女──魚人役のサカナの亜人は、混乱しているように声を上げる。


「本当にあのハティが殺されたの? あんなに図太かった彼が?」

「え、ええ、残念ながら。

 彼とはどういったご関係で?」

「元カノよ。私は以前、ハティ・フローズヴィトニルソンと交際していたの」


 彼女はこともなげに答えた。

「元カノ」というのもびっくりだけど、それ以上に気になるのはオオカミのフルネームだ。確か、最近どこかでそんな名前を聞いたような……。

 私はすぐに思い出せなかったが、どうやら警部は違ったらしい。


「フローズヴィトニルソン? それは、あのフローズヴィトニルソンですか?」

「そうよ。ハティはあんなんでも、名家の御曹司だったの」


 褒めているのか貶しているのかわからない言い方だ。

 だが、そんな彼女の言葉を聞いて、私もようやくその名前をどこで聞いたのか思い出した。確か、テレビのニュースで見たんだ。

 フローズヴィトニルソンという名前のお金持ちが現在危篤状態で、このまま亡くなれば莫大な遺産が彼の一人息子に転がり込むと。

 つまり、その「一人息子」というのが今日殺されたオオカミ──ハティってことなんだろう。


「な、なんと、そうでしたか。いやはや、意外ですな。正直ただのチンピラが殺されたのかと思ってました。

 でしたら、まずはあなたからお話を聞かせてもらいましょうか」

「話って、私のことを疑ってるわけ⁉︎」

「いやいや、念の為にですよ。あくまでも形式的な物ですから」


 彼が諌めると、サカナは鼻を鳴らしてからウェーブのかかった茶髪を掻き上げる。豊満な体つきでその仕草は板についているが、結局顔はサカナなのであまり意味がない。

 フィッシュ・スケイルと名乗った彼女は、不承不承話し始めた。


「あらかじめ言っておくけど、私アリバイなんてないからね。つうか、そこにいる赤ずきんとハティくらいしかスタート位置が決まってないんだから、当然よね」

「ほうほう。で、あなたは犯行があった時刻何をしていらしたんです?」

「別に。この部屋でスマホいじってただけよ十五時半くらいにここに着いて、それからずっとね」

「なるほど。その時、何か気になることはありましたか?」

「特には。

 で、三十分くらいそうしてたら、その人が来たの」


 スケイルが視線を向けた先には、無言で佇む一人の男の姿が。彼の姿を見たワイルドボアは少々驚いたらしく、肉に埋もれた目を見開いた。

 それも当然だろう。彼は役柄の都合上、かなり異様な格好をしていたのだから。

 男は黒いマントのような物に身を包み、ゴムでできているらしい覆面で完全に素顔を隠していた。これ以上ないというくらい、怪しげな出で立ちだ。


「失礼ですが、あなたは……?」


 警部の問いに、覆面の男は傍に置いてあるテーブルの上のメモ帳を開き、革手袋をした右手でペンを走らせる。そして、ペンを置いてからまた同じ手でそれを掴むと、ワイルドボアに見えるように掲げた。

 開かれたページにはお世辞にも綺麗とは言えない字で、「モーブ・パッサー。悪い魔法使い役だ」と書かれている。


「悪い魔法使い……そんな物『赤ずきんちゃん』に出て来ましたか?」

「来ないでしょうね。けど、今日行われるはずだった『新約』の方には敵のボスとして登場するのよ」

「はあ、そうなんですね。

 それにしても、どうしてその、喋らないんです?」


 彼が尋ねると、パッサーは再び右手のメモで答えた。曰く、「ポリシー」とのことだったが、いまいちよくわからない。

 すると、全く別の方角から補足が飛んで来る。


「パッサーくんは、普段はエキストラ役が専門なんだ。だから、喋ることも自ら禁じているらしい」


 そんな声を発したのは、壁に寄りかかるように立っていた短髪の男だった。

 彼は鳥──中でも猛禽類の異伝子を持っているらしく、鋭い眼光と先の曲がったクチバシを持っている。

 たぶん、魔法使いの部下役のワシだ。


「ああ、なるほどそれでポリシー、ですか。

 あなたはパッサーさんとはお知り合いで?」

「いや、今日初めて会った。私が降りて来たらちょうど彼が着いたところだったから、少し話したんだよ。もちろん、パッサーくんは筆談でね」


 説明してから、ワシは「申し訳遅れた、私はイーグル・フェザーズだ」と名乗った。あまり年齢を掴めない見た目をしているけど、落ち着いた物腰からして割といっているのかも知れない。


「そうでしたか。

 ちなみに、パッサーさんのこの格好は……」

「それはそういう役だからだ。覆面の悪い魔法使い。さっき彼女も言っていたように、今日の話のボスだな。

 で、我々はその手下というわけだ」

「不本意ながら、ね」


 フェザーズの言葉に、スケイルが横髪を触りながら答える。「不本意ながら」ということは、希望する役に落ちた為悪役に甘んじることになった、ということだろうか。

 私も今まで似たような物だったから、悔しい気持ちはわかる。


「ふむ。つまり、今までのお話を総合すると、この部屋に二人以上の人間が集まったのは十六時頃。ハティさんが射殺された時刻の三十分後ですから、すぐにここに向かったと考えればお三方には犯行が可能、ということですな」

「だから言ったじゃない。アリバイなんてないって」

「……いや、それは正確ではないな。私は十五時にはこの塔に到着して、それからしばらくおばあさん役の御仁と一緒にいたのだから、アリバイが成立するはずだ」

「おばあさん役、ですか。その方は今どちらに?」


 と、この質問に答えたのは、ここにいる最後のキャスト。部屋の奥の扉の前に立っている、小さな女の子だった。


「三階のお部屋だよっ。おばあさんは囚われの身(、、、、、)なのー」

「ええっと、それはシナリオ上、ということだね?」


 幼い関係者に、ワイルドボアは目線を下げて首を傾げる。


「うんっ。おばあさん悪い魔法使いに拐われちゃうの。

 あ、でも、身動きを取れないのは本当なんだよ?」

「と、言うと?」

「彼女は実際に椅子に体を縛りつけられているんだ。だから、今は自由に動けない」


 フェザーズがクチバシを撫でながら補足した。なんでもないことのように言っているけど、普通老人にする仕打ちじゃない。


「そうなのー。私が縛ってあげたんだよ〜」


 何故か少女──私とよく似た服装で赤いずんきんを被っている──は、胸を張って言う。

 警部は少し引いているらしく、引き攣った笑みを浮かべた。


「そ、そう。

 取り敢えず、お名前を教えてもらっていいかな?」

「うん! 私はケープ・ロット。お姉ちゃんの小さい頃の役なのっ」


 ケープのくりくりとした瞳がこちらに向けられる。そう、彼女は回想シーンに登場する私の幼少期役、通称ミニずきんちゃんなのだ。


(それにしても、やっぱり私の子供の頃にしては可愛らしすぎる。あと、髪の毛の色も何故か私と違って金だし……)


 と、そんな感想を抱いていると、ケープと目が合った。かと思うと、彼女は何故か小さく笑う。


「じゃあ、ケープちゃん。君はいつ頃ここに着いて、それから何をしてたのかな?」

「十五時前だよー。おばあさんと一緒に来たの。その後おばあさんを椅子に縛ってから、一人で塔の中を探索してたんだ〜。

 でね、いろいろお部屋を見て回った後、おばあさんのお部屋に戻ったら、フェザーズさんがいたの」

「それは何時くらい?」

「うーん、たぶん、十五時十分頃?」

「おそらくそれくらいだろう。その少し前に時計を見たら、八分だったからな。

 加えて言うと、私がここに着いたの時には、すでに二人はいたみたいだ」


 またもワシが付け足した。にしても、どうしてケープは私を見て笑ったんだろう?

 私が密かに不思議に思う中、ワイルドボアはたるんだ顎に手を当てて話をまとめ始める。


「では、これまでのみなさんの証言をまとめると、こうなりますなぁ」


 これまで話を振られることもなく暇だったので、私も頭の中で状況を整理してみることにした。

 以下、取り敢えず証言を時系列順に並べた物である。


 ①十五時前、ケープとおばあさんが一番乗りで塔に着く。おばあさんを椅子に縛った後、ケープは塔の探索へ繰り出す。


 ②十五時、フェザーズが塔に到着する。その後彼はおばあさんの部屋で世間話をして過ごした。


 ③十五時十分頃、ケープがおばあさんの部屋に戻る。そこにはちゃんとフェザーズの姿もあったらしい。


 ④十五時半、スケイルがこの部屋に到着。そのまま十六時頃までスマホをいじってる。


 ⑤十六時頃、パッサーが塔に到着しこの部屋に現れる。そのタイミングでフェザーズが三階から降りて来て、今度はパッサーと話し始める。


 そして、それから約二十分後、童話警察のエクゥスが訪れ、事件の発生を知らされることとなる。


(こうして考えてみると、やっぱり一番怪しいのは……)


 私の視線は自然と覆面の男へ向かった。

 一番最後に現れた彼にはアリバイがない。

 それはスケイルにしても同じことだけど、彼女の場合いつ人と会ってもおかしくない時間帯に来たと証言していた。誰かがこの部屋に降りて来ていたら、事件があった時間帯にいなかったことはすぐバレるんだから、普通そんな嘘は吐かないだろう。


(何かトリックがあるのなら、別だけど……)


 ぼんやりとそんなことを考えていると、フェザーズが徐ろに手を挙げた。


「一つだけ訂正させてもらうと、私がおばあさんと話し始めたのはここに来てすぐではない。私は三階の空き部屋に行ってから、戻って来たところ扉越しに声をかけられたんだ」

「空き部屋、ですか。

 いったい何の用で?」


 彼が怪訝そうな声で言うと、ワシは「楽屋にしようと思ってね」と答える。この塔の中で童話の舞台として使用されるのはごく一部であり、他の空き部屋は楽屋として自由に使えることになっていた。

 かくして、この場にいるキャストたちから証言を得た警部は、今度はおばあさんの家で起こった事件のあらましについて、塔にいた彼らに説明を開始する。


「──と、いうことで、ハティ・フローズヴィトルソンさんを射殺した犯人は、今なおこの森の中に潜んでいるものと思われます」


 ひととおり話し終えたワイルドボアは、乾いた唇を舐めた。

 関係者たちはそれぞれ無言のままであり、何を考えているのか読み取れない。


「え〜、ではおばあさんにはこれから話を伺うとして、狩人さんの居場所がわかる方は……?」

「いや、私は知らないな」

「そうね、まだ会ってないわ」

「まだここには来てないと思うよー」


 と、三人は口を揃えて答え、残る魔法使いも頷き返す。


「ほう、それはまた不思議ですな……彼の行方に心当たりは?」


 今度は誰からも返事はなく、みな視線を彷徨わせた。


「そうですか、わかりました。

 おい、エクゥス」

「あ、はい」


 警部が喋っている間手持ち無沙汰そうにしていた彼は、不意を打たれらしく数拍置いて答える。

 そんな部下に何か言いたげだったが、それを抑えるようにしてワイルドボアは指示を出した。


「本部に応援を要請して来い」

「わかりました。

 けど、申請通りますかね?」

「どうだろうな。もし無理なら我々だけで捜索するしかないだろう」

「はあ、まあ、いつもそうなりますしね」


 すでに諦めているかのように言ってから、エクゥスは踵を返し階段を降りて行く。

 その足音がまだ聞こえているうちに、彼の上司は今度は探偵の少年に話を振った。


「お前も、みなさんに聞きたいことがあったら今のうちに言っておけ」

「はい」


 相変わらず表情に乏しい顔で言ったアトキンスは、水色の不思議な瞳で座を見渡してから、


「根本的なことをお尋ねします。……そもそも、童話とはいったい何なのでしょうか?」


 斜め上の問いを発した。

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