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第三話

「なるほど、被害者はオオカミ役のオオカミで、左胸を撃ち抜かれて即死か」


 その声は、ついさっき到着した童話警察の中年刑事──確か、ワイルドボア警部とか言っていたっけ──の物だった。

 彼は挨拶も早々にリビングから続く廊下の先、バスルームへと向かい、現場検証を行っていた。

 そんなワイルドボアが、横にばかり大きい体を揺らしながら室内に入って来る。どうやらイノシシの“異伝子”を有しているらしく、しゃくれ気味の口から生えた牙や上向きの鼻なんかがそれっぽい。

 リビングに入って来た彼の周囲には、数人の妖精たちが飛び回っていた。彼らは鑑識官なのだが、みな同じ制服を着ているどころか、顔さえも全く同じだった。


「ええ。裏口から侵入した犯人は被害者を射殺した後、バスルームの窓から逃走したものと思われます。窓枠の所に真新しい泥がわずかに付着していました。

 それから、死ぬ前に何か鈍器のような物で殴られたらしく、頭にも傷がありますね」

「ほう、つまり犯人は被害者を殴りつけ気絶させてからバスルームに運んだということか」


 妖精とイノシシの会話を聞きながら、部屋の隅のベッドに腰下ろしていた私は思わず身構える。犯人が一人ではないことを抜かせば、彼の言っていたことは正解だ。

 動揺を気取られぬよう、私は自分の白い膝に視線を落とし続けた。

 また、室内にはウサギもおり、彼は青白い顔でソファにもたれかかっている。やはり彼はオオカミと知り合いだったらしく、その落ち込みぶりを見るに割と親しい間柄だったのかも知れない。

 すると、ワイルドボアの声が、今度はリビングの真ん中辺りから聞こえた。


「え〜、お二人ともまだショックかとは思いますが、死体を発見した時の状況を教えてもらえますでしょうか」


 顔を上げると、彼と目が合ってしまう。

 非常に気が進まないが、仕方ない。諦めながら口を開きかけた時、意外にもウサギが先に話し始める。


「ぼ、僕がシナリオのとおりにここを訪ねたら、彼女がドアを開けてくれたんです。その時、予定では登場しているはずの狩人さんやハティさん──オオカミ役がまだ来ていないと言われて……。

 そ、それで、心配だからみんなに報らせた方がいいかと話していたら……」


「銃声が聞こえました」と、彼は死にそうな声で紡いだ。やはり落ち着きなく目と耳を動かしながら、ウサギは震える手つきで眼鏡をかけ直す。


「ふむ、それで、銃声のした場所を見に行くと、バスルームの中に死体があるのを発見したと。

 だとしたら、犯人はまだ近くにいそうなものだが……何か怪しい人影を見たり物音を聞いたりしませんでした?」

「ぼ、僕は、何も」

「……私もです」


 バトンを受け取るように、私はようやく声を発した。正直、あの時は放心状態だったから、ちょっとやそっとのことじゃ気づかなかったかも知れない。

 射殺されたオオカミの死体を目にした私は、ある意味自分で殴り倒した時よりも動揺していた。すでに死んでいた思っていた人間が、もう一度同じ家の中で殺されたのだから、当然だろう。

 いや、違う。あの時彼はまだ生きていたんだ。それなのに私はオオカミを殺してしまったと勘違いし、事件を揉み消そうとした。

 その結果、彼は本当に死んでしまったんだ。


(結局、私のせいだ。私が無理矢理童話を続けようとしたから……。もし素直に罪を認めていたら、あの人は死ななかったのに)


 今更ながら、人を死なせてしまったという実感が湧いて来て、私は罪悪感に打ちひしがれる。


「むう、それは残念だ。さっさと解決できると思ったんですが……。

 とはいえ、今この森は童話の舞台となっている。結界が作動している限り犯人は外に出れないのですから、その点は安心ですな」


 楽観的に言い、中年刑事は笑った。

 彼の言ったとおり、童話の舞台となる場所には特殊な結界が張られ、部外者が立ち入ることやキャストが退出することは不可能となる。それ故、童話中は世界と隔絶されるわけだが、別に外と連絡が取れないとかそういったわけではない。

 さらに言えば許可さえ得られれば結果を出入りするこも可能であり、だからこそ迅速に童話警察を呼ぶことができたのだ。


「ひとまず、お二人にはもう少しこちらでお話を伺いたいのですが……」


 言いながら、彼は視線を背後に向けた。

 すると、薄暗い廊下の中から一人の少年が音もなく現れる。ダークスーツに身を包んだ彼は綺麗な銀色の髪をしており、不自然なほどに整った顔には表情らしき物が見当たらなかった。

 まるでできのいいマネキンのような容姿の少年は、警部の視線に静かな口調で答える。


「構いません。先に事情聴取を行ってください」

「ああ、そうするよ。まったく、どうして上はこんな奴を押しつけるかなぁ」


 ぼやきの部分はさすがに小声だったが、それでもこの距離なのだからはっきり聞こえたはずだ。

 それなのに、少年は全く表情を変えないどころか、身じろぎ一つしていない。


「それじゃあさっそく──と、その前に、一応こいつの紹介をさせてもらいます。

 彼の名はトミー・アトキンス。訳あって、今回の捜査に同行させることになりました。まあ、いわゆる私立探偵って奴ですな」


 苦笑混じりに彼が紹介すると、アトキンスは「よろしくお願いします」とだけ言って軽く頭を下げた。

 無表情ではあるものの、かなりの美形なのは確かだ。とはいえ、今はイケメンを目の保養にしているような余裕なんてないのだが。


「では気を取り直して、事情聴取を始めます。

 まずは、赤ずきん役のあなたからお話を聞かせてもらえますか?」

「あ、はい」


 指名された私はおずおずと、童話開始からこの家に来るまでの経緯を説明した。


「ほう、つまり現状生きているオオカミ、いやハティさんを最後に目撃したのは、あなたということになりますなぁ」

「そう、ですね」

「で、その時はシナリオの役を演じているだけで、特に変わった様子はなかったと。

 ちなみに、それは何時頃ですか?」

「童話が始まってすぐですから、たぶん十五時頃だと思います」

「となると、死体発見の約三十分前ですか」


 考えを纏めているのか、ワイルドボアは呟いてからしばらく口をつぐむ。

 その後ろに立ったアトキンスもまた、無言のまま作り物じみた瞳をこちらに向けていた。


「……わ、かりました。

 じゃあ、次はそちらのウサギさんに伺いましょうか」

「は、はい。

 えっと、僕は十五時二十分頃に入り口の方から森に入って、近道を通ってここに来ました」


 ということは、わかれ道のうち私が通らなかった方からやって来たのか。確か、あっちは回り道の半分以下の長さだったはず。彼がここにやって来たのは十五時半より少し前だったから、証言とも一致する。


「では、その時何か不審な物や人物は?」

「いや、特に何もなかったと思います」

「ふむふむ、そうですか」


 肉のたるんだ顎に触れた彼は、今度は自分の背後に声をかける。


「お前は何か聞きたいことはないのか?」

「……あるので、言います」


 妙な言い回しをしてから、アトキンスは警部のすぐそばの床を指差した。


「どうしてワインが溢れているんです? しかも、瓶ごと」


 彼の質問は当然だろう。

 みなが床板に広がる紫色のシミに注目する中、答えたのは私だった。


「それは、私の不注意で、小道具用のぶどう酒を落として割ってしまったんです」

「ははあ、なるほど。それでこれがあるわけですか」


 ワイルドボアはそう言うと、テーブルに置いたままになっている布巾に目を向ける。また、そのすぐ近くにはハンカチで中身を隠したバスケットが置いてあった。

 結局汚してしまった場所の掃除はできなかったが、処分したい痕跡はなんとか隠せたはずだ。


「他には?」

「はい。

 赤ずきんさんに質問なんですが」

「な、なんでしょう?」

「ぶどう酒の後始末をしたのは、あなたでしょうか?」

「そうですけど……」

「でしたら、どうして箒と塵取りを使わなかったのです?」

「え」


 指摘されてようやく気づく。

 言われてみれば確かにそうだ。普通先に瓶の破片を集めて、床を拭く時に危なくないようにするだろう。

 が、だからといって何も証拠にはならないし、全然言い訳できる。


「それは……私焦ってしまって、先に床を綺麗にしなきゃって」

「……なるほど、わかりました。ということは、箒と塵取りは使われてい(、、、、、)ないんですね(、、、、、、)


 一瞬、アトキンスの言っている意味がわからなかった。

 そして、数拍置いてそれを理解した時、一斉に血の気が引いて行くのを感じる。

 まさか、彼は気づいたというのか。オオカミを殴り倒した凶器を隠す際に、箒と塵取りが使われたということに。

 そう考えた時、私はもう一つあることを思い出した。それは、オオカミの死体を発見した時、まっさきに私の頭に浮かんだ疑問である。


(そういえば、凶器はどこへ消えてしまったんだろう? 私は確かに、オオカミの体の上に乗せたのに)


 私にとって、これはかなり重要な問題だ。何せ、あれにはしっかり指紋がついているのだから。


(もしオオカミを射殺した犯人が持ち去ったのだとして、いったいなんでそんなことを……? それに何より、警察の手に渡るようなことがなければいいんだけど)


 知らず私は黙り込み、また自分の膝を見るともなしに見ていた。そんな私の様子を見て落ち込んでいると思ったのか、ワイルドボアが探偵の少年を窘める。


「アトキンス、彼女は死体を見てショックを受けているんだから、あまり無理をさせるな」

「……はい、すみません」

「あ、いえ、大丈夫ですから」


 素直に首を曲げる彼に、私はかろうじて笑顔を取り繕った。ショックを受けているのには、違う要因もあるのだけど。


「で? 聞きたいことは以上か?」

「はい。今のところは」

「よし。

 それでは、一応他のキャストの方々の話も聞きたいので、お二人には我々について来てもらいたんですがよろしいですか?」


 この申し出に、私たちはコクリと頷く。


「ありがとうございます。さっそくそちらへ向かいましょうか」


 とのことなので、私たちは鑑識の妖精たちとオオカミの死体を残して、ぞろぞろとおばあさんの家から外に出た。

 亡骸はこれから運び出されるようだが、果たしてどこまで調査が行われるだろうか。童話警察に限ったことではないが、この世界の警察組織はかなりいいかげんで大雑把だ。明らかな殺人事件であっても、事故や自殺として処理されたりするケースも少なくないと聞く。だからこそ、「私立探偵」という職業が広く世間に受け入れられているのだが。

 もしかしたら、今回の事件も適当に片づけられるかも知れない。

 そうなったら、私にとっては好都合か。


(あのオオカミには申し訳ないけど……)


 そんな風にぼんやりと考えながら、私はウサギの後について行く。

 先頭はワイルドボアであり、私たちは今、他のキャストの待つ塔へ向かう為の道を進んでいた。おばあさんの家から塔へ続く道は二つあり、今歩いているのは近道の方だ。

 が、しかし、数分も進まぬうちに、一行は立ち止まることとなる。


「な、なんだこれは……⁉︎」


 まっさきに声を上げ、警部は立ち止まった。

 つられて足を止めた私たちは、目の前に現れた物を眺めて立ち尽くす。

 変わり映えのしない森の景色の中、突如として現れたのは巨岩を積み上げて作られた山だった。岩はわざわざ別の場所から運んで来た物らしく、道をちょうど塞いでしまっている。

 本当にちょっとした山のようになっており、向こう側の様子は全く見えくない。いったい、誰が何の目的でこんな物を……?

 とっさに言葉を発せずにいると、先頭に立つワイルドボアがこちらを振り返る。


「ど、どちらか心当たりは……?」


 彼の問いに、私とウサギは首を振った。

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