解答編第五話
「なに? あんたさっき自分で言っていたじゃないか。フローズヴィトニルソンはタグをつける前にパッサーを襲い、入れ替わったと」
「ああ、あれは嘘です。説明しやすくする為に、いったんフェイクの推理を挟んだんですよ」
「嘘だと⁉︎
いや、しかし……もしパッサーを殺したのが別の人間だとすると、タグの入れ替えはどうなるんだ? あれは、奴が犯人でなければ不可能なはずだ。
他に義手の人間がいるなら話は別だが」
「いえ、そうとも限りませんよ。ある方法を使えば、至極簡単にできることです。
と、その前にもう一つ、フローズヴィトニルソンさんがパッサーさんを殺害したのではないと考える根拠を、挙げさせてもらいます」
答えてから、叔父さんは私の隣りに目を向けた。どうやら、私に寄り添うように立っているユズを映し出しているようた。
「実は彼女、十五時すぎ頃に例の作業着の男を目撃していたんです」
「本当かね?」
「あ、はい。その人かわかんないっすけど、怪しげな格好で猟銃みたいなのを背負った人なら見たっす」
「それは、いったいどこで」
「ウチの拠点っす」
と、言われても当然わかるわけもなく、みなすぐにピンと来ていない様子だった。
本人ではなく、叔父さんが解説を加える。
「言葉どおり、彼女の拠点ですよ。この森の中でのね。
なんと、こちらのユズさんは四日前からこの森で修行していたそうです。そして、あの近道を塞いでいる岩山の側で、作業着の男を目撃した。道の途中でまで入ったところで彼女がいるのに気づき、慌てて引き返したみたいですね」
「……それが十五時すぎだとすると、やはりおかしいですね。塔に死体を隠した後、フローズヴィトニルソンさんはすぐにお婆さんの家に向かわず、どこかに寄り道をしていたのでしょうか?」
わざわざそんなことをする意味がわからない。
となると、パッサーを殺したのは別の人物であり、フローズヴィトニルソンは共犯者が犯行を終えた後で森の中に入って来たと考えるのが妥当、のように思える。
「そう言えば、あの岩山は結局なんだったのだろうな。まさかあれにも、レジスタンスが関わっていたのではないだろうな」
「あ、それ、たぶんウチがやった奴っす」
「は? まさか、あんたが『ワンダーランド』のメンバーなわけ?」
「いや、なんすかそれ? 最近のロックバンド?
ウチはただ、修行の一環として──」
それから、彼女は山籠もりの間どんなトレーニングをしていたのか説明する。その内容を聞いた一行は、みんな肩透かしを食らわされたような、なんとも言えない顔になった。
「す、すると、何かね。近道を大岩で塞いだのは、ただの筋力トレーニングだったと?」
「そうっすね〜。お陰でパワーアップしたっす!」
この答えに、ワイルドボアは頭痛がするとばかりに額を抑えた。
「と、まあ、これらの理由から、パッサーさんを殺害したのは別の人物、おそらく共犯者であり真犯人なのだと考えられるのです。
そもそも、フローズヴィトニルソンがパッサーさんの死体を塔に運んでいろいろ細工したとしたら、『縮み薬についてよく知らない』という私の仮説と矛盾しています。と言っても、あれは単なる想像で、根拠にはならないのですが」
「それもそうだな。私も、話の途中で妙だと思ったよ。
しかし、探偵くん。そうなると、いったい誰がパッサーくんを殺したんだ? それに、その人物はどうやってタグの入れ替えをやってのけたんだい?」
フェザーズに乞われ、探偵はようやく事件の核心に触れる。ここまで散々喋って来たが、それでもまだ序章にすぎなかったようだ。
「わかりました。では、ここから真の推理、本当の意味での解答編に行きましょう。
そして、まず前提として、フローズヴィトニルソンさんを利用し、さらにはパッサーさんの命を奪った真犯人、つまり『ワンダーランド』のメンバーは、キャストの皆さんの中にいます」
これに対し、みんなそこまで驚いた顔はしなかった。明言されるのは初めてだが、今までもどこかでわかっていたのだろう。
「最初は『謎の第三者が森の中に潜んでいる』、ということになっていたようですが、その正体はもちろんユズさんです。さらに、この森には童話が開始される一時間前から結界が張られていて、部外者は立ち入れない状況だった。ここまで来れば、キャストの方の中に真犯人がいるとしか考えられません」
「そうだな。にわかには信じ難いが、あんたの言うとおりだろう」
「ありがとうございます。
みなさんも、いいですね?」
叔父さんの問いに、誰もが頷いて返す。その様子を見た彼は、満足げな表情で話を再開した。
「ならばさっそく、単刀直入にいかせてもらいます。童話『新約赤ずきんちゃん』の舞台で起きたこの連続殺人事件の真犯人、それは──」
探偵は、ついに犯人の名を告げる。眼鏡の奥の瞳には鋭い光が宿り、ある人物の姿を真正面から捉えた。
かくして、彼の口から発せられたのは、
「あなたですね? シロウ・イナバさん」
気弱そうな青年の名前だった。
「……え?」
イナバは困惑したような声を漏らしてから、怯えた目で叔父さんを見返す。
「ぼ、僕ですか⁉︎」
思いもしなかったとばかりに、彼は自らの白い顔を指差した。
「ええ、もちろん」
場違いなほどいい笑顔で、叔父さんはキッパリと答える。
「そ、そんな……あの、全く意味がわかないんですけど」
「わからないなんてことないでしょう。あなたが自分自身の手でしたことなんですから」
「い、いやいや、僕じゃありませんよ。だいたい、タグのことはどうなるんですか? ぼ、僕は確か十五時二十分頃、森に入る直前に起動させました。記録を調べてもらえば、すぐわかると思います」
イナバは助けを求めるように、童話警察の面々に顔を向けた。
「あ、ああ、確かにそうだ。彼の持つ『ウサギ役』のタグは、十五時二十分に起動したことになっている」
「ですよね? だったら、やっぱり僕は無実ですよ。
タグに電源が入った時間は、すなわち結界の中に入れるようになった時間です。この場合で言うと、僕は十五時二十分まで森には入ることができなかったんだから、どう考えても犯行は不可能でしょう。
それとも、僕がタグに何か細工をしたとでも言う気ですか? そっちの方が、よっぽど難しいと思いますけどね」
これまでほとんど声を発することのなかった彼が、急に饒舌になっている。まるで何かの片鱗を見せるかのような豹変ぶりに、私は人知れず身震いした。
他の面々も、少々意外そうな目線をイナバに向けている。
「ふむ、そうでしたね。確かに、あなたのタグはその時間に起動していました。というか、調べたの私ですし」
「ほら、やっぱり間違いだったんだ。僕が犯人だなんてこと、あり得」
「しかし、イナバさん」
相手の声を遮り、叔父さんは不敵な笑みを浮かべる。
「あなたの牙城はとっくに崩れている。単純なことです。あなたは別のタグを使って、結界の中に入ったんだ」
「……へえ、そうですか。けど、もしあなたの言ったとおりだったとして、その別のタグとやらはどこへ行ってしまったんです? 僕はこのとおり、自分の物しか身につけていません。
いったいどんな魔法を使えば、一度嵌めたタグを外すことができるんですか?」
「いえいえ、『魔法』だなんて大袈裟な物ではありません。本当に、タネさえわかれば子供でもできるような、陳腐な手品ですから」
彼のセリフを聞き、青年の頬がぴくりと痙攣するのがわかった。まるで何かが癇に障ったかのように。
「ところで、私は先ほど『パッサーさんは結界に入る前に襲われた』と言いましたが、これに関しては変わりません」
「うむ。死亡推定時刻から見ても、その可能性は高いな」
「ええ。
そしてこの時、イナバさん、あなたは予めフローズヴィトニルソンさんから、『狩人役』のタグを受け取っていたのですね? つまり、本当はこれを使って結界の中に入ったのです」
「何を言い出すかと思えば……。
だいたい、『狩人役』のタグは塔から落ちて来た死体がつけていたはずです。たとえ結界を通ることができても、腕から外せない以上取り替えるなんてできないじゃないですか」
「いいえ、そうとも限りません。
と、その前に、タグの性質について今一度おさらいしてみましょう」
叔父さんは「まず第一に」と人差し指を立てる。
「何度も言っているように、タグがなければ童話の舞台には入れない」
「知ってるわよそんなこと! それより、さっさと話を進めたら?」
「まあ、待ってください。重要なことですから。
次に、タグは一度手首に巻かれると隙間なくぴったりとくっついて、以降形状が固定される。これも当然大丈夫ですね?」
「うむ。だからこそ、困ったことになっているんだがな」
「仰るとおりです。
続いて、タグは腕などに嵌められると同時に電源が入り、機能が発揮される」
「そうですね。ですからイナバさんも仰っていたとおり、『起動した時間』=『結界の中に入れるようになった時間』ということになります」
「うん、これも間違いない。
では最後に……タグが直接体に触れていなければ、結界を通ることはできない」
彼の瞳がこちらに向けられた。私は無言のまま、こくりと頷き返す。
「では、これらのことを踏まえ、私の推理を聞いていただきましょう。
まず、森の入り口──岩場のある方です──の前でパッサーさんを待ち伏せしていたイナバさんは、彼を一度気絶させます。実はここがポイントで、すぐに殺害したわけではなかったんですね。
それから、彼はさらにある準備を行いました。パッサーさんの両腕に、『悪い魔法使い役』のタグと『狩人役』のタグを巻きつけたのです」
「ど、どうしてそんなことを。だいたい、狩人──と思われていた死体は、一つしかタグをつけていなかったぞ?」
「それは、取り外したからですよ。……縮み薬を使ってね」
ここでもまた、例の薬品が出て来るとは。意外に思うと同時に、今回ばかりは叔父さんの言わんとしていることがわかった。
「気を失ったパッサーさんは、左右それぞれの手首にタグが巻かれている状態です。そこへ縮み薬を飲ませると、どうなるか。──当然、パッサーさんのみが小さくなります。
鑑識の方によると、縮み薬は彼の全身だけではなく体内からも検出されたそうです。つまり、それはこの時飲まされた物だったわけですね」
「あー、そう言えばそうでしたね。どうしてそんなことをしたんだろう、って疑問でしたよ。わざわざ飲むよりも、被った方が簡単なのに」
「エクゥス刑事の仰るとおりです。
話を戻しますと、この時タグは両方の手首に嵌められた時の状態──要するに輪っか──のままになっているのですから、何の問題もなく、縮んだ体を抜き取れます」
「……そ、そうか。それでタグの性質をおさらいしたのか」
合点がいったとばかりに、ワイルドボアは呟く。
「しかし、まさかタグを外す方法が、こんな単純なやり方だったなんて。まさしく、『子供騙し』だ」
「そうですね。もちろん、パッサーさんに『狩人役』のタグを嵌めさせる方法もこれの応用です。
塔へ向かった犯人は、輪っかになったタグの中に彼の腕を通してから、今度は体全体に戻し薬をかけたのでしょう。そして、ようやく毒物を注射して殺した」
「……なるほど、そちらも簡単ですね。一応、被害者を運ぶのにも小さくした方が便利ですし、理に適っています。
しかしそうすると、イナバさんもまた縮み薬を使ったのでしょうか? 結界の中に入ってからすぐに薬を被れば、タグから抜け出すことも可能ですが」
「犯人」から「イナバさん」に変わっている辺り、すでに先生の推理を信じているらしい。アトキンスは全く気にしていなかったが、イナバは不愉快だとばかりに鼻を鳴らした。
「いや、それは違うというか、考え辛いかな。自分まで小人になってしまっては、元に戻るだけでも一苦労だし、そもそもそんなことをする必要はなかったんだ」
叔父さんは弟子のセリフを否定し、意味深な笑みを湛える。
「ここで重要になって来るのは、おさらいの四番目──タグは直接体に触れていなければならない、という奴です。これは裏を返せば、『タグが直に体に触れてさえいれば、結界を通ることができる』ということです」
「なるほど。では彼は、手首に通さずに別の部分でタグに触れていたというわけか。タグの性質を考えれば、指なんかに引っかけているだけでも機能が働くはずだからな」
「ええ、そのとおりです。フェザーズさんが仰ったように、指でももちろん大丈夫ですし、何よりイナバさんには長い耳がある。輪っかにしたタグをかけておくには、お誂え向きですね」
「ちょっとシュールですが」と、彼はつけ加えた。
「さて、こうして童話の舞台への通行権を得たあなたは、小さなパッサーさんと共に塔へ向かいます。そしてその際、『悪い魔法使い役』のタグを岩場の辺りにでも隠しておいたのでしょう。
これはもちろん、後から来たフローズヴィトニルソンさんがそれを使って中に入る為ですね」
「そうか、オオカミくんの左手は義手なのだから、それを外して腕に通すだけでいいんだな」
「そういうことです。
以上が、私の推理したタグの入れ替えトリックです。ついさっきイナバさんが仰った、『タグから抜け出して別の人間につけ直す』というのは、ある意味答えその物でしたね」
言いながら、叔父さんはまっすぐに犯人を見つめる。
青年は相変わらず青白い顔をしていたが、そこにはもう表情らしき表情はなくなっていた。まるで全く血が通っていないかのようであり、その顔は「悪い魔法使い」のつけていたゴムマスクを連想させる。
「そこから先は、おおよそ今まで話して来たとおりのはずです。塔を出たイナバさんは、そのまますぐにお婆さんの家に向かいました。私が思うに、フローズヴィトニルソンさんがしっかりと計画を遂行できるか、監視する役目を負っていたのでしょう」
「じ、じゃあ、本当にこいつが『ワンダーランド』の一員なわけ? 信じられない……」
口許を覆いながら、スケイルは彼から一歩離れた。知り合いが実はレジスタンスだったなんて、そうやすやすと受け入れられないだろう。
「お気持ちは察ししますが、そうとしか考えられません。
そしてこの時、イナバさんは遠回りの道を使ってお婆さんの家に向かった。フローズヴィトニルソンさんがクローンを殺すことになっていたのは童話が始まった直後、お婆さんの家に先回りして一人になったタイミングです。時間で言うとだいたい十五時五分くらいだから、まだ余裕があったのでしょう」
「しかし」と叔父さんは、叩き落とすように言う。ここまで来れば、彼の言いたいことは察しがついた。
「思わぬ事態が発生してします。予定の時間をすぎても共犯者は現れず、それどころか私の姪にターゲットが殴り倒されてしまったのです。
先ほどのユズさんの証言にもあったとおり、フローズヴィトニルソンは初め近道を利用しようとした。しかし、中ほどまで進んでみると、彼女がいることに気づく。おまけに道その物が塞がれていた為、止むを得ずUターンして、遠回りの道を使うことにしたのです。これにより、彼は予定していた時間に間に合わなかった」
「だから、私がクローンをバスルームに隠し、そこを離れたタイミングで彼を殺すしかなかったんだ……」
思わずそう言うと、叔父さんはこちらに微笑みかける。
「そうだね。こうなってしまっては仕方ないと、イナバさんがトウカちゃんを引きつけておいて、その間に射殺することにしたんだろう。
ちなみに、トウカちゃんが使った凶器の破片を持ち去ったのも、もちろんフローズヴィトニルソンさんでしょう。これが残っていたら、彼のクローンを殴り倒した人物と射ち殺した人物が、別々だとわかりかねませんから。そして、おそらく破片の入ったビニール袋は、湖に停めてあったボートの中にでも隠してあるんじゃないですかね」
彼の言葉を言いて、あのビニールシートに覆われた小さなボートを思い浮かべた。お婆さんの家との位置関係からしても、物を隠すのにはうってつけだろう。
「違いますか、イナバさん」
彼は首を傾げる。
その問いに、青年は数拍置いてから、白いゴムマスクの口を動かして答えた。




