第十八話
戻って来た部下に向き直り、彼はさっそく報告を促す。
「上は何と言っていたんだ?」
「ええ、それが、応援はすでに送っていると」
「なに? そうだったのか?
というか、ならもっと早く教えてくれればいいものを」
「本当ですよね。
あ、それと、いくつかわかったことがあるので、そのデータを送ってくれるそうです」
言いながら、エクゥスは自身のスマートフォンを掲げる。どうやら、彼宛にメールで送られて来るらしい。
「ほう、有益は情報が得られるといいがな」
ワイルドボアは、すでに期待していないらしい。これに対し刑事は苦笑いを浮かべた。
と、同時にさっそく彼の手の中でスマートフォンが震える。
「来たみたいですね」
エクゥスは画面にタッチして、メールの本文を呼び出した。他の者に見えないように立ちながら、警部と探偵がそれを覗き込む。そこに記載されていたのは、以下の内容だった。
「新約赤ずきんちゃん」参加者の実際のゲッシュの強さ一覧
一位:トウカ(鬼と人間のハーフ)
二位:マタギ・カリト(狩人)
三位:ハティ・フローズヴィトニルソン(オオカミ)
四位:メイ・グランマ(種族不明)
五位:イーグル・フェザーズ(ワシ)
六位:シロウ・イナバ(ウサギ)
七位:モーブ・パッサー(モブキャラ)
八位:フィッシュ・スケイル(魚)
九位:ケーブ・ロット(赤ずきん)
「これが、まず一通目です。括弧内が異伝子の種族でしょうね」
「だろうな。一人気になる人物がいるが……」
言わずもがな、メイ・グランマのことだろう。
「一通目ということは、まだあるのか。取り敢えずそっちも見せてくれ」
「了解です」
彼は答え、次に受信した物を開いた。
「新約赤ずきんちゃん」参加者のタグが起動した時間一覧
赤ずきん……十四時四十分
オオカミ……十四時五十八分
ウサギ……十五時二十分
魔法使い……十四時二十分
鳥人……十四時五十分
魚人……十五時
おばあさん……十四時四十七分
赤ずきん(過去回想)……十四時四十八分
狩人……十四時二十四分
「ふむ、こうして見ると、あまりおかしな点はないように思えるな」
「そうですね。概ねみなさんの証言とも一致しますし」
彼らが額をつけ合わせて話し合っていると、背後ろから不機嫌そうな声が寄越される。
「ちょっと、さっきから人にお尻向けたまま何話してるのよ」
「失礼、上司から伝達事項があったものですから」
「ふうん、まあなんだっていいけど。
つうか、そいつらに言って結界を解除してもらえないわけ? いいかげん家に帰してよ!」
「それはその、まだ犯人が捕まっていませんし……」
「じゃあ今すぐ山狩りでもしなさいよ! 少なくとも、あの鬼の女が共犯なんでしょ⁉︎」
長時間拘束されていることにより相当ストレスが溜まっているのか、スケイルが口角泡を飛ばした。ワイルドボアは苦笑いを浮かべ、どう言い訳したものかと思案する。
「仰るとおりですが、だからこそまだ結界を解くわけにはいかないんです。幸い、本部から応援が向かっているそうなので、彼らが到着し次第、本格的な捜索を行う予定です」
「まったく、本当使えないわね」
「……スケイルさん、一ついいでしょうか」
二人のやり取りに割って入ったのは、アトキンスだった。
「何よ今度は」
「確か、あなたは十五時半頃に塔に着いたと仰っていましたね?」
「そうよ。それがどうしたの?」
「……実は、たった今みなさんがタグを起動させた時間の一覧が届いたのですが、これによるとあなたは十五時に起動させたことになっています。他のみなさんが森に入る直前くらいに起動させているのに対し、ずいぶんと早いように思えますが」
「はあ⁉︎ あんた私を疑ってるわけ⁉︎ 別に、私はつけ忘れるのが嫌だからいつも早めに巻いてるだけよ!」
「そうでしたか。もちろん、それだけであなたを疑うことはありません。ただ、気になっただけですので」
「お気を悪くさせてしまったのでしたら、申し訳ありません」と慇懃な態度で彼はあたまを下げる。
かと思ったら、顔を上げた途端再び質問を発した。
「ところで、このゲッシュを起動させた時間というのは、イコール電源を入れた時間、ということなのでしょうか?」
「あんた、謝る気ないでしょ」
「……いえ」
「間が空いたじゃないの!」
当然ながら、スケイルは噛みつく。彼女を宥めつつこの問いに答えたのは、フェザーズだった。
「まあ、彼も悪気はないはずだ、それくらいにしておいてやれ。
さて、探偵くん。君の質問だが、おしいな。ほとんど正解ではあるが、正確ではない」
「と、言いますと?」
「つまり、我々が腕に巻いているタグは、手首に嵌められると同時に自動的に電源が入るんだ。だから、言い変えるなら、タグが起動した時間=結界の中に入れるようになった時間というわけだな」
「なるほど……」
「ちなみに、結界を通り抜ける時は、必ずタグの内側が体に触れていなければならない。その為、大抵の者が腕に巻くのだが、中には足首につけるキャストもいる。さすがに、首は苦しいだろうが」
「そう、ですか……」
説明を聞いたアトキンスは口許に手を当てて黙り込む。何やら考察を開始したらしいその横顔を見て、ワイルドボアは内心げんなりしていた。火に油を注ぐような真似をしておいて、いい気なものだ、と思ったのだろう。
かくして彼がため息を吐いた時、後ろの出入り口から鑑識の妖精が入って来る。
「警部、少しいいでしょうか?」
「おおっ、どうしたんだ?」
「それが、被害者の一人、モーブ・パッサーについてなのですが」
彼は内緒話でもするように、口許に小さな手を寄せて続けた。
「どうも、自分で毒を飲んで死んだようなんです」
「なんだと⁉︎ それじゃあ」
「ええ、自殺と見て間違いないでしょう。例の試験管の中からも、毒薬が検出されました。
ちなみに、マタギ・カリトの死因となった物と同じ毒です」
妖精の言葉に、誰もが動揺を隠せない。
そんな中、彼は静かな声で呟いた。
「自殺……」
それから、アトキンスは頭の中で、被害者の状態を思い返す。苦痛に歪んだ表情と、自らの首元を抑える両手。そして、傍らには毒物の入った試験管が転がっていて──
「ところで、さっきから彼女、赤ずきん役の姿が見えないようだが……。それに、オオカミを殴ったとか鬼だとか、いったい何の話なんだ?」
アトキンスの推理やその前後にあった一悶着を知らないフェザーズが、誰にともなく尋ねる。
「ああ、実はフェザーズさんが席を外している間に、いろいろありまして」
ワイルドボアが教えてやろうとした時、またしても部下のスマートフォンが振動した。今度は電話による連絡らしく、「失礼します」と断ってからエクゥスはまた部屋の外へと出て行く。取り継ぎ役が板について来たようだ。
「そこにいるアトキンスが推理を披露したんですよ」
「ほう、さすが私立探偵。面目躍如と言ったところか。
それで、君はどのような真相に辿り着いたんだい? ぜひ私にも教えてくれ」
「……わかりました。
では、まず、我々が大部屋に戻って来た時のことからお話しします」
乞われるがままに、彼はことのあらましを説明した。フェザーズは興味深そうにそれに聞き入っており、後の面々も暇だからか黙って耳を傾けている。
そんな中、グランマだけは相変わらず虚空を見つめたまま、抜け殻のように椅子に座っていた。
「──と、いうわけで、僕は彼女が犯行に関わっていたと判断したのです」
「……なるほど、筋は通っているように思えるな。意外と言えば、意外だが……」
話が終わり彼が感想を零した時、先ほど引っ込んで行った刑事が戸口に現れる。
デジャヴを覚えつつワイルドボアがそちらを見ると、彼はどういうわけか自らの方に上司を手招いた。どうやら、関係者たちの前では話し辛いことらしい。
不思議に思いつつ、ワイルドボアたちは大部屋の外へ出た。




