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プロローグ
それはなんという奇妙な顔であったろうか。顔全体の表情が、凍りついたように動かない。不吉なたとえだが、その顔は死んでいた。生気というものがまったくなかった。全然血の気の通わぬ顔だった。
──横溝正史
『犬神家の一族』
あの事件のことを思い返す度、私は自己嫌悪に陥りそうになる。
もしあの時、私があんなことをしていなければ、彼は殺されずに済んだのかも知れない。
病院のベッドに座りながら、未だにそんなことを考えてしまう。
ここに入院してから、今日で二週間余り。もう明後日には退院できる予定だ。
けれど、気分はあまり晴れなかった。窓の外の天気みたいに、どんよりと濁ったままである。
白く曇った今日の空は、まるでお天道様が素顔を隠したがっているかのようだった。そして、その様子を眺める私の脳裏に浮かぶのは、真っ白いゴムマスクをした顔──
あの連続殺人事件の容疑者の中で、最も重要な人物の姿であった。