第十二話
かなり遅めの午後のお茶会は、おばあさんが囚われていた部屋で行われた。
部屋の隅に寄せてあった机と椅子を真ん中辺りに並べ、グランマの荷物から取り出した皿やカップが配膳される。
彼女は電気ケトルまで用意しており、お湯を沸かして簡単な紅茶を作ってくれた。
小道具のバスケットに入っていたケーキ──というか大きめの菓子パンみたいなの──を切り分け、グランマがそれぞれの小皿に乗せてくれるのを、私は椅子に座って待っているだけだった。
「どうぞ。私の物でもないでしゅけれど、おあがりなさい」
「ありがとうございます。すみません、いろいろ準備してもらっちゃって」
「いいんでしゅよ。私がお話ししたくて呼んだんでしゅから」
彼女の柔和な表情を見て、こちらも自然と顔が綻ぶ。私ははにかみながら「いただきます」と言い、フォークを持つ手を伸ばした。
ケーキはパサパサしてて甘いばっかりで全く美味しくなかったけど、紅茶と一緒だとそこまで気にならなかった。
思いの外空腹だったのか、私はあっと言う間に小皿の上の物を平らげてしまう。よく考えてみればもう夕方なのだから、お腹が空くのも当然か。
「お代わり、食べましゅか?」
「あ、はい、お願いします」
優しげに頷いて、グランマはまたケーキを切ってくれる。
我ながら初対面の人に甘えすぎかな、と思っていると、隣りから声をかけられた。
「ねえねえ、お姉ちゃん」
「ん? 何?」
「どーしてお姉ちゃんは、ずきんを取らないのぉ?」
いきなり嫌なところを突いて来る。
不思議そうなケープの視線から目を逸らし、私は必死でそれらしい理由をこさえた。
「え、えっと、私童話の間は役に成りきるって決めてるの。今回は赤ずきんちゃんでしょ? だから、どんな時でもずきんは被っておかないと」
「ふうん。
でも、もうこの童話中止になっちゃったよ?」
「うっ」
子供相手にあっけなく論破されてしまう。
早くも答えに窮していると、グランマが不憫そうな声で話に入って来た。
「せっかくの主人公役だというのに、かわいそうでしゅねぇ」
「あ、いえ、気にしてませんから」
これ幸いにと、私は話をそちらへシフトさせることにする。
「一応初主演だったんですけど……今思うと、元からあまり自信なかったんです」
「あらあら、それはまたどうして」
「えっと……今までもそうだったから。私、どんな役を演じても、ちゃんとできた試しがないんです。だから、どうせ今回も無理だろうなって」
自分で言っていて悲しくなって来る。けれど、事実だ。
実際、今までうまくいったことなんて一度もない。どんなに頑張って演じたつもりでも、何かしらミスをしてしまう。
種族がどうと言う以前に、才能がないのだ。
「そんなに自分を卑下する物ではありましぇんよ。今がだめでも、次は違うかも知れないじゃないでしゅか」
グランマの言葉に、私は俯きかけていた顔を上げる。社交辞令のようにも思えるけど、励ましてもらえたのは素直に嬉しい。
「……そう、かも知れないですね。ありがとうございます」
私は本心から礼を述べる。ほんのわずかながら、気が楽になった気がした──のも束の間。
「じゃあ、もう一つお姉ちゃんにしつもーん!
お姉ちゃんってさぁ……嘘ついてるよね?」
予想だにしなかった問いに、暫時時が止まったかのような感覚を覚える。とっさに頭が働かず、口を開けはしたが何も答えられない。
(ていうか、なんで急にそんなこと……もしかして、私の正体に気づいたとか⁉︎)
思いっきり慌てふためいていると、こちらの動揺を見透かしたように、ケープは口許を歪める。
「私、鼻がいいんだよぉ。お姉ちゃんからは、嘘つきさんの臭いがプンプンするの」
「あ、あの、ケープちゃん」
「誤魔化したってムダ。私、そういうのよくわかるんだから。……ほら、早く答えてよお姉ちゃん」
それまでの無邪気な子供というイメージからはほど遠い笑みを浮かべ、彼女は頬杖をついた。なんなんだろう、この豹変ぶりは。
「それとも、何か言えない理由があるのかしら?」
「うっ……」
うまい言い訳をこさえることができず、私は呻き声を漏らす。いつの間にか、小さな出演者に追い詰められてしまっていた。
「これ、ケープしゃん。そんなに苛める物じゃないでしゅよ」
見兼ねたように、グランマが窘める。ケープは行儀の悪い体勢のまま、あからさまに不満そうな顔をした。
「いいじゃない、この娘が素性を偽ってるのは本当なんだから。
それとも、私に逆らう気なの?」
「そういうことを言ってるんじゃないんでしゅが……」
「とにかく、あなたが嘘ついてんのはお見通しなんだから、さっさと認めなさいよ」
私の鼻先を指差して、彼女は言って来る。まさか、こんな形で糾弾されようとは。
「さ、さっきから何を言ってるの? お姉ちゃん、ちょっとわからな」
「サバ」
「え?」
「サバ、読んでるんだよね?」
勝ち誇ったように、ケープは口角を吊り上げた。
(……あ、そっちか)
私は肩透かしを食らったような気分になる。
が、これはこれで問題だ。何故なら、私は本当にちょっとだけサバを読んでいるのだから。
「そ、それは、その、少しだけ……」
「ふうん、じゃあ教えてくれるよねぇ? ちょっとだけなんでしょ? 確か、『新約赤ずきんちゃん』の主人公は十七歳の設定だったはずだけど……お姉ちゃんは?」
楽しそうに首を傾げる彼女に、私は目を逸らしながら答えた。
「……二十三歳」
「いやいや、六歳もサバ読んでんじゃん」
全く反論できない。私は惨めな気分になりながら、「……仰るとおりです」とだけ返す。
「まあ、別にどうだっていいけど。つうか、そんなんでよく童話の審査受かったねー」
童話には当然ながら応募規定という物があり、その条件に見合っていなければ参加することはできない。
今回で言えば、赤ずきん役は「十六〜十九歳の人間の異伝子を持つ者」だったはずだ。つまり、私はどの条件にも当てはまっていないことになる。
「まったく、どんな採点してんだか。これじゃあガバガバじゃない。クソビ○チかっての」
「……あの、ケープちゃんって普通に子供なんだよね?」
「うんっ、そーだよー!」
今さらそんな愛想よくされても、もう信じられるわけない。
そっちこそ実は年齢詐称してるんじゃないのかと、疑いたくなる。
「でもさぁ、二十三で赤ずきんちゃんって、正直キツくない?」
「ぐっ! そ、そんなのわかってるよ」
私は割と童顔だとよく言われるが、それにしたって少々無理がある。……いや、他のキャストたちの反応を見る限りそうでもないのかも知れないけど、とにかく本来は演じられる役ではない。
「まあ、いいや。
ところで、お姉ちゃんはこの事件どう思う? やっぱり、レジスタンスの犯行なのかなぁ」
「え、さあ、どうなんだろう……正直なところ、わけのわからないことだらけで、うまく考えが纏まらないというか」
「へえ、二十三なのに? 成人してから三年も経つのに?」
「と、歳は関係ないじゃん!」
「じゃあ、そーいうことにしといてあげるっ」
何故かすごく上から目線だ。少々悔しく思えて来たので、私は全く何も考えてないわけじゃないことをアピールする為、自分の意見を口にする。
「わ、私は、たぶん森の中に潜む第三者が犯人だと思うな。キャストである私たちには本来のゲッシュと、タグによるゲッシュの拘束力があるわけだし。
それに、狩人さんが落ちて来た時間にはみんなアリバイがあるんだから」
やっぱり、怪しいのは謎の第三者だろう。少なくとも、今この森に潜伏している以上犯行に関わっている可能性は高いはず。
「でも、狩人さんが正確にいつ殺されたのかはわかってないんだよね? 童話が始まるよりもずっと前──もっと言うと結界が作動する前とかだったら、誰にでも犯行は可能だと思うけど」
「そ、それはそうだけど……どっちみち私たちには無理だよ。あのタイミングで死体を落とすなんて、誰にもできないんだから」
「だよねー。アリバイもそうだけど、ゲッシュだってあるもんね。
あ、でもぉ、もしもキャストの中に実物凄く強い種族の人がいて、その人が正体を隠して犯行に及んだとしたら……説明はつくかも知れないよ?」
ケープは首を傾げ、核心を突くようなことを言う。
私は焦りを誤魔化す為、テーブルの上のカップに手を伸ばした。とにかく落ち着かなければと、冷めた紅茶を口に含む。
「そういえば、お姉ちゃん。戻し薬って知ってる?」
当然ながら知っている。
けど、何を今さらそんなことを聞いて来るんだろう?
カップを戻しつつ、「知ってるけど……」と答えた。
「じゃあ、戻し薬の効果は?」
「え、それは、縮み薬とかの効き目をなくして、人や物の状態を元に戻すんでしょ?」
「ピンポーン! 大正解!
お姉ちゃんの言うとおり、戻し薬にはありとあらゆる物の変化を戻す作用がある。……だから、ね。戻っちゃうんだよ?」
彼女の顔に、嗜虐的な笑みが浮かんだ。
「異伝子に刻まれた、本来の姿も」
「……え?」
何を言っているのかわからなかった。そんな効能、ただの戻し薬にあるわけ──
「もちろん、普通の戻し薬にそこまでの効果はないよ。けど、私たちが用意したのは特別性なの。
ねえ、お姉ちゃん」
三日月形に歪んだケープの瞳が、テーブルに置かれたカップに向けられる。
「紅茶、美味しかった?」




