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第十一話

 ワイルドボアたちが大部屋に戻って来た。

 これまで部屋を出た者はおらず、私たちは会話すらロクにしないで彼らの帰りを待ったいた。

 彼らが部屋に入るなり、簡単な捜査報告が警部の口から行われる。関係者たちの顔には──覆面の男を除いて──さすがに疲労が見え始めていた。


「──と、いうわけで、狩人さんの体から縮み薬と戻し薬、そして毒物が検出されました。死因に関しても、この毒と見て間違いないでしょう。非常に不可解な状況ではありますが、狩人さんは殺された可能性が高いと言えます。

 それから、一応近隣の村の方にも協力を要請しておきました。村人からの情報が集まり次第、交番を経由して我々に報告が入ることになっています」


 通達事項は以上ということなのだろう。ワイルドボアはそこで言葉を切った。


「しかし、ワイルドボア警部。先ほども言ったとおり我々にはゲッシュの拘束力が働いている。その点に関してはどう考えているんだ?」

「それは……難問だなぁ、と」


 ここにおいても、彼は本音を隠すことなくさらけ出す。そんな風に言われても、「そりゃそうですね」としか答えられない。


「けどさぁ、結局のところゲッシュってどこまで効果か及ぶわけ? 毒殺くらいだったら、意外と引っかからないんじゃないの?」

「いや、そうもいかないでしょう。いくら毒を用いたとしても、自分よりも強い者に摂取させることは不可能です。ゲッシュは異伝子の働きによる物ですが、その力は絶大ですから」


 自分で言っておきながら、ワイルドボアは「だからこそ困っている」といった顔をした。

 彼の説明のとおりゲッシュの力は強く、何人たりともそれを捻じ曲げることはできない。本当の意味で、絶対のルールなのだ。


「確か、今の世界になって間もない頃、ゲッシュの効力を調べる実験が行われたそうです。

 そしてその際、毒が格上に通用するのかどうかも検証されていました」

「結果は……って、聞かなくてもだいたいわかるわね」

「ええ、お察しのとおりです。

 まず直接毒薬を注射器しようとしたところ、皮膚に刺さる瞬間に針が曲がってしまったそうです。それどころか、飲み物に混入させて飲ませると、今度は毒素その物がが消えてなくなったとか。いやはや、まるで神様のご加護ですな」

「護られる側からしたらね」


 忌々しげに、彼女は言った。

 そもそも、どうしてゲッシュが存在するのかさえ今のところわかっていない。それ以前に、前の文明が滅んだ理由や私たち童話人が誕生した経緯も不明のままだ。

 前回の文明を知る唯一の存在「シャルル」なら、ゲッシュのことも詳しく知っているかもだけど。


「その実験については私も聞いたことがあるが、確か間接的になら毒殺することができたんじゃなかったかな?」


 フェザーズが腕を組んだまま尋ねる。今さらだけど、「殺せる」とか「殺せない」だとかえらく物騒な話題だ。


「そうでしたそうでした。確か、手渡した毒薬を自分の意思で飲んだのなら、格上でも殺すことができたはずです。もっとも、これではほとんど自殺と変わりませんが」

「となると、やっぱりゲッシュを破るのは無理ということでしゅかのぉ」


 ケープが座っていた椅子に腰下ろしたグランマが、のんびりとした口調で言う。

 また、ミニずきんちゃんは彼女の膝の上に乗っているのだが、そのことを苦にする様子は微塵もない。むしろ、椅子が一番かわいそうだ。


「ええ、そう考えた方がいいでしょう。

 もっとも、中には特定の条件でのみ例外的に効力を発揮する物もあるそうですが」

「何よ、それ」

「いやぁ、私もあまり詳しくは知らないのですが、相手の種族によっては本来格上だとしても倒すことができたり、逆に与えられたダメージをすぐに再生したりできる場合もあるのだそうで。確か、異伝子の元となった童話のストーリーによっては、そういったことも起こり得るみたいですね」

「ほほう、それは興味深い話だな……」


 感嘆するように言いながら、ワシはクチバシを撫でる。


「ところで、一つみなさんにお願いがあるのですが、もう一度タグが本物かどうか確かめさせてもらってもいいですかな?」


 タグが偽物なんじゃないかと考えるのも、当然だろう。

 私たちも異論はなく、さっきと同じようにみんな一斉にボタンを押す。

 直後、それぞれの役名と該当するキャラクターの立体映像が浮かび上がった。狩人が殺される前に確認した時との違いは、「おばあさん」が加わっていることくらいか。

 そして今度も、自分の役と違うタグをつけている人はいなかった。


「やはり、みなさんのタグは本物のようですね」

「だから言ってるじゃない。タグは一度つけたら外れないんだって」

「なに、念の為ですよ。

 しかしこうなって来ると、この森の中に潜んでいる第三者の犯行、という可能性が高くなりますなぁ」


 狩人の死体が落下した時、私たちには全員アリバイがある。そして何より、ゲッシュの問題も。

 だからこそキャストたちには犯行が不可能だということは、先ほども言われていた。

 しかし、第三者にとっても犯行が難しいことには変わりない。塔の四階に上がるには必ずこの二階の大部屋を通らなければならず、ここには常に誰かしら人がいたのだ。

 そして誰一人として不審な人物を見かけていないということは、キャストがこの塔に着いてから何者かが浸入したとは考えられない。

 まるで、小説なんかに出て来る「不可能犯罪」みたいだ。


「だが、誰にも見られずにここに忍び込むことはそれこそ不可能だ。まったく、とんだ難事件に巻き込まれたものだな」


 疲れた声で、フェザーズが呟く。誰もが同じ気持ちだろう。

 しかし、私だけは少し違う、ような気がする。もしこの事件が起こっていなかったら、今頃私のしたことが露見していたかも知れない。


(人が殺されたお陰で助かっただなんて、最低……)


 自虐的なことを考えまた気持ちが沈んで来た時、少年の無機的な声が降って来た。


「イナバさんとパッサーさんに教えていただきたいことがあります」

「な、なんでしょう?」

「この塔で最初の事情聴取を行った後、お二人は大部屋を出て行かれました。あれは、どちらに行っていらしたんですか?」


 そう言えば、一時解散になってすぐこの二人は大部屋の奥のドアへ消えて行ったんだった。

 その時スケイルとフェザーズはここに残り、私とケープ、それからワイルドボアたちはおばあさんの部屋へ向かった。


(けど、あの時のことを聞いてどうなるんだろう? 狩人が落ちて来たのはその後なのに)


「そんなこと聞いてどうなるんだ? 事件があったのはそれより後だぞ?」


 全く同じことをワイルドボアが言う。


「念の為、です。どんなに無関係に思えることでも、少しでも気になったのなら調べるようにと、先生(、、)から言われているので」

「先生? 誰だそれは」


 警部が問うと、アトキンスは何故か黙り込んだ。まるで電池の切れてしまったロボットのようだったが、やがて何事もなく話し出す。


「……今のは何でもありません。忘れてください」

「は? お前何を」

「なんでもありません。

 とにかく、お二人のお話を伺いたいのですが」


 探偵に水を向けられ、まずウサギが口を開いた。


「僕は、トイレに行ってました。……その、気分か悪かったので、ちょっと一人になろうかなと」

「そうでしたか。

 ちなみに、どれくらいでここに戻って来たのですか?」

「えっと、たぶん、十分も経っていないかと」

「そうねぇ、確かにそれくらいで帰って来たわ。相変わらず顔色は悪かったけど」

「……そうですか。わかりました。イナバさん、ありがとうございます。

 では……」


 水色の瞳だけを動かし彼が覆面の男を見ると、その手にはすでに開いた状態のメモ帳が握られていた。

 ミミズがのたうつような字で書かれている内容によると、「四階の空き部屋だ。私も一人になりたかった」とのことらしい。


「何分ほど席を外されたのですか?」


 パッサーは一度メモ帳をテーブルに置いてから右手でペンを走らせ、また右手でそれを掲げる。覆面の男の答えは「十分ちょっと」


「ということは、イナバさんと同じくらいですか」

「間違いないだろう。イナバくんが帰って来たすぐ後に、彼も戻って来たよ」

「……なるほど。

 ありがとうございます、パッサーさん。参考になりました」


 ありがたそうな気持ちの伝わって来ない声で、アトキンスは礼を述べる。

 そして、考え事でもしているのかまた口を噤んでしまった為、警部が仕切り直すことになった。


「え〜、では我々は捜査に戻りますので、みなさんは引き続き塔の中で過ごすようお願いします。それから、何か気づいたことがありましたら、いつでも声をかけてください」


 かくして、三度目の捜査会議は終了する。

 捜査陣が階段を降りて行くのを見送っていると、椅子に座ったスケイルが足を組み替えながら呟いた。


「しっかし、警察って役に立たないのね。しかも、探偵ですらあんな感じだなんて」

「おい、聞こえるぞ」

「いいでしょ、本当のことなんだから。

 つうか、警察が頼りないからこそ探偵が雇われるんでしょう? 金持ちの中にはお抱えの探偵がいる奴も少なくないんだし。だったら、もっとスパッと解決してくれてもいいのに」

「そ、それはちょっと乱暴すぎる意見なんじゃ」

「なんですって?」


 サカナに睨まれ、イナバは慌てて顔を逸らす。


「ふん、まあいいわ。

 つうか、どーせこんな事件イカレた奴の仕業に決まってるわよ。“暗黒思想”とかね」


 言ってから、彼女はエラのある頬を吊り上げた。思いもしなかった単語を聞いて、私は息を呑む。

 それは、他のキャストたちも同じ様子だった。


「君は、この事件もレジスタンスによる犯行だと言いたいのか?」

「ええ。だって、あいつらならやりかねないでしょう? 『童話は残酷であるべき』だなんてわけわかんない思想を掲げてるくらいなんだから」


 スケイルの言うことは、ある意味もっともだ。

 そもそも、レジスタンスは古の童話の持つ血生臭さや残酷さを取り戻すという目的の為に、様々なテロ活動を行っている。理解し難い行動理念だけど、確かにかつての童話は残酷だったことも事実だ。

 だからこそ、彼らの仲間は多く、広く世界に浸透している。

 そして、この童話特有の暗黒面に執着する考え方は、世間では「暗黒思想」と称されていた。


「それに、三年前レジスタンスに襲撃された童話も『赤ずきんちゃん』のシナリオだったのよ? 案外、その時のことが理由でハティは殺されたのかもね」

「ふむ、考えられなくもないが……。

 しかし、もしそうならクローンはどうなる? 彼がクローンの申請をキャンセルしたのは偶然なんだ。何らかの方法で今回はクローンが来ないということを知っていたのならまだしも、そうでなければ機会を狙って殺すことはできないだろう」

「知らないわよそんなの。盗聴とかしてたんじゃないの?」.


 急に投げやりに言うと、彼女はこの話題に飽きたのかスマホを取り出した。

 フェザーズはまだ一人で考察を続けているのか、クチバシを撫でながらぶつぶと呟いている。

 イナバは青い顔をしたまま、耳だけは落ち着きなく動かしていた。

 その横、窓辺に立ったパッサーは首を曲げ、覆面のから覗く黄色い瞳で外の景色を眺めている。

 他の人たちの様子を見るともなしに見ていると、椅子を軋ませてグランマが立ち上がった。ケープはすでに床に降りており、二人して私の元へ寄って来る。


「お姉ちゃん、暇ー?」

「え、まあ、一応……」

「よかったら、私たちと一緒にお茶でもしましぇんか?」

「え?」

「せっかくのケーキを駄目にしてしまっては、もったいないでしゅからねぇ」


 人のよさそうな笑顔で彼女が言うと、その孫娘のようなミニずきんちゃんが先ほどのバスケットを掲げた。

 殺人事件に巻き込まれているというのに、ケーキを食べながらお茶会だなんて。普通は考えられないことだろうけど、このまま鬱々とした気分でここにいるよりマシだろう。

 少しだけ迷ったものの、結局私はこの申し出を受けることにした。


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