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第八話

「ではまず、先ほどスケイルさんからお話があったクローンの件ですが……」


 言いながら、彼は部下に視線を流す。

 エクゥスは背筋を伸ばしてから、警部に代わって報告を行った。


「童話保健局に問い合わせたところ、フローズヴィトニルソンさんは、やはり今回もクローンの申請をしていました」


 瞬間、床が溶けてそのまま足元から沈んでしまうような感覚を味わう。


(終わった。彼がクローンとして蘇ったら、私のしたことがバレる……)


 絶望で視界が明滅する。それこそ本当に、立っていられなくなりそうだった。

 ──が、次の刑事の言葉で、私はどうにか持ち堪える。


「ですが、実は童話の始まる数時間前に、突然キャンセル(、、、、、)していたらしいです」


 と、いうことは、オオカミは蘇らない?


「キャンセル? どうして急に?」


 声を上げたのは、相変わらず椅子に座ったままのスケイルだった。

 全く同じ疑問を、みんな頭に浮かべているだろう。


「さあ、そこまでは。

 ただ、電話で対応した人の話を聞くと、『確かに本人の声だった』と。それに、VIPコースに加入する際に設定される本人確認の番号も知っていたそうなので、本人に間違いないそうです」

「ふむ、不思議な話だな」


 壁にもたれながら、フェザーズが零す。これにも同感だ。

 とは言え、ひとまず私は胸を撫で下ろした。そこはかとなく不謹慎なことだけど、クローンの口から私の犯行が明かされる心配はなくなったわけだ。


「どんな心境の変化があったのかわかりませんが、とにかく被害者がクローンの申請を取り消していたことは事実です。

 この理由について、どなたか心当たりは?」


 ワイルドボアは言ってから座を見渡すが、答えられる者は誰もいない。

 そのことを確認した彼は「でしょうね」という顔をして、話を先に進めた。


「では、何か思いついたことがありましたらいつでも仰ってください。

 続いて、鑑識からの報告をいくつかさせてもらいます」


 それから、警部は淡々とした口調で簡単にわかったことを述べる。

 指紋はオオカミの物しか見つからなかったこと。何故かお湯を出した形跡があること。凶器はおそらく猟銃であるらしいこと。

 当然、みな最後の項目に引っかかったようだ。


「猟銃ってことは、狩人が犯人ってこと⁉︎」

「さあ、そこまでは。

 しかし、今まで姿を見せていないことも含めても、彼が何らかの形で事件に巻き込まれている可能性は高いでしょう」

「なるほど。

 それでなくとも、我々にはゲッシュの拘束力が働いている。そう考えると、いっそう彼が怪しいか」


 フェザーズが呟いた時、おばあさんの(そば)に立っているケープと目が合う。「ほら、私の言ったとおりでしょ?」と、あどけない笑顔が語っていた。


「……一つ、教えていただきたいことがあります」


 唐突に、アトキンスが言った。全員の注目を受けてなお表情を変えない彼に、ワイルドボアが乱暴な口調で応じる。


「なんだ、どうかしたのか?」

「はい、被害者自身のことについてです。フローズヴィトルソンさんは、いったいどういった方だったのでしょうか」


 探偵の問いは、主に二人の人物に対して向けられているようだった。

 自然と、私も彼らに目をやった。

 先に反応したのは、案の定スケイルである。


「いいけど、たいしたことなんて言えないわよ? 元カノだからって、彼を知り尽くしているわけじゃないんだし」

「構いません。お願いします」

「なーんか、調子狂うわねぇあんた。イケメンではあるけど……。

 彼とつき合ってたのは結局一年半くらいかしらね。かなりくだらないことで別れたわ」


「もちろん、振ったのは私だから」と、スケイルは割とどうでもよさそうな事実を強調した。


「ハティとの交際は、まあそこまで本気でもなかったわね。私としてはいろいろ貢いでもらえればそれでよかったし。まあ、彼の方は私にぞっこん(、、、、)だったんだけど」

「……意外ですね」

「どういう意味よ」


 偶然だろうけど、アトキンスがみんなの気持ちを代弁したようなことを言う。

 サカナは不満そうに唇を曲げながらも、すぐに証言を再開した。


「だから、正直なところハティの人間性はロクなもんじゃなかったと思ってる。童話に参加してもふざけてるだけだし。それに、私生活だってかなりルーズだったわ。仕事もコロコロ変わってたから」

「……フローズヴィトルソンさんは、童話に対してはあまり積極的ではなかったのですか?」

「そうね。めちゃくちゃ不真面目だったわ。知識とかもいい加減だったし、演技なんか全然ちゃんとしてなかったわよ」

「それは、三年前に事件に巻き込まれる前からそうだったのでしょうか」

「たぶん、前からだったと思うけど、私がつき合い出したのは事件の後だから……」


 考え込むようにして答えると、スケイルはイナバに水を向ける。


「どうだったの? そこら辺は私よりあんたの方が詳しいんじゃない?」

「そ、そうですね、たぶん」


 瞳を泳がせながら肯定した彼は、縁のない眼鏡をかけ直した。


「僕は、大学から一緒だったので……あ、でもハティさんは三回留年した後に辞めてますけど」

「では、あなたから見てフローズヴィトルソンさんはどんな方でしたか?」

「あ、えっと、ほとんどスケイルさん言っていたとおりだと思います。童話とか仕事関係は、だいたいそんな感じでしたから

「そうですか……」


 何事か思案するように顎に手を当てた少年は、やがて無表情ながら不思議そうに口を開ける。


「気になるのですが、それだけ童話に対して不真面目だった方が、どうしてまた童話に参加しているのでしょうか。それも、以前レジスタンスに襲撃されたのと同じ、『赤ずきんちゃん』のシナリオだというのに」


 言われてみれば、確かに妙だ。自分が殺された時と同じ童話だなんて、普通応募しようとは思わないんじゃ。

 部屋の隅っこでそんな風に考えていると、イナバが苦笑しながら答える。


「確かに、変ですね。実際、ハティさん本人もよく言ってました。『マジメに童話に参加する気なんてないのに、どうしても出たくなる』って」

「つまり、どういう……」

「さあ。

 ただ、おそらくハティさんも異伝子の意思には逆らえなかった、ということじゃないでしょうか」


 ──異伝子の意思。なるほど、それならまだわかる。

 私にしたってそうだし、おそらくここにいる他の童話人たちも同じことだろう。私たちはどうしようもなく童話を求める生き物であり、それは異伝子を持っているからに他ならない。まさしく、「異伝子の意思」には抗えないのだ。


「……そんな物なのですね」


 ぽつりと、アトキンスが呟いた。まるで、「初めて知った」とでも言うような口調である。

 先ほども童話その物について質問して来たし、案外世間知らずなのかも。


「ええっと、一応その、僕から話せることはこれくらいなんですけど……」

「わかりました。

 お二人とも、ご協力感謝致します」


 彼が機械のようにぎこちない動作で首を折るのを見て、ワイルドボアは頭を掻く。


「他には?」

「ありません」

「ふん、ならいいだろう。

 では、他にみなさんから何もなければ一度お開きとさせてもらいますが……」


 特に、誰からも手が挙がるようなことはなかった。


「ふむ、でしたら解散していただいて結構。

 ただし、我々はこれからこの森の中の調査に向かいますので、できる限りこの塔の中にいてください」


 ワイルドボアのこの言葉により、再び関係者たちは解散となる。

 また、森の調査にはワイルドボアとアトキンス、そして自ら志願したフェザーズが向かうこととなった。エクゥスは私たちの監視役としてこちらに残り、一階へと繋がる階段のそばで直立している。

 三人の調査隊が階段を下りて行き、室内に残ったのは刑事と他のキャストたちだった。

 みな思い思いの場所で何をするでもなく過ごしている。

 私もまた壁に寄りかかったまま、見るともなしに自分の足元に目を落としていた。

 全くといっていいほど、気分が晴れない。

 どうしても暗いことばかりが頭に浮かび、不毛な自問自答を繰り返していた──その時、


「わあっ、ケーキだぁ!」


 無邪気な声が聞こえて来て、なんとなくそちらに目を向ける。

 で、思わず心臓が止まりそうになった。

 カゴの部分にかけていたハンカチをどかし、ケープがバスケットの中身を漁っていたからだ。


(やばい、あの中を見られたら、もしかしたら怪しまれるかも!)


 私は慌てて彼女の元へ近づく。


「ちょ、ちょっと待ってケープちゃん!」

「え、どうしたの?」


 つぶらな瞳でこちらを見上げ、ミニずきんちゃんは首を傾げる。

 犯罪者でしかない私にとってはもはや直視できないほど眩しい。

 だが、しかし、ここはぐっと堪えないと。


「そ、そのケーキなんだけど、私籠ごと落っことしちゃったから、潰れてるんじゃないかなぁって」

「え? でも、大丈夫そうだよ? ほら」


 彼女は笑顔のままケーキの入ったお皿を取り出す。

 が、その拍子にバスケットがテーブルから落ちてしまい、中にしまってあった花が全て床に撒き散らされてしまった。


「ああああ⁉︎」

「お、お姉ちゃん⁉︎」

「ちょっと何騒いでるのよ、うるさいわね!」


 ケープだけではなく、少し離れた場所にいたスケイルが驚いたように言う。グランマやイナバ、そしてパッサーすらも、突然大声を上げた私に唖然とした視線を送って来た。


「あ、いや……ごめんなさい」


 なんで謝ってるんだろう、と哀しい気分になりながら私は仕方なく床に落ちた花を拾い集めた。

 すると、こちらの様子を見兼ねたらしく、イナバが片付けを手伝ってくれる。


「あ、すみません」

「いえ、別に。

 可愛らしいお花ですね」


 人のよさそうな笑みを浮かべ、彼は自分の手の中にある物を見つめた。


「そ、そうですね。森の入り口に咲いていたのを摘んで来たんです」

「ああ、確かにそうでしたね。綺麗に咲いていたので、よく覚えています」


 この気弱そうな青年は花を愛でるのが好きなのか、幾分か顔色がよくなっている。

 なんだか微笑ましい趣味だと思っていると、後ろから小馬鹿にするような言葉が降って来た。


「あんたホント女々しいわね。だからハティに『男らしくない』って言われんのよ」

「そ、それはそうですけど……いいじゃないですかこれくらい。趣味なんて人それぞれですし」

「ま、そうだけどね。よく考えれば、あいつにもあんまり自慢できない趣味──というか性癖があったわけだし。みんなそんなもんよねぇ」


 その性癖って、「なでなで」のことだろうか。故人をこんな風に言うのもどうかと思うけど、あれは確かにキモい……。

 あらかた花をバスケットに戻したところで、わたしは気になったことを聞いてみる。


「あの、イナバさんとスケイルさんは昔からの知り合いなんですか?」

「は? なんで?」

「えっと、話を聞いていたらそんな感じに思えたので……」

「ふうん、あっそ。

 まあ、あんたのとおりよ。といっても、ハティ伝いに知り合っただけだけどね」


 あまり親しい間柄、というわけでもなさそうだった。少なくとも、スケイルの方はイナバにいい印象を抱いていないらしい。

 それから、確かに趣味一つで馬鹿にされるのは嫌だろうなぁ、と少しだけ私はウサギに同情した。「らしい」とか「らしくない」とか、いちいち気にしてしまうのもわかるけど。


「ところで、その子泣きそうよ?」

「え?」


 言われて彼女の指差す方を見ると、唇を噛んで必死に涙を堪えているらしいミニずきんちゃんの姿が。……あれ、これもしかして私のせい?


「……ご、ごめん、なさいっ」

「い、いいんだよ気にしなくて! ていうか、こっちこそ急に大声出してごめんね」

「で、でもぉ……」

「あ、そうだ、じゃあ一緒にこのケーキ食べよっか? お皿にわけてあげるから」


 とにかくテンパっていた私は、彼女の機嫌を取る為にそんな提案をする。


「……ほんとに? 怒ってない?」

「うん、全然微塵も」

「……よかったぁ」

「じゃあ、お姉ちゃんにケーキ貸してくれる?」


 差し出された皿を受け取る。ケープの言っていたとおり、中身は無事のようだった。


「あんた、それ何で切るつもりよ。包丁でも隠し持ってんの?」

「……いや、ないです。どうしましょう」


 全く考えてなかった。

 すると、優しそうに笑いながらグランマが助け舟を出してくれる。


「ナイフとお皿だったら、さっきの部屋の中にある私の荷物に入ってましゅよ。なんなら、ついでにティーセットも使ってもらって構いましぇん」

「本当ですか? そうさせてもらえると、助かります。

 私、取って来ても大丈夫ですか?」

「はい、もちろんでしゅとも」

「ありがとうございます」


 もう一度礼を言いケーキの乗った皿をテーブルに置くと、私はさっそく大部屋を出て行った。ケープの為にも早く準備を済ませよう、と考えたからというより、また一人になりたくなって来たからだ。

 一人になって、気持ちを落ち着かせたかった。

 なるべく暗いことは考えないようにしながら、階段を上がる。

 三階に出ると、おばあさんのいた部屋はすぐだ。

 ドアに手をかけて、室内に入る。

 すると、窓の下に置かれた簡素なベッドの(わき)に、隠すようにキャリーケースが置かれていた。たぶん、彼女の荷物はこれだろう。

 引っ張り出す為に、私はベッドのそばへと近づく。

 そして、(かが)みかけてから、何とはなしに窓の外に目を向けた。

 カーテンは開けられており、青空と森の木々が映っている。


 刹那、窓枠によって切り取られた景色の中を、何か(、、)が落ちて行った。


 いや、何かなんて物じゃない。あれは、確実に──


「ひ、人……?」


 声に出して呟いた直後、私はその場に尻餅をついてしまう。

 窓の外を、人間が落下して行った。いったい誰が、どうして……。

 わからない。頭が混乱して思考がまとまらない。

 腰を抜かしてしまったかのように座り込んだまま、私はしばらく立ち上がることができなかった。

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