ケインの冒険 その4
そこからの罠は確かに体力を削りにくる作りになっていた。
油が塗られた長い下り坂は、プールにあるウォータースライダーのようなアトラクションに見せて、途中には抜き身の剣が立てられていて、当たると身が削られた。
終点には松明が待ち受けていて、油にまみれた体に点いた炎は中々消えることはない。
罠と絡めて出て来るスライムも、強酸性のモノに変わっていて、体力はもちろん、装備品にまで多大なダメージを与えてくる。
「こなくそっ」
ケインが力を込めて殴ると、糸が切れたように鎧は崩れ落ち、動かなくなった。
オーガの甲冑が並べられた部屋で、唐突に動き始めた鎧に奇襲を受けてしまう。
前衛、後衛の区別がないままに乱戦に陥り、体力のない魔術師が死に戻る羽目になっていた。
「本気で殺しにきてるな」
「装備品まで色々失う羽目になるとはな……」
ケインも鎧の一部を溶かされて、防御力がかなり落ちている。オーガの鎧は大きさが合わずに着れなかった。
生き残った他のメンバーの疲労の色も濃くなっていた。
「少し休むか」
動き出した鎧の他は、特に危ないものはないらしい部屋で、休憩を取ることにした。
そこで意見交換を試みる。
「俺はまだALFを始めて間もなくて、この手の多人数用クエストは初めてなんだが、このゲームはいつもこんな感じなのか?」
「いや、今回のは特別おかしい」
クラッドが答えてくれる。
「意地の悪いクエストは確かにあったが、ここまでクリアさせないつもりのクエストは見たことねぇ。そもそも妖魔の街のはずなのに、出てくるのはスライムやリビングメイル。妖魔っぽいのは、あの獣娘くらいだ」
あの獣娘は、要所で人をからかうように現れては、新たな罠を動かしていた。
転がってくる玉の岩バージョンでは、玉乗りの要領で人を追尾するように向きをコントロールしてきた。
「これ以上進んでもいいこと無いです。早めに帰るのをオススメするです」
などと少し悲しそうな顔で告げてきた。
よくみるとかなり整った愛らしい少女で、フサフサとした尻尾が生えていた。オリエンタルな衣装を身にまとい、モンスターという感じではない。
目の前に現れたとして、倒してしまうと後味が悪そうだ。
「なんつーか、対人戦に近いんだよな」
「対人?」
「他のゲームだけどさ、トラップメイカーとかいう奴。あれの攻略側がこんな感じだった」
ヒーラーが話してくれた。
プレイヤーメイドのダンジョンを他のプレイヤーに挑戦してもらってスコアを競うゲームだったのだが、挑戦するプレイヤーが嫌がる事ばかりが行われるので、長続きしなかったらしい。
「そう言われると、そんな感じだな」
妖魔の街の向こうにプレイヤーがいるのか?
罠を突破する喜びよりも、不快感が多いのは、本気で防衛しようとしているから。
運営ならばクリアする喜びを前提に作るはずだ。
「何にせよ、こちらの気力も体力も限界が近いな。そろそろ終わって欲しいものだ」
そんなクラッドのぼやきが通じたのか、坑道の道は地底に広がる泉に突き当たった。
体育館くらいの広さの空間に、25mプールのような大きさの泉があった。
その中央にある岩の上で、例の獣娘が立っていた。
「この先は本当に何もない、です。秘密の通路も隠し部屋もないです。特に地底湖なんかには何もない、です。早く帰るがいいです」
それだけ言って、獣娘はプレイヤーが行う転送石による転移の光を残して消えてしまった。
「どうするよ?」
「あそこまで言われたら、地底湖を調べるしかないだろう」
ケインは水中ではペナルティとなる鎧を脱ぐと、地底湖へと飛び込んだ。
透明度の高い綺麗な地底湖には、魚影などが見られ、穏やかな雰囲気があった。
その中に一つ、大きな箱を見つける。簡単な重りで固定されたそれは、フックを外すと浮き上がり始めた。
それに掴まりながら、湖面へと浮上する。
「何だ、お宝か?」
「わからん、重さは無いみたいだが……」
岸に上げて、クラッドに調べて貰ったが、罠も鍵も無いようだ。
「開けるか?」
「俺が開けるか、体力は多いし。皆は一応離れてくれ」
ケインは1人残って万が一、爆発したとしても被害が1人で済むようにしてから、箱の蓋を開けた。
「なんだこれ?」
爆発も毒ガスも罠らしきものは何もなく、箱に入っていたのは珍妙な物だった。
「人形と……小さな箱?」
どうやら罠がないらしいと判断した仲間たちも集まってきた。
「これってあの娘か?」
3体ほど入っていた人形は、獣の耳とフサフサした尻尾が印象的なあの獣娘の姿だった。
そして、5つほどある四角い小さな箱。クラッドが盗賊として罠やら鍵やらを調べる程のものでもない。
手元に取り出して蓋を取ると、中身は弁当だった。日本人が作ったらしいライスとおかずが入った弁当はパーティのメンバーに行き渡るだけの数があった。
「ここに来て毒とかはないよな」
「空振りのお詫び……とか?」
ヒーラー達と顔を見合わせ、弁当へと視線を落とす。ここまで色々と苦労させられた事もあり、腹も減っている。
「まあ、食べるしかないよな」
ケインは意を決して手作りらしいハンバーグを手に取る。口に入れてみると、程よい弾力に冷めても大丈夫なような薄目の味付け。閉じ込められた肉汁が、歯を立てた途端に溢れてくる。
空きっ腹でなくても美味いと感じられるソレを一気に口に入れた。その他のおにぎりやら卵焼きやら人参とごぼうを甘辛く炒めたものなど、現実でも食べたことのない味だった。
「これが日本人の弁当か」
「贅沢だな」
「さすが食の国」
口々に褒めながらも口と手は休めずに一気に平らげてしまった。
「ん?」
弁当箱の下に、一枚のメモが入っていた。
「この味をまた食べたければ、シグウェルの街へどうぞ?」
「ああ、なんか最近話題の街だな」
「そうなのか?」
ケインはレベル上げに熱中していたので、それ以外の情報には疎かった。
「なんでもやたらと飯が旨くなったらしい」
「なるほど……」
食事などステータスアップさえあれば何でもいいと思っていたが、こんな弁当があるなら買いに行ってもいいか。
それにこの人形。ダンジョン内では、憎い相手だったがもしプレイヤーなのだとしたら、会って話してみたい。
それから上に戻る気力はわかず、転送石でアグラムの街に戻った。
NPCに報告に行くと、妖魔を倒してないということで失敗扱いになった。
それは仕方ないとして、なぜ妖魔の街に妖魔がいなかったのか。相手は何者だったのか。ウェルドゥクという街はこれからどうなるのか。
詳しいことは何もわからないままだ。
「シグウェルに行ってみるかな」
ひたすらレベル上げに勤しんできていたケインだったが、それ以外の事にも目を向けるきっかけとなった。




