ケインの冒険 その2
裏路地は開けていた目抜き通りと違って、道幅が狭く死角が多い。建物も整然とは並んでおらず、道も真っ直ぐではない。
角に来る度に敵の有無を確認するクリアリングを行いながら、建物の影から影へと移動していく。
ガンシューティングでは慣れた挙動だが、ファンタジーゲームをやってる人間はその辺がおろそかだ。
一発の銃弾で致命傷となりうるガンシューティングと、巨人に殴られても生き残るファンタジーの差か。
そんな事を考えながら、1人裏路地を進んでいく。本来なら複数人で分担するクリアリング作業を1人でやるうちに、どんどんと集中力は削られた。
敵の姿が無いのも一因だろう。
妖魔の街と聞いていたが、出てきたのはスライムだけ。しかし、罠は仕掛けられているので、何らかの敵はいるのだろう。
「街への侵入ってよりは、要塞や迷宮に入った感覚に近いよな」
待ち受けるのは罠ばかり。それも表通りや建物だけで、裏路地には仕掛けられていなかった。
さほど時間を掛けずに、街の最深部。谷の突き当りに到達してしまった。
「一番乗りか」
周囲にはまだ冒険者の姿はない。ただ最深部と思った地点は、更なるダンジョンへの入り口に過ぎないようだ。
「なるほどね、この中が本当の街なのか」
山肌に開いた人工的な坑道。妖魔達はこの中で迎撃の準備をしているのだろう。
「流石に1人じゃ無謀か」
他の冒険者がやってくるまで、周囲の建物を調べてみる事にした。
近くの建物に入ってみると、そこは酒場なのかカウンターテーブルが据えられていた。ただフロア側にありそうなテーブルはなく、カウンターの奥にある棚にも瓶一つ、グラス一つも残っていなかった。
「建物の作りとしては、しっかりしてるし、廃墟として捨てられた感じじゃないよな」
となるとこの街は俺達が来る寸前に逃げられたと考えるのが妥当だろう。
「クエストが発行されたのに空振りとかあるのか?」
この街に入ってからの違和感がどんどん大きくなるのを感じていた。
やがて外からの声が大きくなってきた。他の冒険者もこの坑道までやってきたようだ。
1人で待ってたとか見つかると変に目立ちそうなので、人が増えた時にこっそりと合流しようと考えた。
その一拍の間が俺を救った。
「でっかい玉がくるぞー」
一瞬、思考が止まる。玉?
酒場から外を覗くと、確かに玉だった。直径が目抜き通り程もある大玉が、通り目掛けて転がってきていた。
山の上の方から転がしてきたのだろう。
玉に潰された冒険者は、そこでペシャンコ……とはならず、玉にくっつくように取り込まれながら、転がっていった。
「退避、退避ー!」
絶叫する声が響く。
「どこに逃げるんだよ!」
「押すなよ!」
通りいっぱいの大きさの玉。冷静になれば、端に寄ってしゃがめば当たらないのだが、多くのものは来た道を逆戻り。すると、遠くから声が聞こえてくる。
「穴だー」
「止まれるかー!」
入り口にあったスライム入りの穴に逃げ込む事しかできず、更にはその玉が穴を塞ぐ形で収まった。
穴の中からは何か声らしきものが漏れ聞こえるが、玉に塞がれててよくわからない。
クエストを発行したアグラム軍が助けるだろう。玉を避けて無事だった者達に混ざり、坑道へと向かった。
下手に時間を掛けると、より状況が悪化しそうだ。完全に相手の掌の上にいる感覚。
坑道の中は不自然な程に扉が多かった。表の街はカムフラージュで、実際はこちらに住んでいたのか。
「ピッキングするぞ」
一番手前の扉に取り付いた盗賊系のスキルを持ったプレイヤーが、鍵の掛かった扉に取り掛かる。
「よし開いた」
程なくカチャンという乾いた音と共に、鍵穴から道具を抜き取る。
ドアのノブに手を掛けて、ゆっくりと開くと……そこは土の壁だった。
「何だ?」
「ダミーの扉か?」
土の壁をなぞってみても単なる壁だ。
「くそっ」
「やべぇ、はなられろ」
他の扉にかかっていたパーティがその場を飛び離れる。
そこへ天井が崩れて降ってきた。扉の半分ほどが埋まり、そこもダミーのようだった。
「罠だらけか」
坑道の入り口からこの調子だ。侵入を拒む罠が張り巡らされていると考えるべきだろう。
こうなるとアタッカーのケインにはやれる事が少ない。
「いっそ、扉を無視して進むか」
今までの罠は、手が込んではいるものの致命傷になりそうなものはない。
扉にかかりきりで、本当の中枢にたどり着くには時間がいりそうだった。
「時間稼ぎか……?」
妖魔側に何らかの事情があるのか、更なる罠があるのか。何にせよ、手の込んだ嫌がらせで時間を作ろうとしているように思える。
「まずは行ける範囲の状況を確認しよう」
俺は率先して坑道の奥へと走り出した。




