首脳会談
ウェルドゥグの執政府、円卓の間には先日よりも多くの人影があった。
正面に見えるトロルの長老、向かって右側には長身の女性。かなり鍛えられているらしいが、女性的な丸みも残す姿は、バレーボールの選手を思わせる。額に2つの突起が見られ、妖魔であると分かる。
左側には猫頭の男、白い長毛種で威厳が感じられる。その手前には、ゴブリン。頭には鳥の羽で作られた冠が載っていて、こちらも身分が高そうだ。さらに手前には、犬頭の人型コボルトだろう。ドーベルマンを思わせる黒毛でシャープな姿は、獰猛さと賢さを感じさせる。
右の長身の女性の隣にキョーグスは移動し、長老の対面に伯爵が移動した。
俺達は一歩引いた所で見守ろうと思っていたが、伯爵が振り返り俺を呼んだ。
「発起人の姫様がいないとはじまらだろう?」
「伯爵までからかわないでください」
仕方なく伯爵の隣に移動する。従者のようにアレックスが付き添い、伯爵の向こう側にセイラとメイが移動した。
「これより、東の街の代表者マクスウェル伯爵を混じえて、会合を開きたいと思います」
キョーグスの宣言で会議が始まった。
「まずは伯爵殿がいらした理由から伺いましょう」
「何、大半はここの姫……じゃなかった、錬金術師のケイが話してくれた通りだ。シグウェルは、ウェルドゥグと事を構える気はない。加えるなら、廃坑となった鉱山の一角を提供できる」
単刀直入の説明に、妖魔達に動揺が走る。
「何の罠だ」
「我らを一所に集めて殲滅する気か」
コボルトとゴブリンが声を上げる。
「ふむ、流石にその話は上手すぎる。我らは攻め手だったのだぞ」
トロルの長老が静かな中にも迫力の声で問いかける。
「聞けばアグラムに脅された上での所業。いわば人間の争いに巻き込まれたのだろう?」
「それを信じるのか?」
キョーグスもあまりの展開に眼を白黒させながら問いかける。
「信じるのは錬金術師のケイだ。彼女の信じるものは、私も信じよう」
ぐふっ、いきなり信頼が重い。
「私はキョーグスさんや長老が騙しているとは思いませんでした。だから感じたままを伝えただけです」
しばし議場に沈黙が降りる。
「儂らの話が本当であるなら、伯爵の話も本物ということか」
キョーグスが他の評議員の顔を見ながら言った。
「そうではないだろう!」
「奴らは人間だ!」
やはり狩られる経験の多いゴブリン、コボルトは態度が固い。キョーグスは前回から、人間の力を借りないと状況を打破できないと思っている。
トロルの長老は最終的な決断を行うべく、皆の話に耳を傾けていた。
自然、視線は長身の女性、オーガの代表者へと集まった。
「私はゴズルの伴侶でオーガの代表者、マノアと申します」
オーガという種族から猛々しいイメージを描いていたが、その声はとても静かで落ち着いていた。
「我らオーガは勇士を出して、事に臨み敗れました。元来、オーガは力が全ての部族です。勝者の意思に従います」
「それは違います。本当に部族の為を思うなら、思考を放棄せずに最善を探してください」
俺は思わず言葉を返していた。
「私達はゴズルさんの侵攻で多くの仲間を失い、傷つきました。正直、許せないと思いましたし、報復も考えました」
言葉を一度切り、一同を見渡す。
「それでもこの街を見て、皆さんの生活を見て、それを守るための苦渋の決断での侵攻だと知り、これ以上の無益な戦いは避けたいのです」
「無益……か」
マノアが少し俯き、肩を震わせる。それは無益な争いで命を失ったゴズルの為ではなかった。
「益さえあれば、戦うと言うのだな!」
なぜそうなる!?
「確かに仕掛けたのはこちらかもしれないが、人間にけしかけられて仕方なく。街を守る為の戦を無益と断ずるなら、我らは最後まで戦おう。反乱の芽を詰むという益があるなら戦うのだろう!」
物静かに見えたのはあらゆる感情を排そうと、堪えていたからだった。
それを俺の言葉が掘り起こしてしまったのだ。
立ち上がったマノアからは、鬼気が溢れ周囲を圧する。総合的な戦闘力としてはトロルの長老が一番なのだろうが、攻撃に限って言うならオーガが上回る。
俺は己の失態を受け止めようと身構えるが、隣から伸びた手で制された。
「姫、ここは貴方の出番じゃ無さそうです。戦士には戦士の理がある」
アレックスが立ち上がり、取り上げられることのなかった愛用の戦斧を構えた。
「ゴズルといったか、オーガの大将。それを討ち取ったのは俺だ。まずは俺にうっぷんを晴らすのが先だろう?」
「ふむ、そうであったか……」
静かにマノアの視線が俺からアレックスへと移る。
次の瞬間、宙を舞ったマノアの体が、アレックスめがけて振ってくる。無手ではあるがその手は固く握られ、鋼鉄の斧の腹を思い切り叩く。
グァン!
重い金属製の音が響きわたる。
「ぐうっ」
アレックスは歯を食いしばり、全体重を掛けた拳を受け止める。
「らあっ」
アレックスは気合と共に斧を振り抜き、マノアの体が押し戻される。
「女性が無手で、俺が得物持ってたら様にならんな」
格好つけて、斧を脇に落とす。
そこからは素人の目では追いつかない、近距離での打ち合いが始まった。
肉が肉を打つパンパンという乾いた音が、話し合いの場であるはずの円卓の間に響く。
グローブもないむき出しの拳は殴る方も傷つく。二人の拳闘は思ったよりも、早くに決着がついた。
「へぶうっ」
頬を打ち抜かれたアレックスが、くるりと回転しながら大の字に倒れた。
肩で息をするマノアはそれを見下ろした後、その場に蹲った。
「え、えっと……」
颯爽と相手を買って出たアレックスが勝つものだと思いきや、あっさりと負けて伸びてしまった。
場の雰囲気も次にどう動くべきなのか、皆で戸惑うような状況だ。
「お、オーガは、同盟者として、シグウェルの提案を、受ける」
涙声で途切れ途切れに紡がれた、マノアの声が膠着を破った。
周囲は唐突なその言葉に、意味を飲み込むのに少し時間を要した。
「マノアの意思はわかった。ウェルドゥグはシグウェルの提案を受け入れ、街を移すことにする」
トロルの長老がそう決断すると、円卓の雰囲気は固まった。




