シグウェルとアグラム
『それでは東の街の代表者に報告しに行きます。それまで街にいる人間は襲わないようにお願いします』
『やはり君達の他にもいるのかね?』
『はい、10人ほど。妖魔に開かれた街だったからですね』
『わかった。人間がいたとしても無闇に襲いかからぬように注意する。潜入してくるくらいだ、強いのだろう?』
『私よりは確実に』
再びケバブやアレックスに連絡して、俺達はシグウェルの街に戻ることにした。
すぐにでも伯爵に報告したかったが、時間がかかっていたのでその日は寝ることにした。
翌日、大学では進路の話をちらほらしつつ、気になっていたのはシグウェルとウェルドゥグの関係だ。
このまま人間と妖魔で融和を果たせるのがいいのか、敵を失うことにならないのか。
ウェルドゥグの彼らは妖魔の中でも異端らしいから、彼らと交流できたとしても、冒険者が失業するということにはならないか。
なるようにしかならない。
結局はそんな結論で、夜のログインを迎えることになった。
シグウェルの家でセイラと待ち合わせてから、伯爵の屋敷を訪れた。
昨日ログアウトしてからも、ケバブ達からメッセージが届いていて、彼らなりに妖魔との腹を割った話し合いが行われたみたいだ。
ルカは忙しいのか、昨日からログインしていない。
「これは錬金術師殿。また進展がありましたか」
伯爵は相変わらずのフランクさで話しかけてくる。
「はい、色々とありまして……」
俺はオークのキョーグス、トロルの長老から聞かされた話を伯爵に伝えた。
「西のアグラムが……」
先の侵攻が他の国からの依頼で行われた事を聞いた伯爵は、流石に顔色を変えた。
「まだウェルドゥグの意見を聞いただけで、彼らが攻められないよう作った話かもしれません」
主力のオーガを使った侵攻作戦に失敗し、反抗を受けると壊滅する危険があるので、他国の陰謀をほのめかした。そんな可能性も無いではない。
キョーグスと接した感じでは、無いと思いたいが、彼はかなり聡明でもあった。一計を案じてもおかしくは無いほどに。
「実はアグラムからは再三、援助要請を受けている」
伯爵はアグラムとの関係を話し始めた。
開拓国アグラムは、魔物との最前線としての自覚が強い国だ。つまりは人類を守っているのは自分達だと、それを支えるのは周辺諸国の義務だとも考えているらしい。
「まあ、例年いくばくかの予算を割いて供出はしているのだが、錬金術師殿のお陰で鉱山が活況となっただろう?」
シグウェルの街が栄えて、稼げているのは、俺達が守ってやってるから。そう言ってさらなる援助を求めてきた。
「ウチは純度の高い銀がでるからな。幽体や人狼に効果のある武具を作りたいというのもあるようだ」
実体の無い幽霊や、再生能力の高い人狼、ライカンスロープ。さらに魔族などにも、銀製の武器は効果が高くなるらしい。
「こちらは努力して生産量を上げたのに、稼いでいるならもっとよこせと言われて頷けるはずもない。例年通りの支払いに済ませていた」
そんな事で妖魔をけしかけた?
そのために多くの騎士が命を落とし、ウィステリアも倒されて記憶を失った。
ウェルドゥグの人々は、オーガの代表であるゴズルを失い、存亡の危機に直面しているという。
「アグラムとしても長く膠着している戦線を、どうにかしたいというのはあるのだろうがね」
伯爵は為政者としてその立場も理解できるようだ。俺としては自分勝手な物言いにしか聞こえない。
「恐らくだが、アグラムの筋書きでは、被害を受けた私達がアグラムに討伐依頼を出して、解決の報酬として銀をせしめようとしたのではないかな」
「というと、ウェルドゥグの人々を最初から討伐するつもりで?」
「憶測だがね。彼らは魔物討伐が全てだから」
ますますもって許せない。会話の成り立たない相手ならまだしも、弱い立場の妖魔を追い立てて利用した上で殺すつもりだったのか。
「その、アグラムの思惑を踏まえて、伯爵はどうされますか?」
「私としても大事な部下を失い、ウィステリア殿がいなければ息子すら失っていただろう。ただ確たる証拠が無い以上、表立った批難もできない」
「証拠……ですか」
アグラムに潜入して何らかの情報が引き出せるか。対魔物の最前線としてプレイヤーは多く招き入れているはず。
「どうかしらね。あくまで冒険者は傭兵扱いだから、執政部分には立ち入れない。クエストを受けてクリアするだけね」
多くのプレイヤーが出入りするのに、その意見をいちいち汲み取ってたら成り立たないか。
「なに、表立って批難できぬなら、こちらも裏から手を使えば良い」
伯爵の顔が意地の悪い笑みを浮かべた。