やりたいことに必要な事
家に帰ってログインした俺は、ルカへとメッセージを送った。
俺にできることは何なのか。ルカを助ける事はできるのか。
その糸口があるのなら、そこを突破するのに知識がいるのなら、進路を決定する一助にもなる。
「今すぐ逢いたい……恋文のようなメッセージだな」
ほどなく現れたルカは、北米サーバーでは基本となっている貴公子姿だった。
「なるほど、進路相談か。年長の社会人としては、悩める青年の相談に乗るのはやぶさかではないよ」
「私が今、一番欲してるのは、ALFの日本復帰なんだ。そのために何が必要なのか、具体的なところが分かってない。ルカがやろうとしている事、手助けできることはなんだ?」
「ふむ……」
俺の真意を確かめるように、瞳を覗かれる。いつもは内心を読まれるようで落ち着かないが、今は俺がどこまで本気なのかを汲み取って欲しい。
「そうだな、合コンからかな」
「は!?」
「合同コンパ」
「いや、言葉がわからないんじゃなくて、なんでそんな単語が出るかが分からないんだ。私はこんなに真剣なのに!」
「話術の基本は、相手にどれだけ印象をもたせるか。心を揺さぶればそれだけ相手の本心が覗ける」
「それと合コンが何の関係が」
「合コンで注目を集めるのも話術だよ。で、何故合コンが必要かというと、人脈の形成だ」
「人……脈?」
「自分の意見を広められる人の幅、その数が多ければ多いほど、民主主義では力になる」
「それは、そうかも知れないけど、何で合コン?」
「学生というのは政治に興味が薄い。しかし、横の繋がりは思っているより広い。その中から自分の考えに共感してくれる人を探すんだよ」
「まあ、まずは練習がてら妖魔の街に行ってみようか」
「え!?」
相変わらずルカの論理は飛躍していてついていけない。
「言っただろ、印象付けと心の揺さぶり。当たり前の事を言ってても、人の興味は引けないんだよ」
「でも意味不明だとサジを投げられるよ」
「ちゃんと説明するからよく聞くように……って言えば、聞こうという気にもなるだろ?」
ルカの話は妖魔の街に、妖魔に化けて潜入するというセイラの意見をベースに、妖魔の街の現状を探るというものだった。
「この世界のNPCはかなり人間に近い思考を持つ。それは妖魔にも言えることで、それでも人とは違う考え方でもある。そんな人達とコミュニケーションがとれたら、合コンで話す方が楽になるだろ?」
「なるだろって……」
「まずはメイの姿を借りる」
「へ?」
「猫頭のケイシーを見ただろ? 狐頭の妖魔がいてもおかしくないじゃないか」
そもそもどうやって化けるのか。それにもルカは答えを持っていた。幻術を体に被せて偽れる護符があるらしい。
「後は妖魔の言語だが」
基本は翻訳システムを使うのだが、あくまで異国間の言語を変換してくれるもの。そこに妖魔の言語は含まれない。
「なのでキャラクターとして言語を知る必要がある」
「はぁ」
「そのために悪魔憑きを使う」
ルカの説明によると思考加速を悪魔憑きで行って、そこで妖魔の言語を短時間で深く習得するのだとか。
「悪魔は博識だからな、妖魔の言語も知識として持っている。やってみれば簡単だよ」
日本サーバーが閉鎖される際に、スキルだけは取得していたが使うのは初めてだった。
「椅子に座るか、ベッドで寝た状態がいいだろうな」
俺は居間の椅子に腰掛け、システムメニューから悪魔憑きを呼び出す。
すると頭の中が広がった感覚があった。目の前に映る景色とは別に脳裏にもいくつかの場所が見える。
そして脳裏に聞いたことのない言葉とその意味がどんどんと流れていく。
「うぁああぁぁ……」
平衡感覚が失われ、自分がどこにいるかも分からない。景色がコロコロ変わって、様々な相手との会話、その意味、感情、自分が別の人間になる感覚。
それが何人も同時に繰り返される。何日も何ヶ月も過ぎたような、一夜の夢のような……全てが過ぎ去り、何も残らない。残せない。
唐突に訪れる終わり。
視界が自分だけのモノになり、脳裏に響いていた声も無くなる。
俺は私で僕は誰だ。
「戻ったかな、おーい」
視界にルカの顔が入ってくる。
「ああ、あぁ、これが、悪魔憑き……」
「いや、本番はここから」
ニヤニヤと笑うルカの顔が一気に滲む。
「ぐあっがががががっ」
頭の中をかき回される?
釘を打ち込まれる?
中から弾ける?
ボロボロと涙が溢れ、体が小刻みに震える。耳鳴りに音は支配され、酸っぱいものがこみ上げてくる。
「ようこそ、悪魔使いの世界へ!」
何故か楽しそうなルカの声は、頭にガンガンと響いた。




