錬金術師としてのリスタート
シグウェルの街に工房を構えての生活が始まった。工房と言っても自分で錬金術の研究をするための拠点で、店として営業するつもりはなかった。
しかし、いざ生活をはじめてみると、街の人がやってきて包丁のサビを落としてくれとか、接着剤はないかといった雑用需要が発生していた。
鉱山の鉱夫達が色々と宣伝して回っているらしい。
『動く人形』のウィステリアに店番をさせて、有り物の販売は任せることにする。
主に主婦層の客のおかげで、料金の他に差し入れがあって、食事に困ることはなかった。
「といって雑用こなしているだけじゃダメだな」
街の依頼は錬金術の難易度としては低く、スキルの修行にはなっていなかった。
鉱山で使用する爆薬なども、最高ランクは使い方にも気をつけなくてはならないので、低い能力の物を渡している。
しかし、町人の依頼に応えるというのは、錬金術師としてはありがたいこと。こちらもおざなりにしないためには、人手が欲しいところだな。
「ついにやるか、禁断の……人体錬成」
『動く人形』は簡易のゴーレムで、色々と雑務をこなしてくれるが、自身は魔力を使えないために錬金術は使えない。
その点で人工生物であるホムンクルスは、魔力も扱えて自我も強い。妖狐のメイフィも魔力で言うなら既に俺を超える存在になっていた。
「人型のホムンクルスを作るには……」
小動物のホムンクルスを作るのと同じく、生肉と人型モンスターの核を使用する方法と、アクイナスという錬金術師の館で見つけた他の魔物をベースに生成する方法がある。
アクイナスは、悪魔を素体にホムンクルスを生成して暴走したらしいけど……。
まずは錬金術ギルドで買った本に記載されている方を試すか。素材はオークションかな。
「あ」
シグウェルの街にオークションを見る掲示板はあるんだろうか。街の人に聞いてみることにした。
「あるよ」
街中の酒場で聞いてみると、普通にあるそうだ。よかった、これで最初の街と行き来しなくて済む。
早速オークション掲示板を見てみると、圧倒的に品数が無かった。
これはシグウェルが別の街だからというのではなく、新規サーバーということで、プレイヤーによる出品がまだ少ないみたいだ。
さすがに生肉のようなありふれた素材はあるが、人型モンスターの核は売ってなかった。
「自分で取りに行くにも、誰が落とすか分からないな……」
人型ということは、ゴブリンみたいなのを狩っていけばよいと思うが、核のドロップ率はかなり低い。使い道が少ないので以前はオークションの出品が多かったが、自分で取ろうとすると難儀するだろう。
人海戦術で集めようにも知り合いもいない。オークションに出品されるのを待つか、別の方法を模索すべきだろう。
「となるとアクイナス式だな」
しかし、レシピとしてある程度の情報はあるものの具体的にどうするかとなると情報が足りない。
アクイナスが付けていた日記はあったが、とある事情で他人に貸し出していた。
「マーカスを探さないとな……」
残っているフレンドリストを確認すると、マーカスはオンライン状態になっていた。
マーカスはコスプレショップの出張店舗として、ALFに店を構えていた。日本での営業ができないとなるとプレイしてないのかと思ったが、ログインしているらしい。
「マーカス……いるの?」
思わずメッセージを送ってしまった。するとすぐに返信があった。
『ケイちゃん、久しぶりだお。何とかこっちでもショップの敷地を確保したんだぜ。まだ内装はできてないんだけど、ご要望にはお応えできるんだぉ』
ショップにいるというのなら、会いに行ってみるほうが良いだろう。
俺は最初の街へと転送を開始した。
街の中心部へと転送されてくると、雑多な言語が飛び交っていた。翻訳システムは対面しないと正常には作動しないので、どんな会話がなされているか全くわからない。
ただ自分の容姿が人の目を引くのは確かなので、目的地へと足早に向かう。
何度か話しかけられた気がするが、言葉が通じないのでそのままスルー。マーカスのショップへとたどり着いた。
表向きも飾り気がなく、寂しい感じになっていて、ぱっと見では何の店かもわからない。
一歩入ると、いくつかのマネキンがあるので、衣料品店だとわかる……かな?
海外の人にとっては突飛な衣装が多いので、何の店かはわからないかもしれない。
「ケイちゃん、いらっしゃいだぉ!」
カウンターから現れたのは、アメリカ系白人の二十代半ばの男性。それなりのイケメンではあるが、中身が一昔前のネットスラングを多用するオタクキャラ。マーカスだった。
「マーカスもこっちに来たんですね」
「ああ、ALFのモデルデータは他に流用できるから、こっちで作業したのは無駄にならないし、これを機に海外進出も狙えるって、上司を説得したんだぉ」
ゲームを継続してプレイするために、なかなかのバイタリティを発揮したようだ。
「実際、ジャパニーズオタクショップとして認知され始めてるのだぜ?」
白い歯を見せながらサムズアップしてみせる。相変わらずのノリに少しホッとする。
しかし、改めて店内を見渡すとやはりディスプレイされている衣装が少なく、寂しい雰囲気になっていた。
「所持袋の容量の関係で、持ってこれるのは限られてたからね。作品を優先して、後で買えるマネキンは置いてきたんだぉ」
そういうマーカスは少し寂しそうだ。
「あ、そうだ」
俺は所持袋にしまいっぱなしだった残り2体の『動く人形』を解放する。
元々はマーカスにもらったマネキンを素体にして作成した人形。スラムから引っ越したので、防衛戦力が要らなくなって、使い道がなくなっていた。
「よかったら、使ってくれない? ちょっと動いちゃうけど……」
「これって……サユリとカヨコ?」
「な、名前は知らないけど、マーカスにもらったマネキン。簡単な店番くらいはできるし、良かったら返すよ」
「け、ケイちゃん!」
感極まって抱きつこうとしたマーカスを慌てて避けながら、人形に拘束させた。
「それでマーカス、お願いがあるんだけど」
「どんな衣装も用意するぉ。新作アニメだって3日くれれば形にできるお!」
「いや、そうじゃなくて、アクイナスの日記を返して欲しいなって」
「あ、そんな事。全然おkだぉ」
ゴソゴソと所持袋から一冊の本を取り出し、渡してくれた。それを受け取りながら、ふと思う。
「もしかしたら、この世界のシリカは……」
「それはシリカたんではないぉ。別のシリカでしかない。僕が探すのはあのシリカたんだけなんだ、キリッ」
ALFにはプレイヤー単位で進行するクエストと、サーバー単位で進行するクエストがある。
シリカというのはそうしたサーバー単位のクエストに出てきたキャラクターで、一時はマーカスをマスターと認めたホムンクルスだった。しかし、手違いから解放されて、悪魔としての自我を持ち、何処かへ飛び去っていた。
この新規サーバーでなら、再び彼女に会って一緒に過ごすこともできるかもしれないが、それは同じ姿の別の誰かということらしい。
「そっか、わかった。また日本サーバーが再開したら、探すのを手伝うよ」
「うん、僕もその時までにレベルを戻すぉ」