リカルドの仕事
「現状はこんな感じだ」
リカルドは掛けられていた布を取り去り、その人形の姿を露わにする。
身長や体つきは以前のマネキンを参考に整えているとのことだが、一見して別物と分かる。
まず顔が、表情があった。瞳こそ空洞のままだが、丸みを帯びた頬に隆起した唇。耳の複雑な作りや鼻腔に至るまでかなり細かく作られている。
「クレアを見ていると、かなり表情も動かせるようだったので、一通りのパーツを作っておいた。瞳は好みの色のガラスを用意させる。髪もウィッグで選べるようにするよ」
「はぁ」
瞳を欠いてなお美しいと思わせる顔立ち。セイラよりも大人びて見える。ウィステリアの落ち着いた雰囲気に合っていた。
「衣服は後から着せるだろうから、体しか作っていない」
ミロのヴィーナスかと思わせるほど悩ましい肢体が、惜しげもなくさらさらていて、目のやり場に困る。
「とりあえず直して欲しいところは言ってくれ」
リカルドは聞いてくるが、正直今でも十分素晴らしい出来に見える。
「私からはなんとも……」
「まあクレアを見ても、動き出すと印象が少し変わるようだしな。まさかあの人形が小姑のように口うるさいとは思わな……」
「粗茶ですが、どうぞ」
主人を無視するように、俺とメイの前にだけカップを置いて、去って行った。
リカルドの愚痴をちゃんと聞いていたのだろう、無駄口は全く聞かなかった。まあ、リカルドが言いたいのはそういうことじゃないのだろうが。
「ま、まぁ、髪と瞳についてだな」
1人飲み物も無いまま話を続ける。この1ヶ月でどのようなやりとりがあったのか。おぼろげには分かった気がする。
「風貌としては、金髪が似合うとは思うが、それでも色合いがあるだろう?」
「そうですね。ウィステリアは物静かなメイドの雰囲気があったので、あまり派手な感じじゃない方がいいですね」
「ふむ、じゃあこんな感じか」
隣にあった箱から、生首が取り出される。もちろん、人形だが少し驚かされる。
少し茶色に近い金髪で、しっとりとしたストレートヘアー。確かにウィステリアのイメージに近い。
「だとすれば、瞳も茶色系統がいいな。この辺りか」
同じく箱から目玉が取り出される。
「それを見ただけではなんとも」
「ふむ、そうか。まぶたをつけるとこんな風だな」
近くの木片を薄く削って目玉に当てると、確かに瞳の形に見える。
「なるほど、そんな感じでいいです」
「後は瞳の形や大きさもあるが……」
「任せます。センスの良さは認めましたから」
「ふむ、そう言ってもらえると助かるな。変に細かい指定をされてもイメージと違うと言われると面倒だ」
リカルドは素直な意見を述べてきた。依頼に応えるというのは、難しいものだ。特に相手が絵心はないのに理想は持ってると、それを汲み取るのは難しい。
「ではもう一つの要件だが、以前の体から芯核を抜く」
「今から?」
「ああ。それに致命的な傷があれば、諦めてもらうしか無いからな。俺が下手をしたと思われたくもないし」
木工職人としての腕は、もう信頼しているつもりだ。仕事に対するプライドも見て取れる。
もし何らかの失敗をしたとしても、下手に隠したりはしないだろう。
「分かった、やってください」
工房の片隅に安置されていたウィステリアの体。至るところにヒビが入り、腰の所で上下に分断されている。
元々着せていたセイラのお下がりのメイド服も今は脱がされて、簡素なワンピース姿だ。
リカルドはそのワンピースも脱がすと、ウィステリアをうつ伏せに寝かせて背中へと手を当てる。
「芯となるのは、胴体の中央。人間で言う背骨の辺りに使われる」
首筋から腰にかけて指を這わしながら、要点を探す姿は医者を思わせた。
「芯が通っていれば、自然と立ち姿も決まってくるしな。この状態だとさすがの俺でもよくわからんが」
ポイントを見つけたのか、背中の一点を抑えながら、ノミを取り出した。
「ここからは取り返しがつかない。覚悟はしとけよ」
こちらの返事を待たずにノミの柄に、木槌を振り下ろした。
カツーン。
乾いた音と共にノミの刃がウィステリアの背中へと吸い込まれる。わずか一打ちで、胴体が2つに割れていた。
「ふむ……」
断面を覗き込み、何かを確認していく。
「ここが芯だな。首から腰に掛けて重さを支えている。腰の辺りは砕けているが、芯自体は亀裂も歪みも見当たらない。ひとまず芯核としては問題無さそうだ」
リカルドの診断にほっとする。
俺も改めて中を覗くと、頭から首を支えるところに、円柱状の一本の棒が入っていた。周りとは僅かに色が違い、木目も整って見える。
「中々いい木材を使ってる。これなら腐敗の心配もなく、新しい体の芯核として移植できるよ」
芯核にそって木槌で叩いていくと、ポコンと体から分離した。頭部も外してしまうと、1mほどのただの棒にしか見えない。
「これがウィステリア……」
手渡されたそれは、わずかに暖かさを持っているように感じられる。
ふと俺の中から何かが流れ込んだようにも感じられた。
「うん、これには確かにウィステリアがいるよ」
不思議な確信とともに俺はウィステリアを抱きしめた。




