アレックスとリカルドと
シグウェルの防衛戦から一週間。
不条理な侵攻で疲弊していてもおかしくなかったが、人々の表情には喜びが溢れ、活気に満ちている。
俺はメイを伴って、街の酒場へと繰り出す。さすがに一時期の混雑はなくなっているものの昼間でも客が散見される程度には賑わっていた。
俺とメイは新メニューのスープパスタを注文する。新鮮なミルクをベースにベーコンやほうれん草で彩られたカルボナーラ風の一品は、セイラの指導が行き届いていて美味しい。
「これは姫様、ごきげんうるわしゅう」
仰々しく話しかけてきたのはアレックスだった。
「一週間でやけに変わりましたな。えらく活気がある」
「ええ、ちょっとした意識改革があってね」
「店のメニューも充実していますな」
アレックスはメニューを睨みながら、給仕へと注文を行っていった。
「それはパスタですな。イタリアの店が力を入れているのか。店に宣伝用の看板はないみたいだが……」
日本に限らず世界の各国で、ALFに店を出す企業はある。大きな街には、女神のイラストのコーヒーショップなども出店していた。
アレックスはこの店の変化を、そうした企業の出店かと思ったようだな。
実際、そうした店舗ができたからといって、他の店にまで影響があるわけではない。
セイラがNPCを指導するという少し違ったアプローチをしたために起こった変化なのだ。
食べてから驚いてもらうために、あえて正解は教えず、当たり障りのない話でやりすごす。
運ばれてきた料理は、肉のステーキだったが一口食べて目を見開く。
「なんと複雑な。香辛料が効いているが、それだけではなく口の中に様々な風味が。香草を混じえているのか。しかし、それ以上に広がる風味。単に肉の旨味だけではなく、それでいて肉の味を阻害するわけでもなく……」
どこのグルメレポーターかと思うように饒舌に味を語る。一心不乱に食べ始めたアレックスを、邪魔するのは悪いかと思って席を立つ。
俺達が立ち去った事も気づかずに、食べ続けるアレックスの様子に少し畏れすら感じながら店を出た。
この週末でシグウェルの食料事情はある程度広まるのだろう。そう思わせるだけの勢いは感じた。
シグウェルの発展はさておき、俺としてはウィステリアの様子が気になっていた。
ネルベルクの街へと転送を行い、それなりに賑わう街へと移動する。NPCの職人が集う街は、冒険者達の姿も多い。
そんな道具屋筋の最奥部にある木工職人リカルドの店は、辺りに人気もなく、建物もかなりくたびれている。
店の方も客の姿は見えず、店頭にリカルドはいないようだ。
「あ、いらっしゃい」
カウンターの辺りから声が聞こえた。クッションで少しかさましした椅子の上に、ゴシックドレスを身につけた人形が座っていた。
『動く人形』の術で命を得たクレアだ。
「リカルドは奥にいるわ。そのまま奥に進んで」
「ありがとう」
店番を任されているのか、自分からかってでたのか、クレアは使命感を持ってこなしているようだった。
店の奥にある工房では、雑多に置かれた人形というか彫像がならんでいる。
リカルドは、そうした彫刻を行うのが主な仕事らしいのだが、同じ人型ということもあり、人形の修理も請け負ってくれていた。
徐々に木槌の音が聞こえ始め、今も作業中である事を伺わせた。
職人の邪魔をする気は無いので近づきつつも音は立てないようにする。
同行しているメイも辺りを見渡しながら大人しくしていた。
リカルドの姿が見えるところまでやってくる。木製の椅子に座りながら、やや細かい作業を行っているようである。
手のひらに収まる程度の人形を細かなノミ使いで仕上げていっている。
しかし、その人形の姿はよく知った姿であった。
「ちょっと待て」
邪魔する気はなかったが、身内に危機を感じれば、そちらを優先する。リカルドの肩を掴むと、強引に振り向かせた。
「あああああーっ」
当然のように目標を外したノミは、頭の上に飛び出た耳をそぎ落としてしまっていた。
「な、何てことをするんだ!」
「これはどういうことかしら?」
リカルドが作っていたのは、30cmほどのメイの人形だった。
「空いた時間で何を作ろうが俺の勝手だ!」
「人の姿を勝手に使うのは問題よ。肖像権の侵害だわっ」
「何を言っている。俺は俺の望む姿を具現化しているだけで、たまたま誰かに似ていただけだ!」
「どこをどう見てもメイでしょうがっ」
「違う、俺が理想とする美の姿だ!」
醜い罵り合いをする大人をよそに、メイが己の姿に告示した人形を手に取る。
「これ、私じゃない、です?」
「え、いや、もちろん、メイ様であらせられる」
少し悲しげなメイの口調に、あっさりと前言を覆すリカルド。
「姉様、私は別に構わない、です」
「え、でも、勝手に自分の姿を作られるのよ?」
「この人形、よく出来てる、です」
確かに精緻な作業で細部まで作り込まれた人形の出来はよい。よいだけに色々と心配になるのだ。
「私は、別にいいです。私は私で、姉様の側に居ますから」
メイ本人に認められてしまうと、俺としては言葉を紡げない。
己の人形を手に仲裁された俺達は、本題に入ることにした。




