食文化の影響力
「ただいま〜」
疲れた感じで帰ってきたセイラは、手に弁当らしき包を下げていた。
この食欲を誘う感じの匂いは……。
「餃子!?」
ルカが飛びついていた。メイは見知らぬ匂いにやや戸惑っている。
「うん、余った分を包んでもらったの」
「ここはビールなんだろうけど、この世界というかヨーロッパ圏は常温。やはり冷えたモノがいいな」
ルカは何やら呟きながら、準備を開始する。所持袋から取り出した液体が幾つか。
そこに魔法を唱えて氷を出現させた。アイスピックで氷を砕き、グラスに入れるとそこに液体を注ぐ。
「手持ちは果実酒しかなかったので、ソーダ割にしてみた」
シュワシュワと音を立てる炭酸。グラスにはうっすらと水滴が付いていて、冷えているのが分かる。
柑橘系の果実酒をソーダで割ったソレを功労者であるセイラに一番に振る舞う。
「あ、飲みやすいね」
「セイラ、気をつけなよ」
まだアルコールに耐性がないというか、飲み方が危なっかしいセイラに注意する。
「ほれ、貴女にも」
「あ、ありがとう」
出されたグラスを受け取り、口をつける。ほのかに甘く、程よい酸味、冷えた炭酸は喉越しもいい。
「餃子に合うね」
「うん、料理できないのにチョイスはできるんだ」
「りょ、料理もできるからね」
「え、ルカさん、料理できないの?」
「で、できるから。シェフ顔負けだから!」
普段見せない慌てぶりに、セイラと一緒に笑ってしまう。
「というわけなの」
酒場からはじまったお料理教室は、すぐに商店街中に広まり、次々と教えを請う人が現れたという。
「簡単な下準備だけなんだけどね。ケイの錬金術もそうみたいだけど、予め準備しておくだけでかなり変わるみたい」
単純に素材を集めてシステムメニューから合成するのではなく、それぞれに適した状態にしてから合成すると、より効果が上がるらしい。
例えば豚の角切りを用意するにも、筋肉の繊維に沿って切り、隠し包丁で繊維に切れ目を入れておくと、歯ごたえは残しつつ、出汁の染み込んだ料理になるらしい。
「面取りしたり、落し蓋したり、ちょっとした工夫で結構変わるのよ」
「そうそう」
横でルカも頷いているが、目は泳いでいる。そんなに料理できないのが恥ずかしいんだろうか。
「でも今日で料理屋系には教えて済んだから、明日からは美味しい料理が並んでくるわね。もちろん、まだまだ秘訣はあるから私には敵わないけど」
胸を張るセイラに、ルカは複雑な表情を見せている。
「素直に教わったら?」
「いつでも相談に乗るよ。もちろん、ケイもね」
油断してたらこちらにも飛び火していた。
「私もやる、です。姉様に料理作る、です」
メイが静かに決意を固めていた。
食生活からの変革は、街全体を活性化するに十分だった。
美味しいものは、純粋に労働への活力になっているし、農作物への愛情、更なる開発へと人を意欲的にした。
食材を求めて人の動きが活発になり、また旅の商人が訪れる回数も増えている。
伯爵領は鉱山での岩盤破砕時よりも、大きな発展期へと突入していった。
守る物ができれば、防衛にも力が入る。
先の防衛戦で民間兵力として組織された義勇兵は、日々その鍛錬に力がこもっている。
負傷した騎士達も自身は戦えなくなっても、指導はできると鍛錬に参加していた。
そうした兵力の増強は、武具職人を呼び寄せる事となり、元々が鉱山の街という事もあり、道具屋筋も活況となっていった。
入ってくる者が増えると、良くない者も出入りしやすくなる。治安の悪化も懸念されたが、義勇兵の存在が歯止めになっていた。
戦闘力としては騎士団に劣るものの、人数は五倍ほどに増えていて、街中に行き渡っている。
こうして混乱も抑えられながら、街は順調な発展を見せている。
次の週末を迎える頃には、街は一回り大きくなっていた。