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ウィステリアへの選択

 ウィステリアを無理に修理して歪な復活をさせるか、芯核に魂があるとして新たな体へと移植するか。

 その決断は重い。

「焦らずともよい。俺には急ぎの仕事もないからな」

 そういいながら木工職人は、スケッチブックを取り出して何かを描き始めた。

「何をはじめたんだ?」

「目の前に美の化身がいるのに、それを留めぬ理由はあるまい。おお、そうだ。クレア、茶を煎れてくれ」

「クレア?」

 誰の事かと思ったら、90cmのゴシックドレスをまとった人形が動き始めた。

「クレア……なのか?」

「体に刻まれていた。持ち主の名かもしれんが、本人の名前にしてもよかろう」

 ウィステリアがメイドとして働いていた事も伝えていたので、このクレアにもできると判断したのだろう。


 クレアと名付けられた人形は、元々足が壊れた状態で捨てられていたらしい。

 それを木工職人が修理して、売り物として並べていたらしい。

 そのクレアはやや不自然な歩調ながら、食器棚に歩み寄り、茶器を用意してお茶を煎れ始めた。

 そして俺やメイへと出してくれる。

「あれ、俺の分は?」

「お茶はお客様に出すものです」

 スカートめくりの影響はまだ残っているようである。


 メイとクレアはすぐに打ち解け、メイがお姉ちゃんぶって色々と説明している。

 猫又の法師丸に対しても、どこか年長者として振舞っていたのを思い出す。

 逆にスライムには先輩と呼んで敬っていた。ホムンクルスの社会も年功序列なのだろうか。

 などと現実逃避している場合ではない。ウィステリアをどうするか決断しなくては。

 木工職人は嬉々としてデッサンに励んでいる。どうやらメイの姿を少しでも多く残そうとしているらしい。

 これが後にこの売れない木工職人の生活を一変させるとは、この時は予想もできなかった。


「決めました。ウィステリアの為に新しい体を用意して下さい」

「ふむ、そちらの選択でいいのだな」

「はい」

「ならばまずは一ヶ月だな。それで素体となる体を用意しよう。そこから更に顔立ちや体つきなどを詰めていく。一ヶ月ほどしたら、また来てくれ」

 一ヶ月、ゲーム内の時間だろうから、現実世界の5日間といったところか。

「わかったわ……えっと」

「リカルドだ」

「すいません、先に名乗ってなかったですね。私はケイです」

「そちらは?」

「め、メイ……」

 恐る恐るといった感じで名乗る。

「メイ様か。そうだ、お近づきの印にこちらをどうぞ」

 懐から差し出されたのは、黒の櫛。漆塗りなのだろうか、艶のある仕上がりになっている。

 メイが俺を見上げてくるが、どう判断したものか。ここで好意を断ると、ウィステリアにも影響がでそうだ。

「受け取っておきなさい。それとリカルドさん。ウィステリアの体に関して、代金はいくらですか?」

「そうだな、メイ様が手伝ってくれるなら代金はいら……」

 さすがにそんな事はさせられない。

「木工職人はあなただけではないわね」

「も、もちろん、冗談だよ。そうだな、等身大の人形となるとやや値ははるぞ。3万といったところでどうだ?」

 相場は分からないが、中々の値段ではあるだろう。ただ先程の作業を見る限り、腕前は確かに高そうだ。

「わかりました、それでお願いします。前金でとりあえず5000ほど渡しておきます」

 工房を見る限り、それほど稼ぎがいいわけでもなさそうだ。前金を渡しておけば、こちらを信頼して良い仕事を目指してくれるだろう。

「ふむ、ありがたく受け取っておくよ」

「じゃあ一旦帰ろうか」

「え、もう行くのか。あ、そ、そうだ、クレアはどうするんだ?」

 忘れていた。クレアと名付けられた人形の所有権はどうすればいいんだ?


「私は……」

 当人に選ばせる事にした。

 家事担当のウィステリアがいないので、手伝ってくれるのはありがたいが、セイラもいるしそこまで困っている訳でもない。

 クレアは俺とリカルドを見比べ、思案した末に結論を出す。

「この人が仕事をするか監視します」

「それは、リカルドの元にいるという意味でいいのね」

 コクリと頷いた。

 一度捨てられた自分を拾ってくれた事に感謝しているのだろう。足の修理もしてくれた事だし。

 少し躊躇われたのは、足を確認するためとはいえ、スカートをめくろうとするようなデリカシーの無さだが、そこも戦闘能力ではクレアの方が上の様だし大丈夫か。

「また来た時に問題があったら遠慮なく言ってね」

「はい、分かりました」

 優雅に一礼する。その身にまとうゴシックドレスとあいまって、貴族令嬢のようにも見えてしまう。よく見るとガラスで作られた瞳や丁寧に彫り込まれた唇が動いている。

 本来は可動しない部分も、『動く人形』となることで動くようになるようだ。

 表情は変わらないが、もしかすると人と暮らすうちに変化が見られるかもしれない。

 ウィステリアは、マネキン風の瞳や口のない人形だったが、一緒に暮らすうちにその口調などに変化が出ていた。

「じゃあ、リカルドがサボらないようによろしくね」

「はい、お任せ下さい」

 こうしてマスター登録はリカルドとなったが、使命感のある人形として彼の側に仕えることになった。


 名残惜しそうにするリカルド(主にメイに対してだろう)の店を出て、家に帰る事にした。もう少しネルベルクの街を見て回る事もできたが、美味しいものを食べたくなっていた。

 セイラが指導した酒場に行って、ウィステリアの件の報告もしておこう。

 俺達は転送石を使用して、シグウェルの街へと帰った。

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