木工職人と人形
木工職人は店の方へと戻ると、ディスプレイされていた物の中から一つの人形を取り出した。
ビスクドールのような西洋風のゴシックドレスを着せられた90cmほどの人形だ。
木製でガラスの瞳を持つ人形は、かなり精密に作られ関節もあって手足が自由に動かせた。
「その人形もポーズを変えられる物のようだし、こうした人形の方がいいのだろう?」
詳しく確認したことは無かったが、確かに手足が動かせる必要はあったのかもしれない。
ただウィステリアの動きを見ていると、マネキンの可動部分よりはるかに柔軟に動いていたので、関係ないのかも。
ともかく人形としては大きさなども関係ないだろう。
「それではこの人形をお借りします」
俺は工房の一角を借りると、簡易錬金釜を取り出す。本来なら自宅の錬金釜を使いたいところだが、試しにやる程度なら何とかなるだろう。
『動く人形』を作成してからもある程度スキルが伸びているので、簡易型だからと失敗することもないはず。
錬金釜に必要な素材を置いていき、最後に預かった人形を座らせた。
システムメニューから『動く人形』の生成を選んで、合成を開始。特に魔力調整も行わないシンプルな合成だ。
程なく光が収束し、錬成が終了した。
人形以外の素材が消えて、残された人形がゆっくりと立ち上がる。
「ほう、これは……」
木工職人は食い入るように見つめている。人形の方はそんな木工職人の方を見つめ返している。
合成が終わった直後のホムンクルスなどは、まだ主人が決まっておらず、生まれたての雛のようなもの。
一番近くによって来た木工職人を見返しているのだろう。
「ふむ、どうなっているんだ?」
そんなことを言いながらスカートをめくろうとした。
ボグワァ!
顔を近づけていた木工職人の頬に、人形の小さな拳が炸裂。肉体的には鍛えられていない木工職人の体が吹き飛んでいった。
「……キャー」
かなり遅れて棒読みの悲鳴が、人形の口から発せられた。
「なるほど、かなりの戦闘力があるようだな」
頬に拳の跡を残した木工職人が、真面目な顔で分析していた。
人形の方はもう木工職人の方は見ようとしないで、俺の方をじっと見上げてきていた。
人形の持ち主は木工職人で、術を施したのは俺。所有権はどちらにあるのだろうか。
「そちらの人形を戦闘で使用して、その結果破壊されたというのも納得はしよう。ただ修理となると難しくはある」
「は?」
人に『動く人形』の錬成をさせておいて、今更そんな事を言うのか!?
「その人形は右足を修理してある。先程から動きを見ていると、やはりぎこちなさがあるだろう?」
「え?」
言われて人形を少し歩かせてみる。確かに歩き方に違和感があった。スカートで見えないが、修理した足がうまく動いていないのだろう。
「それを確認したかったのだが……」
しかし、人形とはいえレディのスカートをめくる理由にはならない。
「ともかく、そちらの人形を繋ぎ合わせて、表面を綺麗に整える事はできるかもしれないが、動きは確実におかしくなるだろう。胴の部分で断裂していると、足の比ではないほどに」
なるほど……確かにそれでは復活しても、ウィステリア自身も苦労する羽目になってしまう。
「その人形にこだわる理由があるのかね?」
「それはそうです。短いとはいえ、一緒に暮らしていたので。それに魂の方も……」
確証はないがウィステリアの魂があるなら、戻れるのはこの体だけではないかと思っている。
「人形に魂か……」
木工職人は少し思案している。何か思い当たる事があるのだろうか。
「東方の国には、長年使った道具には魂が宿るという伝説がある。確かに人形であれ、愛情を注がれた物には魂も宿るのかも知れないな」
それは付喪神の事だろうか。この世界にもそうした概念があるのは驚きだ。
「もし人形にも魂があるとするなら、それは芯核に宿りそうだな」
「芯核?」
「木の素材には、その木の成長に合わせて素材の芯のようなものがある。例えば船に使う竜骨や、家の中の大黒柱と呼ばれる木材には、その芯がしっかりと通った素材が使われる。それはまさに木の中心。そこに亀裂があれば素材全体が死に、逆に芯さえしっかりとしていれば、多少の傷は補修できる」
「つまり?」
「そちらの人形の芯核さえ無事であれば、外装をまるごと変えてもその魂は受け継がれるのではないかな?」
「新たに人形を作って、その芯核という部分だけを移植するって事ですか?」
「この人形を歪に活動させるよりは、そちらの方が人形の為にもなるだろう」
「しかし」
「芯核が無事かどうか。移植して魂が宿るのかは不明だ。前例がないからな。決断をするのは依頼者だ」
そう言って丸投げされてしまった。




