シグウェル防衛戦 その9
オーガの大将は、両手に持った蛮刀を巧みに操り、交互にタイミングをずらしながらセイラを襲う。
セイラはそれを盾で逸らし、剣で打ち据え、身を捻り、距離をとって避けていく。
防戦一方だが確実に凌ぐ技術はさすがとしか言いようがない。それでも体力が削られていくのを、法師丸が回復していく。ただクリーンヒットを受けると、回復は間に合わなくなっていくだろう。
「ダークサイト!」
「グラビティウェイト!」
ルカの視界阻害や俺の重力操作は、大将に抵抗されて効果を発揮できない。
大将の背後に回ったメイは、鉄の爪で斬りかかるも、分厚い鎧に阻まれて有効打とはなっていないようだ。
「いっさん!」
一酸化炭素から呼び出した風の精霊を大将の頭へと飛ばす。しかしダメージがあるのかは不明だ。体力の減少が目には見えないレベル。ただでさえオーガは体力が多いのに、大将は更に体力が高そうだ。
「物理よりは魔法に弱いはずだが……」
ルカは唸ってまた呪文を唱え始める。
俺はいっさんに引火しないように炎の魔法は控えつつ、重力操作でオーガの持つ武器を狙う。重量が増せば、攻撃速度は落ちるが重さを活かして威力が上がる。諸刃の剣となりうるが、やれることが見つからない。
「ケイ、それ駄目!」
数撃を受けたセイラから悲鳴が上がり、慌てて魔法の効果を打ち消す。
「ぐるぁ?」
オーガの頭に闇魔法が現れた。視界を塞ぐ魔法が効果を発揮したようだ。
ルカを見ると怪しい赤の魔法陣が浮かんでいる。悪魔憑きによる魔力ブーストか。
続けてオーガの下半身に重力操作がかかって、移動を阻害する。
「貴女は役立たずだ、他のグループを連れてこい。メイ、足の金具を狙え、炎で焼いて爪で斬るんだ」
ルカの指示に一瞬、反発を覚えたが確かにその通りだった。今の俺では大将の相手にはなれない。
アレックスの元へと走った。
アレックスは両手持ちの大斧をオーガに打ち付けていた。オーガの巨躯が、揺らぐほどの一撃。敵視がアレックスに向きそうになるのを、タンクの盾戦士が必死に攻撃して呼び戻す。
そこへ土塊がオーガで炸裂、更なるダメージを与えていく。
「加勢します」
全体を見渡しているヒーラーの隣に立つと、炎の魔法を撃ち込んでいく。
「姫、あのデカブツは!?」
こちらに気づいたアレックスから声が飛ぶ。
「私達だけではどうしようもないので、他のグループを早く合流させようと」
「なるほど! わかりました」
アレックスは再び大斧を振りかぶると、思いっきりスイングさせた。オーガの鎧は頑丈で、切り裂かれる事はないが、その威力は伝わり巨躯が揺れる。
「アレックス、はしゃぐな!」
盾持ち戦士が悲鳴を上げる。アレックスの全力は、相手のターゲットを奪うほどの威力を持っているらしい。
盾持ち戦士は、更なる攻撃で敵視を奪い返す。微妙なバランスで成り立っているようだ。
俺も自分のやれる精一杯で、アレックス達に加勢した。
何とかアレックスグループが受け持ったナギナタオーガを倒して、中央へと戻る。
セイラは何度かダメージを受けたらしく、体力が減じている。法師丸が回復してはいるものの間に合っていないようだ。
「ケビン、助けに入れよ!」
「あれの正面に入るのかよ!?」
視界を奪われ、下半身の動きを制限されても猛威を振るっているオーガの蛮刀。セイラは左右に動きながらそれらを避けてはいるが、疲労も見え始めている。
「あんな可憐な大和撫子が頑張ってるんだぞ、漢をみせろや!」
「わかったよっ」
盾持ち戦士がセイラの隣へと滑り込む。
「右手の方をお願いっ」
「心得た!」
即座に連携して大将の気を引き始める。
「何をしている、デレクも引っ張ってこい……」
苦しそうな声が聞こえてきた。振り返ると頭を抑えてうずくまるルカがいた。
悪魔憑きによる魔力上昇の効果が切れたのだろう。激しい頭痛に苛まれて、顔が青ざめている。
「だ、大丈夫か?」
それに対するルカの答えは、デレクの方を指差すに留まった。声を出すのも辛いらしい。
デレクのグループも大勢は決していた。手甲を嵌めたオーガは、他のオーガより軽快なフットワークで殴りかかっていたが、既にその足も止まりがち、体力が大きく削られていた。
「ふがーっ」
苦し紛れに両腕を伸ばして回転して見せたが、近接攻撃していたメンバーは素早く身を引き、事なきを得ている。
再び肉薄した剣士が鋭い連撃でオーガを刻み、魔導師が氷撃を撃ち込む。
「いくぞ!」
法衣をまとったデレクが両手を掲げると、空から光の柱が降ってきて、オーガを貫く。
光魔法による攻撃だった。
初めて目の当たりにした俺は、視界が白く染まってしまう。
目を瞬かせて視界を取り戻す頃には、オーガは地に伏して動かなくなっていた。
再び中央に戻ってくると、セイラの体力も回復していた。タンクが二人になったことで、負担も軽減されたらしい。
ただオーガ大将の体力もまだまだ残っていて、戦いはここからといった様相だ。
いっさんもいつの間にか倒されているが、オーガ大将の左のすね当ても外れている。メイが活躍してくれたのだろう。
ルカは頭を抱えたままで戦力外。そろそろオーガにかかった視界や移動の阻害も切れる頃だ。
まさに仕切り直しての一戦が始まろうとしていた。