謎の男
「Hey」
陽気な掛け声と共に肩を叩かれた。振り返ると白人の体の大きな男が、俺に笑いかけて来ていた。
「Oh! So purity girl! Are you Japanease?」
『おお、なんてかわいい子だ。日本人かい?』
彼の言葉と共に、脳裏に日本語が響く。それはホムンクルスと念話で会話する感覚に近かった。
「その格好、アニメのキャラだよね。見たことあるよ!」
意識を念話に向けると、英語の方はフェードアウトして、翻訳された言葉がより鮮明に伝わってきた。違和感が思った以上になくて、普通に日本人の言葉を聞くのと変わらない。
ただ2m近い巨漢が、覆いかぶさるように話しかけてくるのは、正直怖かった。
「日本は大変だったね。でも僕達としては歓迎さ。日本サーバーは、どこか閉鎖的だったしね。これからは積極的に交流したいよ。僕達はクラン単位で移籍してきたんだ。良かったら一緒にどうだい、色々とフォローしてあげられるよ」
「え、あの、ちょっと……」
一気にまくし立てられてしどろもどろになってしまう。
「すまない、彼女は僕の連れなんだ。少し遠慮してくれるかな」
そんな言葉とともに体が後ろへと引っ張られる。倒れそうになる体をそっと腰を支えつつ、体を入れ替えるようにして、男との間に割って入った。
間近に見上げる顔は端正に整っていて、やや細面の中性的。長めのまつ毛が切れ長の瞳を縁取っている。
息を呑むようなイケメンである。
「いや、その、僕はただ……」
「ああ、不安そうなレディを一人にしておくのが忍びなかったのだろう? しかし、もう大丈夫。僕が責任をもってエスコートするから」
「え、あ、あぁ……」
「では行こうか、ケイ」
「は、はい……」
呆然とする男を残し、俺の腰に手を回したまま、イケメンはその場を後にした。
「あ、あの、どうして私の名前を……」
先ほど、さらりと口にされた名前。しかし、俺にはこんな男の知り合いはいない。
「どうしてって、つれないなぁ。あれだけ赤裸々に相談してくれた仲じゃないか」
「な、何を言って」
軽く混乱させられる。その所作から、俺のことをよく知っているような口ぶり。単なるナンパではなく、俺のことをよく知ってそうだ。
「しかし、貴女の乙女っぷりはなかなかだな。こんな時でも崩れないのか」
「えっ……」
どういう意味か。
このALFというゲームは、基本的に性別を偽ることはできない。しかし、俺はそこを外部ツールを使用することでごまかし、男なのに女性キャラクターを作成していた。ある種のチート行為である。
運営にばれれば、キャラの削除は元よりアカウントの停止すらありうる。そのため、それを知っているのはごく一部、リアルでの知り合いくらいだった。
それが赤の他人にバレているとなると、由々しき問題である。
改めて相手の姿を確認する。
白のシャツに紺のジャケット、同色のスラックス。そのデザインはどこかアニメ的で、スマートさを感じさせた。
「似合っているだろう? マーカスという仕立屋のオススメだ」
「マーカスの」
俺が今着ている銀と紺のドレスも、マーカスに仕立ててもらった一品だ。マーカスはネットショップの従業員で、コスプレ衣装を販売する傍ら、そのデジタルデータを流用して、ゲーム内で使用できるドレスとして販売を行っていた。
主に女性用の衣装を扱っていると思っていたが、こうした貴公子のような服装もあったのか。
目の前の男は、マーカスとも知り合いなのか。それとも単にショップを利用しただけか。
日本サーバーが一度停止して、再開された時に祭のような三日間があった。その時に一気に知り合いが増えたのだが、その時の誰かか?
いや、そのメンバーには俺のネカマはバレていないはず。
それとも自分で思っている以上に、ネカマをしていることがバレているのか?
「安心していいよ。貴女の乙女っぷりは少し話しただけじゃ、全然わからないよ」
こちらの心を見透かされたような言葉に、思わず息を呑む。
それとともに俺の中に一つの可能性が浮かんだ。
「そろそろ僕の正体がわかったかな?」




