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内政の充実と

北近江 小谷城



私がここと若狭の内政を預かり、しばらく経ちました。

風の噂で従姉弟の竜子が三村の継室となりました。

まあ、あれだけの美人だから、なって当然の才はありましたから、私としては憧れもあったけど。

まあ、督には言えないが。

伊吹山で石灰岩が取れたようで、早速、建築や道路の整備に使うことになりました。

石灰岩を上手く、使い、農村の家を優先し、

寒さを凌げる家に随時変更しています。

城に使うのは後に回しました。

四公六民制の採用も並行して行ない、民、百姓への負担を減らすことを考えましたが、やはり、邪魔な連中が出てきました。

民、百姓からは喜ばれましたが、中間搾取を考えている国人領主や地侍達でした。

私は当初は浅井に仕えるように呼びかけました。やはり、反発する者が多い。

軍事力を強化して、彼らの反発を抑えるようにしました。

古い統治政策では、民、百姓は苦労するため、一向衆に言葉巧みに利用され、一揆に走るとすれば、民、百姓の苦労を軽減させ、年貢だけではなく、新しい産業開発で利潤を得ることを考えていかなければならない。

酒、和紙、鉄製品、味噌、養蚕、焼物などの産業開発を進めていくことにした。

琵琶湖を利用して利潤を上げるように努力した。

農業も新しい新田開発や救荒作物、野菜などを植えたり、畜産を考え、飢えさせないようにした。

かなり、苦労をかけたが。

新田開発した年貢は、安定した収穫が見込めるまで取らないようにした。

この当たりは備中の三村元親が考えた、農業改革を参考にしてみた。

甲賀の忍び達に探らせたら、農業改革を一から行ない、西国では既に、備中、伯耆、西美作、隠岐は別天地であり、景色は変わっているという。

私『参考になるだろう、これから、三村の内政は』と。

次に私は若狭の小浜に城を改修し、築き直した。

港を整備し、北国と西国の物資が集まる中継点になるだろうと考え、経済都市として繁栄させるようにした。

堺の豪商達も納屋を作り、北方との交易を進めた。



軌道に乗り始めたのを確認して、次の段階に移って行った。



私は丹波や丹後を伺うことを忘れてはいなかった、丹波は波多野や赤井などと言った豪族達の力が強い、攻めて屈服させるのは難しい、波多野を敵に回すと東播磨の別所も刃向かうだろう。

阿呆の公方をどうするかについても、第六天魔王と話す必要がある。

はっきり言って、内政を行なう上で邪魔なのだから。


丹後は一色、悪政で酷いと言うからら若狭に逃れてくるものもいる。

但馬、因幡は山名、これは応仁の乱以降、衰退し、守護とはいえ、国人領主が割拠している。

攻めてみるか、内政を後二年し、軍を再編してから。


阿呆の公方がつまらない嫌がらせをするが越後に追放されるまで、動けなかった。


しばらくして、美濃に第六天魔王を母や妹たち、督と共に訪ねることになる。


















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