表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

夜と雪と花の墓場

作者:


 テーマ:雪

 雪が降っていた。

 この地方は、何故だか数年に一回、この気候にしては珍しく雪が降る。その時は決まって、家の前で三〇センチくらい積もってる。玄関を開けて白銀の世界に変貌していた時は、久しぶりだなって思った。

 玄関から離れ、雪を蹴って無理やり道を造る。少し歩いたところで、

「さぶっ」

と誰に言うわけでもなく声を上げた。

 口の端から漏れ出した白いもわもわを視線で追って、空を見上げる。

「静かだな」

 ポケットから手を出して、頬に手を当てる。思ってた以上に冷たくて、目を瞑ってしまった。

 風がぴゅうっと吹いてきて、目をかっと開く。

「暗っ……」

 携帯を取り出してあかりにする。

 光は薄ぼんやりとしていて、照らす先も全然見えない。もうすぐ大学も卒業しちゃうのに、全然実感ないし。

 また目を閉じる。ドアが、もう遥か後ろにあるように思える。もう一つ、何かを挟んでいるような、そんな感覚。

 そのドアが少し開いて、ママが寂しそうにあたしを見ていた。




はな

 呼ばれて振り返ると、姉がいた。

 光の少ない風景の中に、ぼんやりと立ってた。

 名前はあかり。あんまり背は高くない。栗色のボブショートでゆるふわ系みたいに見えるけれど、気は強いし短気。みんなそれに騙されて、告白したりそわそわしたりしてる。

 今は、毛先をお気に入りのマフラーで隠して、新しいダウンに手を突っ込んでいる。

 ……あたしとは、全然似てない。

「当たり前か」

「何が?」

「何でも?」

 横目で灯を見る。灯は私の造った道を踏み、追いかけてくる。

 こいつは、いつもそう。あたしの後を、追っかけてくる。

 姉のくせに。

 名前だって、「灯」なのに。

 あたしより、「花」って名前が似合うのに。

 いつもそう思う。だけど、言わない。あたしだって、いい子だから。

 少し楽しそうに、灯があたしを見た。

「小さい頃、思い出すね」

「…………」

「おーい?」

「今、思い出してる。なんだっけ」

「ひどい!」

 頬を膨らませる。それ、男子には効くかもしれないけれど、あたしには効かない。

 振り返って睨みつける。手をポケットから抜き出す。

 すごく、寒い。

 その手を、灯の頬にぱしっと当てた。

「ぶ」

 灯の口が、たこみたいに潰れた。

「へんな顔すんなよな!」

 目つきが、おもちゃを取り上げられた子供のそれになる。

「はなはひてんれしょー!」

「るっせ」

 乱暴に手を離すと、灯に睨みつけられた。

「昔は、あーんなに優しかったのになー。いつからこんな乱暴さんになったの?」

 後ろでママが灯を呼ぶ声がする。

「呼んでるけど?」

 灯を睨み返す。

「いいよ、別に」

 至極つまらなそうに、灯は視線を逸らした。

「それより、思い出した? ねーえー」

 灯がダウンから手を出し、あたしの頬にぴとっと当てる。

 ぷっくりした指の腹から伝わって来る熱が、ひんやりしたあたしの肌を侵食していくようで、ぶるるっと身震いする。

 それを見て、灯が面白そうに、くくっと笑った。

「あの時は楽しかったよねぇ」

「そう?」

「花がさ、珍しく雪が降ったからって、外に飛び出しちゃって」

「……そんなこともあったかな」

「雪を掻き分けてどんどん先に行っちゃって、さ……私が必死に追いかけても、ぜーんぜん追いつかなくて。あ、やばいって思ったときに、花ってば転んでさ!」

 自分で話していて面白かったのか、灯が吹き出す。

 灯の話し方が妙に昔を思い出させ、あの頃の自分を頭に浮かべると、恥ずかしさで耳まで紅潮する感覚がした。

「あはは、顔真っ赤だよ、花!」

「うるさい、ばか。しね。何年前の話だよ!」

「えーっと、十年くらい?」

 向かい合い、灯の顔をまじまじと見てしまう。並行眉に、ぱっちりした二重。すうっとした鼻。

 あたしは並行眉じゃないし、二重だって右目だけだ。鼻は、似てるかもしれないけれど、性格だって口調だって全く違う。

 誰にだって、見分けはつく。こんな風に向かい合っても、鏡を見てるような気になったことはない。

「さっさと戻れよ」

「えぇ、やだよ。花が戻るなら、私も戻る」

「あたしはまだ雪見てるから。ほら、ママが」

 闇の中から染み出した白のように、しっとりとした雪が舞う。その中をぬって開いたドアから、ママの顔が覗いていた。

 ママの口がぱくぱくと開閉している。

 しっかり見なくてもわかる、三文字のリズム。呼んでいるのは、灯の方。

 あたしじゃなくて、ママのお気に入り。血を分けた双子の姉の、灯の方。

 全然似てない、なのにあたしが大好きで仕方ない。可愛らしい、灯の方。

「ママが、呼んでる」

「……」

 灯が黙った。

 強い風に揺られて、消えた蝋燭ろうそくみたいだった。

 曇った表情のまま、頬に当たった灯の指に力が入る。

「私は花とがいい」

「我が儘」

「そう。私は我が儘。高校生になってもまだ、妹と一緒にいたがる、追いかけてばっかりの我が儘」

 あたしの言葉を、灯が反復する。

「そんな本物の私を知ってる、唯一人ただひとりの、妹」

 二人きりになってお互いの顔を見合うたびに、灯はこう言う。

 その声があまりにも頼りなくて、いつも、負けたような気分になる。

 灯の頬に手を伸ばして、ぴっとりとくっつける。

「花。ねぇ、花……私の片割れ」

 心地よさそうに目を閉じて、灯が呟く。

「どこにもいかないでね、どこにも……」

 ぐいっと指の力が増して、灯のおでことあたしのおでこが、ごつんとぶつかった。

 頭の何処かが、じんわりと温かくなる。

 上目で灯を見ると、同じタイミングで灯の目が開いて、ばっちり目が合った。

「ふふ」

 くすぐったい顔をして灯が笑い、眠そうにまぶたを落とした。

 つられてあたしも目を閉じる。

「やっぱり似てるよ、私たち」

「……」

「ママが本当の私を知らなくてもいい」

「……」

「花がいてくれればいい」

「……ん」

「花も、そう思ってくれる? 私がいればいいって。ママが見てくれなくても、いいって」

「ん」

「えへへ」

 灯はぱっと手を離して、小柄な体であたしをぎゅっと抱きしめた。

「約束だよ、約束。花は、私とずっと一緒にいるんだよ」

「うん、灯」

 灯はいつも、あたしの狭い世界のにある、小さい小さい居城を照らす。

 そこにはあたしと灯しかいない。灯は終わらない御伽噺おとぎばなしをしていて、あたしはそれに耳を傾けたまま動かない。

「約束だからね、花……」

 いつの間にかママはいなくなっていて、ドアは閉まっていた。

「あたしたちは、一緒に、生まれた」

「うん」

「だから、死ぬときも、一緒」

「私はずっと、花と一緒にいるよ」

 間を開けずに灯が答える。

「灯ぃ……」

 あたしはどこからか湧き上がる孤独感に怯えて、甘えるように、姉の肩にもたれ掛かった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 風景描写が花の心理描写に縁取りを付け、彼女の怯えが際立っているように感じます。どこかゾクリとする感覚を覚えた事が印象的です。 [一言] Twitterから伺いました、太ましき猫です。 ホ…
2015/02/01 21:31 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ