プロローグ「両手を合わせずいただきますとは何たることか」
一体どういうことか。
俺の身にいったい何が起こっているのだろうか。
待て待て待て待て、状況を確認しなおそう。
俺の通う高校は今日は振替休日で休みだ。だからゆっくりのんびりと寝ていた。
満足した後、俺は起きて寝ぼけ眼を擦り朝刊を取りに寝巻のまま新聞受けのある門に行くため玄関を出た。
そして今に至る。
おや、何もおかしなことはしていないじゃないか。
だったらなぜ……なぜ……
我が家にマスコミが集中しているのだろうか。
「飯田さんの息子さんですか!?あなたのお父さんとお母さんがやったことについて何かご存知ですか?」
「ご両親の行方について何かご存知ですか?」
「えっ……?」
いきなり押し寄せる人の波。
俺は無言で突き進み、新聞を手に取るとすぐさま玄関に逃げ、ドアを閉めた。
「な、なんだなんだなんだ……!?」
俺は大きく息を吸い止まっていたかのような心臓に気合を入れた。
玄関のドアののぞき穴から外をのぞくと、10……いや20は軽く超えるマスコミが自宅周辺を包囲していた。
「ドラマでよくある光景だが……一体俺が何をしたっていうんだ」
……ん?
俺は記者の言っていたことを思い出す。
『あなたのお父さんとお母さんがやったことについて何かご存知ですか?』
『ご両親の行方について何かご存知ですか?』
俺の親父と御袋……?
俺は自宅のリビングへと足を進めた。そこには親父も御袋も居なかった。
ただ、食パンと書置きだけがテーブルの上に乗っていた。
「置手紙……?どれどれ……
疾兵へ
お父さんとお母さんはとある罪を犯しました。
よってこの不条理な世から許しを得られるまで逃げ続けようと思います。
探さないで下さい。私たちの財産?ほしけりゃくれてやる!
探せ!この世のすべてを金庫に置いてきた!
世はまさに大後悔時代……って何うまいこといってんだこいつ」
俺の両親は物書きをしている。
故に作品のネタに詰まるといつもこんな感じで書置きを残して逃げていくのだ。
しかし今日の書置きにはなにかひっかかる……
「罪を犯した……?」
外にいるマスコミ、両親の書置き、俺は何かを察知した。
窓から外を見るとそこにはおびただしい量のカメラが俺を撮影していた。
「わっ、バカ撮るな!!」
慌てて窓に駆けより、カーテンを閉める。
「本当になにか犯罪を犯したって言うのか……?」
俺は先ほどとってきた新聞紙を広げる。それと同時に自分の目を疑った。
一面記事に我が両親の顔写真が載っているのだ。そして見出しにはこう書かれている。
『有名作家、食い逃げで全国指名手配』
俺の中で思考が停止した。
有名作家と言われているのは我が両親だ。問題はその後の文章だ。
「食い逃げで全国指名手配……!?」
まさか、書置きにあった『罪』とやらは……食い逃げ!?
突然、フラッシュが焚かれる。振り向くと俺以外に誰もいないはずの家に、
カメラを構えニヤニヤと笑う中年のオヤジが立っていた。
「だ、誰だ!?」
「おやおや、こんな時間だというのに学校はどうしたんですか?申し遅れました、私その新聞、上京新聞の記者、田中と申します」
田中と名乗った中年のオヤジはニヤニヤとしながら家のソファに腰かけた。
「今日はうちの高校は休みだ。出ていけ、俺の家に勝手に入ってくるな。警察を呼ぶぞ」
「まぁまぁそう目くじらを立てないで。私はいい話を持ってきたんですから」
「いい話だと……?」
「私は貴方の素性は全て知っています。もちろん、ご両親のもね。そして今回の事件の全容も、警察でさえ知り得ない内容を、私は知っています。そのことをマスコミにさらされたくなければ……1000万、でどうです?」
「なんだと?」
田中の口元が醜く歪む。
急に険しい顔つきになり、俺の目の前まで詰め寄ってきた。
「だぁから!あんたたちのことを黙ってやるから1000万寄越せっつってんだよ」
臭い息をまき散らしながら、田中は捲し立てた。
俺が後ずさりすると田中はカメラからメモリーを抜き取った。
それを俺の目の前でプラプラさせながら、
「これ1つでお前のこの先の人生が左右されんだぜ?1000万なんて安いもんだr」
田中が言葉を言い切る前に、ゴンという音と共に倒れた。
その向こう側には俺がよく見る幼馴染がフライパンを手に立っていた。
「疾兵!?大丈夫?」
「い、伊予奈……」
幼馴染、今井伊予奈。物心ついたころから俺はコイツと共に生活させられているようなもんだった。両親が物書きでほとんど家にいないかこもりがちで、遊び相手のいない俺と、その年からすでに両親を病気で亡くし、祖母に育てられていた伊予奈。いつも伊予奈のツンケンした態度に振り回されているが、長く親しい間柄だ。そんな伊予奈がフライパンで田中に一撃かましたのだった。
「無事?」
「ああ。ありがとう……」
「外がにぎやかだから外に出たらあんたの家がマスコミだらけでさ。地下道を通ってあんたの家に行ってみたら、この様じゃない」
「地下道って……」
地下道、それは俺の親父と伊予奈の親父が高校からの友人であり、2人は大のいたずら好きである故に、家を建てた際に作ったそうだ。地下道でひっそりと会って呑んでいたらしい。伊予奈の両親が亡くなってからはほぼ全く使わなくなったと聞いている。
「まさか、私のお父さんが作った地下道がこんなことに役立つなんてね。このオッサンは庭にでも放っておきましょ。気持ち悪い」
そういうと伊予奈はフライパンでもう1発お見舞いし、手に持っていたメモリーを抜き取った。窓を開け、田中の足を掴むと華麗なジャイアントスイングで放り投げた。
「ふぅ……っと。それで疾兵、いったい何があったの?」
「それが、俺もイマイチ状況がつかめいてない。頭の整理が出来ていないんだ」
「……そう。
とにかく、あんたの家は今は危ないわ。……私の家に来なさい」
そういうと伊予奈は俺の手を引っ掴み、地下道へ引きずり込んだ。