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彼方が聖堂に入ると、
美笛はまだ十字架の前でひざまづいて祈っていた。
いつもは聖女のような穏やかな表情で祈っているのだが…。
今は何かを訴えているかのようだ。
「美笛。」
彼方の呼びかけに美笛はバッと振り返った。
「カナちゃん…。」
美笛はややたじろいだ。
彼方の表情が怖かったからだ。
多分先程の講師への怒りが収まらないからだろう。
「君は最近追い詰められたように祈っているそうだね。何か悩みでもあるのか?」
「別に……。」
本当のことなんて言えるか。
一応否定はした。
しかし、それで納得するような彼方ではない。
「僕には言えないことなのか?」
彼方の声は悲しげだった。
今までの美笛は何でも彼方に相談していたのだ。
美笛は何も言えずに俯いていた。
勘のいい彼方なら大抵のことはピピッとくる。
事実、「これは何か隠しているだろう」と感じていた。
しかし、その内容となるとほとんど見当がつかないのだ。
唯一見当がつくことと言えば…
「アイツの言う事なら気にすんなよ。」
そう、先程の講師のこと。
レッスンの講師に厭味を言われて落ち込んでいる、と彼方は考えたのだ。
…美笛は知っていたのか、という風に顔を上げた。
「もう一度言うけど、僕は美笛の声が好きだ。君がどんなに歌が好きなのかは僕が知っている。あんなメクラ講師の言う事なんざ気にしなくていい。」
「カナちゃん…。」
「好きだ」という言葉に、美笛はドキリとした。
「そういう意味」で言ってるわけでないことはわかっている。
しかし、「好きだ」と言われると、体の中心から熱いものが溢れてくるような感覚になる。
講師に厭味を言われて落ち込んでいるのも事実だ。
美笛はほっとした。
そういうことにしておけば、これ以上怪しまれない。
「…カナちゃん、歌を習い始めたのは何歳?」
美笛は十字架を見上げたまま、彼方に尋ねた。
彼方はいきなり何だと眉間にしわを寄せた。
「……2歳だけど?」
「私は11歳のときだから、カナちゃんより10年近くも遅れてるわ。
そのうえ才能ないだの、いくら練習したって素質が悪いから無駄なんて言われるようじゃおしまいね。
卒業記念コンサートの練習ももうすぐ始まるのに…。」
彼方たちの高校は毎年、卒業記念としてコンサートを行う。
「きっと私は出させて貰えないわ。」
卒業記念なのだから基本的に全員参加なのだが、あまりに出来の悪い生徒は強制的に休まされることがあるらしい。
学校のメインイベントであり、
名門校なのだから尚更。
美笛は自嘲していた。
もう悔しいとも思えない。
こんなことには慣れっこなのだ。
(やだ…。また愚痴ってしまったわ…。)
美笛は、恐る恐る彼方の方を向いた。
「…!?」
ビビってしまった。
彼方の顔が怒りで真っ赤だったからである。
「か、カナちゃん!?」
美笛は思わず後ずさりした。
彼方は肩を震わせ、呻くように言った。
「…美笛がそんな目に合わされたら……僕黙っちゃいないよ?」
「カナちゃん…。」
本当に彼方は姉のようだ。
「曲は何?」
「……『panisangelcous,天使の糧』よ。」
彼方はなるほど、と思った。
『天使の糧』は子供のためにあるような曲。
音域が狭く、音程を取ることが苦手な美笛にも歌えそうだ。
しかし、キリスト教音楽ではあるので、クリスチャンの美笛には相応しい。
「美笛、土曜日のレッスンの後、いつもの教会で徹底的に練習しようか。」
「え?」
「厭味ばかり言う講師よりはいくらかマシなレッスンができるよ。」
続く。




