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杏の思い出  作者: 神井
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6



…実を言うと、美笛も同じだった。



美笛は彼方に憧れ、姉のように慕っていた。



彼方のようになりたい。



彼方の行くところならどこでも行きたい。



彼方の読んだ本なら全部読みたい。



彼方が歌った歌なら自分も歌いたい。




美笛はそう思って



彼方が図書館で借りた本を全部チェックして、自分も借りたり、



彼方が練習している歌の楽譜を集めたりした。




ここまでなら思春期の少女にありがちなこと。




…しかし、その想いもどんどんエスカレートしていく。




彼方のことを想うたび胸が痛くなる。



彼方に触れられると心臓が高鳴る。



「カナちゃんの制服のリボンになれたらいいのに。そしたらずっと一緒でいられる。」

などと、彼方の持ち物にさえ羨望を抱いていまう。




彼方と二人で過ごす時間が訪れるたび



「このまま時間が止まったらいいのに。」



と思ってしまう。





……さすがにこれは「憧れ」や「友情」を越えてしまっているのではないか?




美笛は自分を疑い始めた。



だが「そんなわけない」と掻き消そうとした。



こういう気持ちは本来男性に抱くものなのだ。



だいたい自分はクリスチャンである。



何よりも神を愛している。



自分と同じ罪深い人間にそこまで執着してはいけない。




…そんなとき、美笛が自分の想いを確信してしまうようなことが起きてしまう。



今年の春休み、美笛はいつもの杏の教会に祈りに行ったときのこと。



もうすぐ花が咲くだろうからゆっくり杏の木を眺めようと




教会の庭に出た。




そのとき、一番奥の杏の木の影にうずくまっている赤毛の少女が目に入った。




…彼方だ。




美笛は声をかけようと思ったが……



何やら様子が可笑しい。




美笛が様子を伺おうとした、



そのとき



彼方がスッと立ち上がった。



美笛は反射的に聖アンデレ像の後ろに隠れてしまった。



彼方は美笛に気がつくことなく、アンデレ像の前を通り過ぎていった。



「………?」



可笑しい。



鋭い彼方なら気づくはずだ。



不安になった美笛はそうっと像の後ろから覗き込んだ。



「……!?」






彼方の頬に伝う涙。



泣き腫らした目…。





彼方は腕で涙を拭うと、教会の向こう側へ消えていった。




…美笛は2つのショックを受けた。



彼方には気が強くてサバサバしたイメージしかなかった。



そんな彼方に何があったのか。



いつもここで泣いているのか。



これが1つ目のショックだ。



ごく普通の友人としての心配。




2つ目のショックは自分に対してである。



実はこっちの方が大きい。



美笛は




…彼方の泣き顔に恍惚としていたのだ。




「美しい」と思った。



この世にあんな美しいものがあったなんて…。



「自分のものにしたい」と思ってしまった。



自分が泣かしたい、と。




…なんてことだろう。




その日はずっと、彼方の泣き顔がちらちら頭に浮かんできて落ち着かなかった。



心配しているのも事実。



しかし、それよりもあの涙を見たとき高揚感…。




美笛は本格的に混乱した。



懺悔では済まされまい。



女友達の彼方にこんな想いを抱くなんて。



もう神の前に顔向けできない。



(神様、私は罪人です…。)



敬虔なクリスチャンである美笛は自分が許せなかった。



しかし



いけない、いけない、と思うほど



燃え上がるこの想い。





この燻る想いと




クリスチャンとしての誇り



との間に板挟みになり



美笛は苦しんだ。










続く。

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