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杏の思い出  作者: 神井
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『ああ、私のところにも来たわよ、みーちゃんからのハガキっ!』




彼方は京香と電話で話していた。



彼女は彼方と同じ短大を卒業後、母校でピアノとオルガンを教えている。



京香はまめではないが、定期的に美笛と連絡をとっていた。



京香は美笛と1番仲が良かった彼方が一切連絡をとっていないことを奇妙に思っていたみたいだ。




『なんかね、最近婚約したみたい。』







彼方の胸はズキリといたんだ。




……なにも傷つくことないじゃないか。




女なら男と結婚するのは普通のことだ。




彼方は自分にそう言い聞かせ、込み上げてくる何かを無理矢理封印した。




『同窓会にも顔出すってさ。彼方も来るでしょ?』




『いや、私は………。』




気まずい。



いくら7年たっているとはいえ。



彼方の時間は教会の扉の前で髪を切った瞬間で止まっていた。



美笛も18歳の少女のままだった。



思い出すのは制服姿のお下げの少女…。




そして自分は彼女にひどいことをした。




美笛は自分を恨んでいないだろうか。




このハガキは「恨んでないよ」という印なのだろうか。







翌朝、彼方は「あの」杏の教会へ向かっていた。




誰もいない教会は足音が響く。




入るとすぐ右手に聖アグネスの壁画がある。




「美笛、ただいま。」




教会へ来ると必ずささやく言葉。




あれから彼方は美笛の真似でもするように教会へ通っていた。




自分はクリスチャンにふさわしくないと考えていたので受洗はしていないが。




キリスト教云々より美笛の影を追っているのかもしれない。




2年ほど前から彼方に影響され、妹の美月も一緒に教会に通い出した。



自分はいつ死ぬかわからないし、



あまり教会にも通えないので早く洗礼を受けたい、と



彼女は通って3ヶ月ほどで受洗した。



美月は誰よりも輝く瞳を持っていることから



「ルチア」(ラテン語で『光』)という教名をもらった。



シラクサの殉教聖女にちなんだ名前だ。




義母は美月に対してそれほど執着はないらしく、



彼女がクリスチャンになろうが



彼方のところに泊まろうがどうでもいいらしい。



執着は和也にのみ向いているのだ。




「母と息子は親子だが、母と娘は女同士」とは本当なのだろう。



義母は未だに彼方を憎らしく思っていて



この頃、近くの神社のご神木に彼方の名を書いたワラ人形を打ち付けているらしい。



美笛の言っていた「家族をする」ということ。



7年たった今でもどうしたらいいかわからない。



しかし、義母が自分に憎しみをぶつけることで



ストレスを解消できるならそれでいい、



と思えるようになっていた。



今の彼方にできることはそれしかなかった。






彼方は十字架を見上げた。



そういえばそろそろアドヴェント(降臨節)だ。



教会の扉にはアドヴェントリースが飾られ



教壇の幕も教会暦に合わせて紫になっている。





「久しく待ちにし



救いの主来たり



捕われの民を



ときはなちたまえ



喜べ



インマヌエル来たりて



救いたもう」




彼方は思わず歌いだしていた。




高校時代、この時期になると毎年歌った賛美歌である。







「素晴らしい!」




すっかり歳をとった司祭が拍手をしながら現れた。




「いえ、お恥ずかしいです。」




彼方はさらりと言った。





「正しく貴女の美声は神が与えたものですね。アグネス美笛が貴女に憧れていたのも納得できますよ。ここの礼拝でも貴女の歌声を聞いて涙ぐむ人がたくさんいますからね。」




司祭の口から美笛の名前。



彼方は俯いた。




「………申し訳ありません、思い出させてしまいましたね。」




そんな彼方を見て司祭はすまなそうに言った。




「いえ…。」





そのとき、ギーッと教会の扉が開く音がした。








「カナちゃん!?」












続く。

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