18
「もう今年も終わりなんて信じらんないわ。ついこないだカナちゃんと出会ったばかりのような気がするの。」
…彼方と美笛は都会の喧噪から離れ、
町外れの丘に寄り添っていた。
二人の視線の先では
バン、バン…と大きな音をたてながら
色とりどりの花火が舞い散っていた。
今年もあと数分。
この街では大みそかの23時から元旦の1時にかけて花火を上げる。
ここからは花火をよく拝められるため
毎年この時間になると人が集まってくる。
しかし、今年はわりと人が少ない。
例年より寒いからだろうか。
やはりこんなところで寒い思いをするより、茶の間で紅白でも見ていた方がいいのだろう。
子供は風の子、というべきか。
和也は雪の上で賢一とじゃれあっている。
彼方はずっと花火の上がる方向を見ていたが
ふと、隣にいる美笛に目をやった。
彼女はいつになく生き生きとしている。
最近の彼女はどうも変だ。
彼女は毎年、教会で新年を迎えていたのに。
「…美笛、教会にいかなくていいの?」
彼方が尋ねると美笛はにこにこしながらこう言った。
「今年はカナちゃんと一緒にいたいの。…それに神様は教会にしかいらっしゃらないわけじゃないわ。神様はどこにでもおられるのよ。」
美笛は空を仰ぐと十字を切って祈った。
彼方は何か引っ掛かったが、それ以上聞き出そうとはしなかった。
「カナちゃん、自由曲は決まったの?」
「…それがまだ見つからないんだ…。」
彼方は花火の方を向いたまま答えた。
「そう……。」
美笛も花火に目を向けた。
「……。」
彼方がシンガーソングライターになることを志し始めたのはこのときからだ。
…そりゃあ歌うのは自分なのだから、
誰が作った歌だろうと、その歌詞を自分のものにしなければならない。
聴く者に伝えなくてはならない。
しかし、そうは言っても与えられる曲全てに気持ちが入れる訳ではない。
そうなると歌詞中の主人公に「なりきる」のではなくて、あくまで「演じる」だけになる。
それも声楽家の役目なのだ。
彼方は考えた。
シンガーソングライターになって、歌詞もメロディーも自分で作ることができたら…。
思いの全てを自分のメロディーにのせられることができたら…。
我ながら思いがけないことだった。
音楽家の父とピアニストの母を持ち、
父から厳格な音楽教育を受けてきた彼方。
ロック、ポップスは趣味でやっていたことで
本格的な道は全く考えていなかった。
「…もうすぐ年が明けるわよ。」
腕時計を見ながら美笛が言った。
美笛は彼方をうっとりと眺めた。
彼方の鳶色の髪が
花火の光を浴び
金色に輝いていたから。
「10!9!8!7!6!…」
後ろから大学生たちの威勢のいい声が聞こえる。
「5!4!3…」
美笛は自分よりも10cmほど背の高い彼方の肩に寄り添っていた。
まるで何かに引き付けられるように。
彼方は考え事に夢中なのか、特に反応はなかった。
「2!1……!」
美笛の腕時計から新しい年を告げるベルがなる。
「あけましておめでとー!」
後方にいる大学生たちが歓喜の声をあげる。
「おい、俺年が変わった瞬間、宙に浮いたぜっ!」
「くだらねー!」
和也たちもはしゃいでいた。
美笛は彼方以外、何も目に入ってなかった。
(天の父なる神様、また彼女と共に新しい年を迎えられたことに感謝いたします。)
美笛は少しかかとを上げると
彼方の耳元に唇を寄せた。
(神様、今だけは心の中を彼女で満たすことを許して下さい…。)
「カナちゃん、愛してるわ…。」
意図したものではなく、無意識に出た言葉。
美笛のささやきと
花火の拡散は同時だった。
一番大とりの花火だった。
百合や牡丹のような花火が
次々と咲き
金や銀の火花を上げて散らしていく。
「ん………?何か言った?」
彼方は目線だけ美笛に向けるた。
美笛は一瞬だけ目を見開くと
ほっと顔をゆるめ、微笑んだ。
「何でもないわ。」
彼方はやや眉間にしわを寄せたが
そのまま目線を花火に戻した。
美笛はふっと息を吐くと
再び彼方の肩に寄り添った。
今度は彼方も反応した。
「……っ!」
しかし、ここでいかにも照れたような態度を見せたら変に思われるだろうと
平常心を装うことにした。
「美笛、今年もよろしくな。」
美笛は一瞬悲しげな表情を浮かべた。
「ええよろしくね……。」
新年を迎えた歓喜の中、
二人は自分たちだけの世界に佇んでいた。
続く。




