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杏の思い出  作者: 神井
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15


「もう12月も半ばだっていうのに全然雪が降らないなあ…。」




彼方は夕飯の支度をしながら、



窓の外を眺めた。



そういえばもうすぐクリスマスコンサート。



彼方の学校のメインイベントの一つである。



クリスマスコンサートが終わり、年が明ければすぐ卒業記念コンサート。



そして定期考査が終われば、3年生は入試のためすぐ春休みに入る。



彼方は国立の音楽短大に進学を決めていた。



美笛はどうか知らないが、



なるべく遠くには行ってほしくない。





「和也も育ちざかりだから、もっと食べさせないと駄目かなー。」



彼方は炊飯器に目を移した。



今日も義母は美月の入院している病院へ行ってる。



また和也と二人きりである。




ピンポーン




玄関のベルがなった。




カメラを覗くと、



学校帰りの和也と和也の親友、賢一がいた。




(賢一君まで…どうしたんだろう…。)




賢一の家は反対方向である。



大抵大通りの交差点で別れる。



不思議に思いながらも



ドアを開けた。



「おかえりなさい。賢一君までどうしたの?」



賢一は気まずそうな顔をして口をもごもごさせている。



これは何か事情がある、と彼方は思った。




「和也、先にお風呂入っちゃいな。」




彼方は和也を立ち退かせた。



すると、賢一は重い口を開き始めた。




「お姉さん、最近和也変なんです。」



「え?」



和也はいつも変ではないか。



「体育のとき、いつも倉庫の中で着替えてるんです。今日、あいつが心配になってこっそり見に行ったら…」



賢一は言葉を切ると、辛そうな顔をして



ばっと目を覆った。



一体何があったというのか。





「和也の体にあざとか、引っかき傷がたくさんできてたんです!どうしたんだって聞いても答えてくれないし…。」




賢一の顔は真っ青だった。




「……。」




彼方は驚いて口が利けない。




「学校ではずっと俺と一緒だから、多分家で何かあったのかなって…。」




賢一はトレーナーを握りしめてくしゃくしゃにしていた。




……




ちょうど和也は風呂に入っている。




彼方は賢一の言ったことを確かめるべく、




風呂場へ向かった。



和也はシャワーを浴びているところみたいだ。



彼方は和也に気づかれないよう、戸の隙間からこっそり中を覗いた。




「………!」






…賢一の言ったとおりだった。



和也の華奢な体は



青あざや



大きなフォークかなにかで付けたような生々しい引っかき傷が



惨たらしくついていたのだ。



それも腕や脚などの目立つところではなく



背中や腹などの目立たないところに。






彼方は戸を破るように開けると




和也の肩を掴んでゆすりながらこう叫んだ。




「どうしたのさこの怪我は!?お母さんにやられたのか!?」




「………。」




和也は無機質な顔で彼方を見ていた。



とても10歳の子供がするような表情ではない。




「話して和也!!」




「………。」





和也は口を割ろうとしない。



母をかばっているのか。




彼方に不愉快な想いをさせないためか。




多分両方だ。




「和也……。」




彼方は服が濡れるのも構わず泣きそうな想いで和也を抱きしめた。




義母は彼方に対して罵詈雑言を並べたり



皿を壁に投げつけるだけではあきたらず、



とうとう実の息子の和也にまで当たるようになってしまったのか。




彼方はどうしたらいいのかわからない。




義母はそんなに彼方が憎くて憎くて仕方ないのか。



直接彼方に当たれないからまだ小さい和也に当たっているんだろう。




それとも何だろうか。




仕事や美月の世話におわれすぎて




とうとう発狂してしまったのだろうか。





「ごめん……和也……。」




彼方は決して決して涙もろい人間ではない。




ましてや人前でなんて。




それも弟の前でなんて。




しかし、この日だけは




和也の肩で泣き続けた。













続く。



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