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「やっぱり岡咲さんいないとソプラノ響かないわねー。
というか、彼女がいないからって自信なさげにモゴモゴ歌わなくたっていいでしょ!全く皆して…。
岡咲さんが卒業したらどうするつもり?」
聖歌隊指導の講師が脱力したように苦笑する。
今日の彼方はレッスンで聖歌隊の練習に出られなかった。
「とくに桜川さん!
ベートーベンの『Joyful,Joyful(歓喜の歌)』はリズミカルな曲なんだから、直立不動でじめじめ歌うのはやめて!
アルトがそんなでどうするのよ!
合唱で一番大事なのはメロディーじゃないの!低音部なのよ!もう!」
美笛は苦笑いをした。
「先生、次の講演会がですね、岡咲先輩、レッスンが入っててこれないそうですよ。『Creo en Dios』のソロはどうするんですか?」
2年生の隊員が尋ねた。
「ああ!それがあった!」
講師はますます困惑して頭を掻きむしった。
「あ〜どうしよう、えーと………YOU!」
講師が指さした先は…
「え?私ですか?」
美笛だ。
美笛はまさか自分に当たるとは思ってなかったらしく周りをキョロキョロ見回した。
「貴女の他に誰がいるのよ!ソロを歌ったことない3年生は貴女だけよ?」
「で、でも私は下手くそですし…。」
美笛は首を横に振った。
美笛のレッスンを担当している講師、野上はいつまでたっても音痴な美笛を教える気を無くし、最近レッスンをボイコットしている。
『馬鹿にすんのもいい加減にしてくんない?やってらんないわ、だって貴女教えがいないし、お先まっくらなんだもの。いつも貴女を教えてる岡咲さんは立派だわ。』
そのこともあってか、最近ますます自信をなくしている。
「何情けないこと言ってるのよ!声楽科の3年生でしょ?もし少年合唱団だったら、次誰にソロが回ってくるかわからないのよ?すぐに声変わりしちゃうんだから。」
「………。」
美笛は自信なさげに俯いた。
講師はふうと息を吐くと、
そんな美笛の肩に手を置いて
穏やかにこう言った。
「貴女、卒業記念コンサートに出させて貰えるそうよ。岡咲さんのおかげで。」
「え?」
(なんですって!)
「岡咲さんね、なんで貴女だけコンサートに出させて貰えないのかって主任に抗議したそうなの。主任も驚いていたわ。」
(カナちゃん…!)
「だからしっかりなさい。」
講師はそう言うと、指揮壇に戻り、指導を再開した。
(またカナちゃんに助けられてしまったわ…。)
コンサートに出れることになって嬉しい気持ちより、
彼方に申し訳ない気持ちの方が大きかった。
続く。




