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杏の思い出  作者: 神井
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ややさしさわりがある内容です。




「アレルヤアレルーヤ〜…」




少し心が軽くなった美笛は



彼方が来るまでの間、



発声練習をしていることにした。



美笛の細い声は、



この広い教会の空気に飲み込まれてしまうようだった。



(まだまだ肺活量が足りないわ。)



美笛は腹筋を鍛えようと



床に腰を下ろした、



そのときだった。





「待たせたな。」




彼方が教会の扉を開けた。




彼女は覚束ない足取りで美笛に近寄ってきた。




「いいのよ、カナちゃ…………」




美笛が言葉を切ったのは




彼方の表情を見て、



胸が潰れそうになったからだ。





「…じゃあ、始めよっか。」



彼方は一時停止状態の美笛を置いて



パイプオルガンのスイッチを入れた。



「カナちゃん……」



「ん?」











「…どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?」




彼方のどこかこらえたような面持ちに美笛は気がついていた。



それがわからないほど美笛は鈍感ではない。



彼方のそんな、悲愴な顔をみるのは美笛にとってつらいことだった。



見るに忍びなかった。



「何かあったの?話して、カナちゃん…。」



「…………。」



彼方は何も言わず、ただ、俯いていた。




(やっぱり何かあったのね。)




「大丈夫よ。私がついてるわ。」





美笛がそう言って、彼方に歩み寄ると




彼方は突然



ガクッと床に膝をついた。




「カナちゃん…!」




彼方の肩は震えていた。



俯いていて表情はわからない。



しかし、彼女の長い赤毛の奥から



雫が1摘、2摘と落ち



床を濡らしていた。




「カナちゃん…!」




美笛はまた自分との闘いに迫られた。



あの言いようのない衝動がまた自分を襲ってきたからだ。




(神様……!)




美笛はすがるように天井を仰いだ。



天使たちが空から地上を覗き込んでいる絵が目に入る。




このまま立ち尽くしているわけにもいかない。



美笛は彼方を落ち着かせようと



彼方の手をとった。



そのとき



彼女の制服のカーディガンの袖の中から



無数の傷痕が見えた。



しかもいまさっきつけたような傷で血がにじんでいた。



「…………っ!」



美笛は息を呑んだ。



その瞬間、美笛から狂おしい衝動がふっとんだ。



(カナちゃん…!)



そのかわり、美笛も胸に傷を負った。





『弱さは誰にでもあるものです』





司祭の言葉が蘇る。




(何をまごついているの!カナちゃんが傷ついているのよ!それでも友達なの?クリスチャンなの?)





美笛は自分を叱りつけると



彼方を抱きしめた。




「私は何も聞かないわ。


ただ、胸を貸すだけよ。


…傍にいるから。



私はいつでもカナちゃんの味方よ。」




美笛は彼方を抱きしめたまま、神に祈った。



(主よ、私に愛されるより愛することを望ませて下さい。



私は今まで彼女に助けられてばかりでした。



今度は私が彼女を助ける番です。



私は彼女を愛しています。



どうか彼女と同じ傷を私にも負わせて下さい。



彼女と同じ苦しみを私にもお与え下さい。



彼女が喜ぶとき、私も喜び、



彼女が悲しみの中にいるとき、私も共に悲しみたいのです。



…アーメン。)




美笛の彼方に対する愛が衝動に勝った瞬間だった。



恋人でも



友人でなくてもいい、



ただ彼方を愛し続けたい。



彼方の味方でありたい。





美笛はそう思った。











続く。

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