1-9
首が、飛んだ。ごとりと音を立てて落ちるそれを見届け、剣を鞘に収める。
「こっちは終わった」
「こっちもよ」
レイピアを死体からすっと抜き、ミリアは軽くそれを振った。
「まだ私何もしてない……」
つまらなそうな声はリセのものだ。周りに転がった死体には、何の感慨も抱いていないようだった。
三日前にリセとした約束を果たすために、今日も一緒に仕事をしたのだが、リセはやっぱり不満そうだ。とはいえ、子どもに戦わせる訳にもいかない。
「私はやっぱり役立たずか?」
「いや、いてくれるだけで嬉しいよ。ほら、何だ。色々役立ってるって!」
「色々って?」
「そう言われると思いつかないけど色々だよ。色々」
「やっぱり役立たずなんだ……」
「いや、役に立ってたって!」
「どういう風に?」
「ミリアー!」
俺の叫びに、死体から金品を漁っていたミリアが振り向く。すごく面倒くさそうだった。
「何?」
「リセが役立ってたってこと教えてやってくれ!」
大きなため息がミリアの口から漏れる。
「ねえ、リセちゃん。こういう場所で役に立つっていうのは、人を殺すことなの。それは、とても褒められたことじゃないわ。私は、まだリセちゃんにそういうことはして欲しくない」
「私が子どもだから駄目なのか? 大人になったら良い?」
「そうね。せめて体が大人になってからよ。今のリセちゃんの体格だと、逆にやられちゃうわ。分かった?」
「うん……」
ミリアは子どもの相手が上手いのかもしれない。しっかりと向き合っている。適当に誤魔化そうとしていた俺と大違いだ。
「よし、帰ろうか」
今いる盗賊のアジトは小さな丘のふもとにあった。都からおよそ2リーグ弱ほどの距離だ。馬で飛ばせば一時間ちょっとで帰れる。
舗装された街道の上を駆けるのは気持ちが良い。天気が良い時は尚更だ。
街道は無人だった。収穫期でもないし、仕方ないのかもしれない。吹く風だけがびゅうびゅうと鳴いていた。
適当に景色を楽しんでいると、横にミリアの馬が並ぶ。何か言いたそうだった。
「どうした? 何か用か?」
「ねえ、前から気になってたけど、アオイって人殺すの躊躇しないよね」
「え?」
「なんか容赦ないよね。私も手加減したりなんてするつもりないけど、アオイは本当に人を殺すことに何も思ってないみたい」
「そんなことないよ。人を殺した後にはいつも最悪の気分になる。表に出さないだけだ」
確かに、俺は盗賊を殺すことに罪悪感を感じたりしない。だが、それはこちらも命を賭けているからだ。お互いが同等のものを賭け合い、それを奪い合う。そこにそれ以外の意味はない。相手が俺を見逃したのなら、俺もフェアになるように見逃してやる。丁度、ナードヴィッヒを見逃してやったように。だが、相手が全力で俺を全力で殺そうとしているなら、俺もそれに応える。
多分、こんなことを言ってもミリアには伝わらないだろう。彼女は、俺が殺人に快楽を見出しているのではないかと危惧しているのだ。目を見れば分かる。だから、一番それを払拭するのに相応しい答えを用意した。
「うん。そうだよね。変なこと言ってごめん」
ミリアが軽く謝る。
「それと、アオイすごく強いよね。私が一人相手してる間に三人くらい倒しちゃうし」
「もっと褒めてくれ」
「調子に乗るな!」
騒いでるミリアを遮るようにリセが手を上げた。遠くを指差している。
「あれ何?」
街道の先に大勢の人と馬車が止まっている。馬車の車輪が外れでもしたのだろうか。そう思ったが、すぐに違うことが分かった。金属を打ち合わせたような音がかすかに聞こえる。
「ミリア!」
「分かってる!」
馬を全力で走らせる。近づくにつれ、その様子がはっきりと分かった。黒のサーコートを着た騎士が馬車を守るように戦っている。ぱっと見で分かるほど騎士の分が悪い。騎士が五人なのに対し、襲撃者は二十人はいた。騎士が何とか持ちこたえているのは装備のお陰だろう。襲撃者は鎧を着た相手とまともにやりあったことないようだった。
「ちょっとこれやばいんじゃないの? 私あんな所に参戦する勇気ないわよ」
金にもならないしな。命を賭けて戦う義務もない。
「ミリアはそこでリセと待っててくれ!」
だから、俺は一人で立ち向かった。剣を抜く。その音に反応するように、襲撃者たちがこちらに気付いた。
「何だおま――」
口を開いた襲撃者の首が飛ぶ。胴と離れた後も口はぱくぱくと動いていたが、発声器官と口はもう繋がっていない。
左右から二人が迫る。まともに相手してられるか。距離を取って、敵二人が連携出来ない位置に誘導する。それからすぐに転進。深追いしてきた敵の喉を切り裂く。声にならない悲鳴が漏れた気がした。すぐさま迫ってきたもう一人は蹴り飛ばす。転倒した相手を踏みつけて固定し、胸に剣を突き立てた。
「こいつやべぇぞ!」
襲撃者たちの注意が俺に向けられるのが分かった。四人がまとめて俺に向かってくる。こういう時、剣は役に立たない。近くの死体を掴み、四人の敵めがけて投げつける。物理的な衝撃と、心理的な衝撃で敵の動きが止まるのが分かった。剣を拾い上げ、距離をつめる。剣を二回振ると、二つの首が空を舞った。今さら態勢を立て直した残りの二人が剣を振り上げる。受けるまでもない素直な動きだ。身を引いてそれを避ける。
「後ろ!」
騎士の一人が叫んだ。反射的に、体をひねる。風切り音が耳元をかすめた。ハルバードを持った男が悔しそうな顔をして俺の後ろに立っている。
「惜しかったな!」
距離を詰め、その腹に剣を刺す。剣は引き抜かない。代わりに男のハルバードを奪った。こっちの方が今の状況に向いてる。
先ほど相手していた二人にハルバードを持って突撃する。それを受け止めた敵の剣が吹き飛んだ。丸腰になった相手をハルバードで薙ぐ。
騎士の方は二人倒したようだ。俺が倒した八人と合わせると、敵の数は半分になっている。
「全滅するまでやるか?」
襲撃者たちから戦意は消えつつあった。こういう連中が望んでいるのは、簡単に勝てる戦いであって、辛勝出来る戦いや負ける戦いではない。分が悪くなればすぐに逃げ出す。
「まだやるなら、俺も手加減しないぞ」
ハルバードを見せつけるように振る。分かりやすいパフォーマンスってのは大事だ。
「糞!」
リーダー格らしき奴が口汚く罵る。それから、撤退していった。
どうやら俺の誠意は伝わったらしい。走って逃げる後ろ姿を眺め、俺は死体に突き刺さったままだった愛剣を引き抜いた。