1-6
ベッドの上でお尻を労わるように俺は寝転がっていた。
ナードヴィッヒとの戦いが終わった後、逃げ出した依頼者とミリアを探すためにかなりの時間を費やした。化け物に襲われたという話は中々信じてもらえなかった。斬り落としたナードヴィッヒの腕を見せ、ようやく納得してくれた。それでも半信半疑といった形だ。依頼者は最後まで南方の褐色人種の腕だと主張していたのだ。
こんこんとドアが叩かれる。返答する間もなく、ミリアが栗色の髪を揺らしてひょこっと入ってきた。
「元気ー?」
「あんまり元気じゃない」
ナードヴィッヒとの戦いの後、興奮と恐怖で眠れなかった。リュセミアまでは眠気とお尻の痛さに耐えていたが、もう動けそうにない。
「じゃあ都に戻るのは明日で良いの?」
「今日旅立つなんて言われても俺は絶対に行かないぞ……」
「ま、私は別に予定ないしリュセミアにずっと居ても良いけど」
ミリアはそう言ってベッドの端にぽんと座った。
少しの沈黙。ミリアが何の話をしに来たのかはもう分かってる。
「あの化け物は何だったんだ?」
だから俺から切り出した。
「さあ……。色々考えたんだけど病気の一種じゃないかな」
「病気?」
「異常に筋肉が発達してたじゃない。そういう病気があるって聞いたことがあるの」
「目が真っ白だった」
「目が白くなる病気もあるらしいよ」
ミリアは少なくともそう信じたがっているようだ。
「仮に病気であんな異形になってたとして、あいつは何で俺達を襲ってきたんだ?」
「夜盗とか」
ミリアの言ってる線が一番妥当であることは俺も分かっていた。同時に、納得出来ない結論でもあった。だが、口論したところで何かが分かる訳でもない。
「そうか」
「うん、そうだよ。じゃあ、ゆっくり体やすませてね」
そう言ってミリアは出ていった。どこか足取りも軽い。その代わり、俺は小さなもやもやを胃の中に感じた。
都に戻ったのは三日後だった。
借りてた馬を返し、俺とミリアは久しぶりの喧騒の中を歩いている。リュセミアはそれほど大きな町ではなかったのだ。
「あ! あれ食べよう!」
ミリアに腕を引っ張られ足がもつれる。昼前からミリアに都を案内してもらっていたが、ずっとこんな調子だった。
「10オクスです」
おばちゃんがミリアに飴を2つ渡す。金を出すのは俺だ。こうやってミリアが立ちどまるたび、どんどん財布が軽くなっていく。
「よく食べるな」
「そんなに食べてないって!」
飴を舐めながらミリアは反論する。その胃袋には少なくとも5つのお菓子が既に入っているはずだ。ため息が漏れる。
「俺の給料……」
「案内してあげてる対価よ」
食べ歩いているだけで案内してもらっている気がしない。
「他に何か美味しそうなものないかな」
ミリアはもう案内する気がないことを隠すつもりもないらしかった。
「くっそー……」
彼女を信用した俺が馬鹿だった。
ひとつ良いことがあったとすれば、貨幣の数え方を教えてもらったことぐらいだ。、どうして教えてもらったのかは言う必要もないだろう。
そうして従者のようにミリアの後をついていると、突然彼女が足を止めた。視線の先にはアクセサリを売っている露店。ナードヴィッヒと出会った時に感じたような恐怖が体を支配する。
「うわぁ、これ綺麗!」
ミリアが露店に駆け寄って声を上げた。店員の女性がそれにニコニコと笑顔で対応をし始めていた。
これ以上ないぐらい重い足取りでミリアの元に近づく。ミリアが持っているのは地味なのか派手なのか判断に困る色のブレスレットだった。だが、今は色よりも値札に目がいく。
「これ欲しいなぁ」
ミリアが俺にちらっと目を向ける。無視すると、彼女はちらちらと何回も振り返った。
「そんなに何回も振り返るならずっとこっち見とけよ!」
「だめ……かな……?」
お前に自分で買うという選択肢はないのか。抵抗する俺に対して店員がミリアの味方につく。
「こちら若い女性に人気なんですよ。彼氏さんもこれ素敵と思いませんか?」
彼氏でもないのに物をねだられる俺とは一体何なのか。
「彼氏さん、おねがーい」
ミリアが気持ち悪いほど猫をかぶった声でそう言う。
「いつ俺がお前の彼氏になったんだよ!」
「150オクスのところですが、仲の良いお二人には特別に120オクスで売りましょう!」
「ええ! そんなに安くなるの?」
ミリアがわざとらしく驚く。
「もう良いよ。分かったよ。買うよ……」
「お買い上げありがとうございます!」
それで、俺の財布には何も残らなくなった。