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ゲーディアの栄光  作者: ノート
第一章 白のトーガ 
5/10

1-5

 翌朝、俺は疲れが取れないまま馬を歩ませてた。

「真面目なのね」

 横でミリアが苦笑する。

「え?」

 彼女の言葉の意味が良く分からなかった。

「昨晩、頑張って見張りしてたんでしょ」

「まあ、それなりに頑張ったよ」

「そんなに頑張らなくて良いのよ。どうせ何も起きないんだし」

「何か起きたら困る」

「うーん。どうして私たちが護衛に選ばれたか分かる?」

「さあ」

「夜盗に襲われたりするより、護衛してた人に荷物を盗まれることの方が多いのよ」

「え?」

 それは夜盗が少なく、治安が良いという意味なのだろうか。それとも、護衛さえ当てにならないほど悪いのだろうか。

「最近の流行りなのよ。護衛として雇われて、盗みを働くのが」

「それなら護衛雇わなくても良いんじゃない?」

「護衛が一人いるだけで強盗なんかに遭うリスクが大きく減るの。犯罪者だって危ない橋は渡りたくないみたい」

 何となくこの辺の犯罪者は度胸もないらしいということが分かった。俺もそんなに神経を尖らせなくても良さそうだ。

 余裕が出てくると景色も楽しめるようになってくる。遠くに見える海岸線と山々以外は平原が広がっていた。所々に林があるものの、開放感に満ちた空気だった。

 俺はプロシアを小さな山間の国だと思っていた。だが、少なくとも山間の国ではないらしい。また、海に面しているのならそれほど資源にも困らないはずだ。土地的に恵まれている。近くに巨大な国があったりしなければ、プロシアはそこそこの規模なのではないだろうか。

「おい兄ちゃん」

 依頼者から呼びかけられる。俺は馬を彼の荷馬車の横へつけた。

「何ですか?」

「ちょっと先の様子見てきてくれないか。検問してるらしいんだよ」

「検問?」

 目を凝らしてみると、確かにそれらしきものが見えた。荷馬車が何台か並んでいて、兵士らしき男が数人いる。

「検問ってよくあるんですか?」

「いや、滅多にないんだ。だから先に行ってちょっと様子を見てきてくれ。面倒なことになってなきゃ良いんだが」

 通れるか通れないかを見てきてくれ、ということだろう。俺は頷いて馬を走らせた。

 検問に近づくにつれ、それが意外と本格的なのだと分かった。一台一台の荷馬車をしっかり調べ上げている。時間もかなりかかりそうだった。

「何があったんですか?」

 列の最後尾に並んでいた荷馬車の男に話しかける。男は眉間に皺を寄せて俺を見やった。

「都で人殺しがあったんだとよ。10人以上殺されて死体はひどい有様だったらしい」

 都? 一瞬疑問に思ったが、俺がいた町が都なのだろう。城があったのだからもっと先に気付いているべきだった。

「それで不審者がいないか調べてるんですか?」

「そういうところだろう。全く、迷惑だね」

 これなら調べ終わったら普通に通してもらえるだろう。俺は男に礼を言い、依頼者の元へと馬を走らせた。

「なんか都で殺人があったみたいです」

 そう告げると依頼者は頷いた。

「そうか。賄賂目的の検問とかじゃないんだな」

「違うと思いますよ」

 安心したような顔をする依頼者とは対照的に、ミリアは殺人と聞いて顔を曇らせた。

「殺人だけで検問なんてするかしら?」

「何でも10人以上殺されたらしい」

 ミリアはますます顔を曇らせた。

「10人? まとめて殺されたの?」

「さあ。そこまでは知らないけど」

 10人まとめて殺す状況なんてあるだろうか。そもそも犯人が何人なのかも聞いていない。

「まあ、通れるなら良いさ」

 依頼者の男は全く気にしていないようだった。商売の邪魔にさえならなければ良いのだろう。ミリアは何か言いたそうだったが、口をつぐんだ。

 結局、待ち時間を合わせて検問で1時間ほど取られた。昨日ほどの距離を稼げないまま、陽が赤みを増し始める。

「今日はここまでだな」

 依頼者がぽつりと漏らすように言う。その一言に合わせ、荷馬車がぎいっと音を立てて止まった。ミリアが華麗に馬から飛び降りるのを目にしながら、俺は痛めたお尻を庇うようにそっと馬を降りた。

 依頼者たちが飯の準備を始める。俺とミリアは荷物の番だ。

 特に話すこともなく、無言のまま気まずい雰囲気が流れる。俺は特に気まずいとは思わなかったが、彼女が気まずいと感じているのが伝わってきてそれが気まずい。頭を必死に回転させた後、俺は無難な質問に辿りついた。

「そういえばミリアってどのぐらい護衛の仕事やってるんだ?」

「え? 今回で5回目かな」

「意外と少ないな。まだ駆け出しなのか」

「この年だと多い方だって! まだ17歳なんだから!」

 そう言われるとそうかもしれない。

「アオイは護衛の仕事初めてなんだよね。というか何歳なの?」

 俺は何歳なのだろうか。それが分からないことに気付いて焦る。

「何歳に見える?」

「私よりは年上だよね。20歳ぐらいかな」

「正解だ」

 20歳だということにしておいた。正確な年齢なんてどうでも良い。

「それまで大げさな名前の師匠の元で剣の修行してたの?」

「まあ、そうだな」

 あまり突っ込まれるとボロが出そうだ。正直、嘘を積み重ねるのは辛い。

「それで、修行の後は後料亭で働いてたの?」

「……そうだ」

 既にボロが出そうだった。

 ミリアがじーっと俺を見てくる。目を反らしたいが、ここで反らすと嘘をついていますというようなものだ。

「変な経歴。何のために修行してたの?」

 何のため。何のために俺は剣を腕を磨いたのだろうか。それには当然理由があるはずだった。でも、俺はそれを知らない。

「まっ、別にどんな生き方しても自由だけどね」

 彼女はそう言って話を打ち切った。言葉に詰まった俺に助け舟を出したのか、彼女の本心なのかはよく分からない。

 しばらくすると、依頼者が飯を運んできてくれた。彼らはもう寝るらしい。それから今日も見張りは俺が最初にやることになった。

「おやすみー」

 そう言って横になるミリアに頷いて、俺は背を近くの木に預ける。

 空にはやっぱりたくさんの星が輝いていた。見慣れた星座の名前。これらから、今の位置を特定することは出来ないだろうか? いや、出来ないだろう。仮にそれが出来たとしても、俺はイェールシェイルとプロシアの位置関係を知らないのだから意味がない。

 牢で会話をしたヴェーテという少女。あの子ともう一度会話したいという欲求が強く湧き上がった。彼女は確実にイェールシェイルを知っているのだ。どこにあるのか、どのぐらいの距離なのかも知っているに違いない。

 俺の考えは背後からの音で中断された。風がざわめいて木々が揺れる。葉がこすれる音の中に、確かな金属音の響きを感じた。鎧を着た人間が歩くような。

 立ちあがり、周りに音を響かせるように剣を抜く。目を凝らしたが、暗闇の中には何も見えない。

「ミリア!」

 大声を上げると、ミリアは飛び起きた。混乱したような顔だったが、既にレイピアを手にしている。本能的な動きだろう。

「どうしたの?」

「誰かがいる。やるぞ」

 はっきりと俺は告げた。この声が音源の主に届いて、去ってくれますように。

 だが、それは叶いそうにもなかった。今でははっきりと鎧がこすれる音がする。もう隠れる気もないらしい。横でミリアが喉を鳴らした。音がさらに近づく。

 闇の中に闇を見た。黒い鎧、黒くただれた肌。姿を見せたソレに対してミリアが目を大きく見開く。俺もソレを見て剣を取り落としそうになった。

 身長はかなり高い。俺よりも頭ひとつは大きいだろう。そして、人間ではなかった。人間のような外見をしているが、その非常に醜悪な顔は人間のものではありえなかった。削げたような鼻。白い目。異常に発達した筋骨を黒い鎧が隠している。

 俺はこんな生き物を知らない。背筋に冷たいものが走る。

「ミリア! 依頼者を起こして逃げろ!」

 横でミリアが怯えたような顔を向ける。

「早くしろ!」

 再び怒鳴ると彼女は頷いて、駆け出した。警戒する俺にソレは笑う。

「ゲーディアよ、探したぞ」

 醜悪な化け物は確かにそう言った。俺はそいつが言葉を喋ったことに驚き、内容にまで理解が及ばなかった。

 化け物が剣を構え、突撃してくる。速い。その巨体からの突撃に俺は死を感じた。剣で化け物の剣を受け流すが、勢いを殺しきれずに俺は吹き飛んで地面に這いつくばった。化け物が剣を振り下ろす。体をひねりそれを避け、惨めに剣を振るう。リーチの差でそれは化け物に届かない。

「弱いな。ゲーディアとは思えぬ」

 化け物は嘲笑する。

「お前、何者だ」

 口から漏れた疑問は本心だったが、時間稼ぎのためでもあった。

「私はナードヴィッヒ。お前の運命をここで断ち切る者だ」

 ナードヴィッヒと名乗った化け物が鎧を鳴らし、俺に肉迫する。こいつの剣は重すぎて受け切れない。そう判断した俺はそれを避け、がむしゃらに斬りつけた。ナードヴィッヒはそれを正確に受け、弾く。こいつに攻撃の隙を与えてはならない。俺は無駄だと分かりながら次々と攻撃を加える。

「その程度か」

 ナードヴィッヒがつぶやいた。これではまだ足りない。もっと速く。俺は初めて本気で剣を振るっていた。最初に兵士たちと戦った時は手加減していたし、それ以外に戦いの経験を俺は持っていない。自分の限界を試すように、ただひたすら剣を振るう。頭が焼け切れそうなほど熱い。少しずつ早さを増す斬撃。だが、ナードヴィッヒはそれをいとも簡単に受ける。

 まだ、足りない。もう死の恐怖はなかった。ただ、自分の限界とナードヴィッヒだけの存在だけが世界の全てだった。

「お前の限界はその程度ではあるまい」

 ナードヴィッヒが嗤う。それで、ナードヴィッヒがこの戦いを楽しんでいるのだと知った。それに応えるように俺も笑う。体を万能感が包む。疲労は感じない。

 もっとだ。時間感覚が体から消える。もう俺はナードヴィッヒと互角に渡りあっていた。攻撃と防御が一体になった攻撃を共に繰り出し、そこに優劣はもはや存在しない。やがて、重い一撃がぶつかり合い、剣戟の音は止んだ。

「俺はアオイだ」

 肩で息をしながら名乗る。一瞬、ナードヴィッヒは知性を感じさせる表情を浮かべた。だが、すぐにそれは醜悪な獣のものになる。

「ゲーディアのアオイだな。憶えたぞ」

 ナードヴィッヒがその巨体を感じさせないほど華麗に舞う。剣が描く軌跡が綺麗だった。だが、その剣がとてつもなく重いことを俺は知っている。受けきれない。俺はそれを剣で受けることを諦めた。全力でそれを避け、慣性に任せて地面を転がる。ナードヴィッヒが次に備えて剣を構える。俺は立ち上がると、剣を片手に突撃した。剣と剣がぶつかる。俺は剣を捨てた。ナードヴィッヒの白い目が見開かれる。俺の剣に耐える姿勢をとっていた彼の態勢が崩れた。ナードヴィッヒの胸を全力で蹴りあげる。のけぞるナードヴィッヒの巨体の前に落ちた俺の剣を拾い上げ、それをナードヴィッヒの左腕の鎧の隙間へ振り落とした。

 ナードヴィッヒの腕が飛ぶ。残された肩から赤い血が流れ出している。

「正当な剣ではない。だが、私の負けだ」

 ナードヴィッヒが呟く。

「逃げろよ」

 苦悶の表情を浮かべるナードヴィッヒに俺は告げた。どうして、そんなことを言ったのか自分でも分からなかった。

「最初、手加減してただろ。いくらでも俺を殺せたはずだ。これで貸し借り無しだ」

 ナードヴィッヒは無言で背を向け、俺の前から去った。

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