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ゲーディアの栄光  作者: ノート
第一章 白のトーガ 
4/10

1-4

 陽光が照らしつける中、俺は馬に(またが)っていた。前を行くのは五台の荷馬車。その更に先には軽鎧を纏った少女が馬を歩ませている。商隊はこれで全てだ。

 どうやら、依頼者は本気で商隊を守る気はないらしい。襲われるはずがないと思っているのだ。俺はちらりと先頭の少女を見た。腕は細い。必要な筋肉があるようには見えない。この国の治安がどの程度なのか分からないが、依頼者は護衛に荒っぽい連中をつけるぐらいなら、役立たずの形式的な護衛をつけた方がマシだと思っているように感じる。そして、俺もその役立たずの形式的な護衛として選ばれたのだろう。

 それはそうとお尻が痛い。腰を浮かせて座る位置をずらすが、あんまり効果はなかった。ちくしょう、馬ってこんなに乗り心地が悪いのか。

 お尻をさすっていると、先頭にいた少女がいつの間にか俺の隣に並んでいた。心配そうな顔をしている。

「馬に慣れてないの?」

「あんまり慣れてない」

 馬には乗れるが、慣れてはないらしい。自分に関するエピソードはごっそり抜けているので全て憶測だ。

「よく仕事受けたね。それと、その服何なの?」

 彼女は俺の白いトーガを指差した。少しむっとする。

「トーガだ。俺の故郷の服だよ」

「そんな動きづらそうな服で平気?」

「俺にとっては動きやすいんだ」

 手を振ってアピールするが、馬上なのでどことなく慎重な動きになってしまった。少女は半信半疑な目をしている。

「別にそれで動けるなら良いけど……」

「そういうお前こそ動けるのか。そんな細腕で」

「それが、こんな細腕でも動けるの」

 彼女はニヤっと笑い、腰から剣を抜いた。レイピアだ。すらりとした細い刀身が陽の光に輝く。

「レイピアか」

「突き主体ならそれほど筋力はいらないもの」

「なるほど」

 俺は改めて彼女を見た。長い茶色の髪に大きな緑の瞳。背丈は俺より頭半分ほど小さい。可愛らしい顔立ちだったが、立ち振る舞いのせいかどこか勝気な印象を受けた。だが、その勝気な性格は深い内部まで浸透していないように感じさせる。そして、俺はこの子の名前を知らない。

「まだ簡単な挨拶しかしてなかったな。俺はアオイだ」

「ミリアよ。よろしくね」

 ミリアはそう言って手を差し出した。その手を取って、少女の手が豆だらけであることにようやく俺は気付いたのだった。


「今日はここまでだな」

 商隊がその歩みを止めたのは陽が赤みを帯び始めてからだった。早朝の出発から大体10時間弱経ったぐらいだろう。近くには林があり、風はそれで遮られる。他の荷馬車の姿も見受けられた。

「ちょっと良いかい」

 依頼者の男が俺に笑顔で話しかけてきた。口元の皺が強調される。

「俺達はあっちで飯を作るから、荷物と馬の番を頼むよ」

「はい」

 横でぶるっと馬が震える。

「飯が出来たら持ってくるから楽しみにな」

 そう言って依頼者は手を振りながら背を向ける。今まで考えもしなかったが、彼らが寝ている間も俺は夜の番をすることになるだろう。ミリアと交互に寝るとしても、俺の睡眠時間は半分だ。朝と昼は長時間馬に乗らなくてはいけない。かなりハードだ。

「リュセミアだっけ。目的までどれぐらいなんだ?」

「20リーグぐらいよ。3日あれば着くわ」

 6時に寝て6時に起きるとすると実質的な睡眠時間は6時間ぐらいか。3日ぐらいなら平気だ。

「あなた、リュセミアまでの距離も知らずに仕事を受けたの?」

「護衛の仕事は今回が初めてなんだ」

 呆れたようなミリアに俺は弁解するように答える。すると、ミリアは頭を抱えた。

「護衛の前は何をしてたの?」

「料亭で働いてた」

 ミリアの表情がどんどん絶望的になっていく。

「料亭の前は?」

「特に何もしてない」

 記憶がない、というのは口にしづらかった。同情されて気まずい雰囲気になるのが目に見えていたからだ。

「じゃあ……剣はまともに使えない?」

「いや、師匠に色々教えてもらった」

 勢いで勝手に師匠をでっちあげてしまった。

「へぇ、師匠の名前は?」

「ヘルヴェッセ」

 勝手に口から言葉が出る。俺にはヘルヴェッセという師匠がいたことになってしまった。誰だそれ。

「ヘルヴェッセ? 神様の名前じゃない。そんな大げさな名前つける人いるんだ」

 そうなのか。知らなかった。

「ミリアは信仰深かったりする?」

「まさか。そんな田舎者に見える?」

 このプロシアではそれほど宗教が盛んではないらしい。

「いや、そんな意味で言ったんじゃない」

「冗談よ。私、田舎者だしね」

 しばらくすると、野菜とわずかばかりの肉が入った皿を依頼者が持ってきた。それなりの量だ。

「しっかり食って仕事頑張ってくれよ」

 そう言うと依頼者は火の元に戻っていった。もう寝るらしい。陽は山にその姿を落とそうとしている。

 遠くから小さな遠吠えが聞こえた。狼だろうか。少し不安になるが、火があるので獣は近寄ってこないはずだ。

 横を見ればミリアが布を敷いて寝る準備をしている。

「2時間交代で良い?」

 ミリアは布の皺を取りながら、そう言った。

「2時間交代?」

「2時間ずつ交互に夜の番をするの。片方はその間に寝る」

「分かった。俺が先に番をするよ」

 ミリアは頷いて身を倒したが、何かを思い出したように俺の方へ顔を向けた。

「……襲わないでね?」

「襲う訳ないだろ!」

 ミリアは笑いながら顔を背けた。からかわれたらしい。

 俺もごろんと横になった。周囲に気配はないし、それほど治安が悪い訳でもないらしい。そこまで敏感にならなくても良いだろう。

 空に散りばめられた星が目に入る。知っている星座を自然と目で追う。尾が特徴的な赤さそり座。ふたつの耳が存在を主張する白うさぎ座。俺はこれらを知っている。だが、今までそれを知っていると認識していなかった。知っていることを知っている。それが通常の状態だが、自身が星座は知っていることを知らなかった。星座の知識を呼び出すための経験をしていなかったからだ。知識はと経験は違う。知識は経験に付随して生まれるものだ。俺が喪失したのは経験であって、知識ではない。俺は俺が経験してきたことを、多分忘れてしまったのだ。

 知識は経験よりも客観的なものだ。俺が俺である必要性はない。あの星座の名前は誰でも知っている。逆に経験は主観的だ。どのようにしてあの星座を名前を知ったのか。俺が俺であることによって得たのだ。

 俺は着ている白いトーガを握りしめた。この服は俺の経験の一部を経験している。長い布を巻いただけで、プロシアの人間はこれを原始的だと評価した。だが、俺にとっての唯一の手掛かりで、過去の俺と今の俺を繋ぐ唯一の形あるものだった。

 ミリアが横で小さな寝息を立てる。女性としては背が低い訳ではないが、俺と比べると少し小さい。何の打算もなく人と話したのはミリアが多分初めてだ。ヴェ―テとの会話は保身と情報収集的な意味合いが強かった。料亭の主人との会話は雇用主と被雇用者としての関係だった。

 俺は体を起こした。自分の身とミリアの身を守らなければならない。強い使命感だった。そのまま、交代の時間になるまで、俺は神経を研ぎ澄ましていた。

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