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ゲーディアの栄光  作者: ノート
第一章 白のトーガ 
3/10

1-3

「出て良いぞ」 

 独房生活3日目、兵士の男が俺にそう告げた。

「え、本当に?」

「ああ」

 兵士は憐れみと軽蔑が混ざったような表情を浮かべていた。

 いそいそと立ちあがり、俺は檻の中から出た。先を歩く兵士についていく。

「この国の名前って分かります?」

 昨日ヴェーテに聞きそびれたことを聞いてみる。

「プロシアだ」

 短い返答。聞いたことがない国だ。山間の小さな国か何かだろう。

 この男はあまり会話が好きな人種ではないらしい。黙々と歩き続ける。やがて、建物の外に出た。きょろきょろ周囲を見回すと少し遠くにお城が見える。かなり立派だ。イェールシェイルのものより大きいかもしれない。そう考えてから、イェールシェイルの城を見たことがあるのだと気づいた。

「じゃあな」

 男はそう言って背を向ける。え? 本当にもう自由なのか? 驚く俺の前から男は姿を消した。

 俺は知らない土地の中、呆然と立ち尽くした。持ち物は着用しているトーガだけ。お金もない。そんな中で得た自由は、あまりにも重い。

 そもそも何故俺は釈放されたのだろう。イェールシェイルの人間らしいと身元が分かったからか? それさえも分からない。

 しばらく考えた末、俺はイェールシェイルへと行くことにした。そこへ行けば、俺を知っている誰かと会えるかもしれない。近くを通った男に声をかける。

「すみません。イェールシェイルって国へ行きたいのですが、ここからどのぐらい遠いでしょうか?」

「イェールシェイル?」

 男はぽかんとしていた。

「こんな変な服を着ている国です。知りませんか?」

 自分の服を変な服と称するのに抵抗はあったが、彼らに言わせるとそうらしいので合わせる。

「見たことない服だなぁ。その国も聞いたことがないよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 やはり、このプロシアとイェールシェイルは離れた場所にあるのだろうか。それとも、今の男が無学だっただけだろうか。自分の国の名前以外知らない人間も珍しくない。

 だが、ヴェーテは知っていたようだった。もう一度あの子と話したいが、それは少し難しい。

 俺は途方にくれた。とりあえずお金だ。お金さえあればこの国でも生活出来る。住み込みで働けるところを探そう。重い足取りで、俺は仕事探しを始めた。


***


 ひと月の間、小さな料亭で俺は働いた。かなり安い賃金だったが、住み込みで働けるのが魅力的だった。余り物の食事を貰えることもある。仕事も簡単だ。

 それから、誰もイェールシェイルを知らないらしいと分かった。俺もプロシアなんて国は知らなかったし、プロシアからイェールシェイルはかなり遠いのだろう。

 初めて貰った給料を手に、俺は町を歩いていた。料亭の主人からは給料でこの国の服を買うように勧められたが、俺にそのつもりはない。この服は俺が俺である証拠のように思えたのだ。

 小さな鍛冶屋の前で足を止める。鉄の匂いと、金属音が周囲を包んでいた。俺は迷わずに入って、声をあげた。

「すみませーん。剣を作って頂きたいのですが」

 大柄な男が面倒そうにやってくる。本当に面倒そうだ。

「剣を作る? お前さん用にか?」

「そうです」

「変なことを言うもんだな。うちは商店にしか売ってないんだが」

「商店に?」

「俺が作ったのを商店に買い取ってもらって、商店がそれを売るんだよ」

 そんな制度初めて聞いた。

「じゃあ作ってもらえないんですか?」

 男はちらっと隅に目を向ける。

「そこに作ったものが置いてある。直接売ってやっても良い」

 とりあえず頷く。剣が手に入るなら何でも良い。

 並べられた剣を手に取る。一番しっくりするものを選んだ。

「銘は何というんですか?」

「そんなもんねぇよ。変なこと言う奴だな」

 俺は肩をすくめた。この国の文化はよく分からない。

「これを買います」

「300オクスだ」

 俺は金の入った袋を取り出し、男に渡す。

「300オクス分取ってください」

 男は呆れた顔をした。

「無防備な奴だな」

「この国の貨幣の数え方はよく分からないので」

 男は数えながら袋から数枚の銀貨を取り出した。

「300オクス受け取ったぞ。カモられないように気をつけろよ」

「はい」

 この男が受け取ったのが本当に300オクスなのか俺には分からない。だが、信用するしかなかった。

 軽くなったお金の入った袋と剣を片手に俺は鍛冶屋を出た。妙な安心感がある。剣がないことがずっと不安だったのだ。思えば、最初に目覚めた時も剣がないことに不安を覚えた。

 料亭に戻ると、主人は俺が手にした剣を見て怪訝な顔をした。

「物騒なものを手にしてるな」

「ないと不安だったんです」

「そんなもん持っててもしょうがないと思うが……まあ、金の使い方は人それぞれだ」

「傭兵か何かでもやってたのかい?」

 客の一人がそう尋ねてきた。中年の男だ。

「そんなところです」

 記憶がないなんて言っても白けるだけだろう。茶を濁したが、客は俺に興味があるようだった。

「腕に自信はあるのか?」

「それなりに」

「それなりか!」

 笑い出す客。何が面白いのか分からなかったが、俺も愛想笑いを浮かべた。料亭の主人も曖昧な表情をしている。

「実はな、明日リュセミアまで荷を運ぶんだが護衛がいないんだよ。もちろん護衛なんていらないほど安全な道なんだが、護衛をつけてないと万が一ということもあるだろう?」

「はあ」

 何となく話が見えてきた。

「それで兄ちゃんが暇なら頼みたいんだよ。本職で護衛やってる荒っぽい奴らとはあんまり関わりたくないんでね」

「別に俺は良いですが……」

 ちらりと主人へ目を向ける。主人は頭をかきながら肩をすくめた。

「仕方ない。その間の給料は出さないからな」

「なーに、俺が主人の倍払うさ」

 それに客が笑顔で答える。それで、行くことが決まった。

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