表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲーディアの栄光  作者: ノート
第一章 白のトーガ 
2/10

1-2

 俺が尋問から解放されたのは8時間ほど経ってからだった。最初は優しく色々質問されたが、俺が「知らない」の一点張りを貫くと、最終的に自白剤を飲まされた。それで、俺が本当に何も「知らない」のだと分かると、彼らは急速に俺から興味を失った。俺は、自分のアオイという名前以外知らなかった。

 独房の中で俺は色々と喋りたい気持ちを必死に押さえていた。自白剤の効果がまだ残っているらしい。自白剤は南方の貴重な花から作られるらしい。尋問者たちに自白剤がいかに甘く美味しいかを何回も自白すると、彼らはうんざりした顔をしていた。彼らがいかにうんざりしていたかについても語りたいが、今はやめておこう。

 ひんやりとした石の床が気持ちいい。この気持ちよさを味わえない奴らは不幸だ。しばらくはこの独房にいても良いかもしれない。それに、俺には行く当てなどないのだ。変な部屋で起きて、そこから出たら女の子が悲鳴を上げて、不審者の俺を兵士たちが捕まえた。それだけしか俺の記憶は存在しない。

 それから、恐らくだがここは城のようだった。かなりの広さを誇っている。城が広いなどの知識はあるため、俺がなくしたのは記憶だけなのだろう。戦いの知識もあった。体もそれを覚えている。

 カツカツと歩く音が聞こえ、顔を上げる。誰かが近づいてきている。どうするべきか。少し悩んだが、俺は誰かと話したい欲求を抑えきれなかった。格子に近づく。

 しばらくしてやってきたのはブロンドの髪を2つに結った女の子だ。俺に襲いかかってきた女の子。鎧はつけていない。だが、身につけている服はやはり見たことがないものだった。

「どうしたんだ?」

 笑顔で話しかける俺を見て、少女は眉間に皺を寄せた。

「様子を見に来ました」

「そうか。暇だったんだよ。話し相手になってくれ」

「その着ている原始的な服は何なんです?」

 少女は俺の声を無視して問いかける。いや、話し相手になってくれているのだろうか。どちらでも良い。

「トーガだよ。お前の着ている変な服こそ何なんだ?」

「変な……」

 少女の目が鋭くなった。少女は次の質問をする。

「どうしてあそこにいたんですか?」

「あそこってどこだ? あの部屋か? あの廊下か? それともこの城みたいなところ?」

「あの廊下のこと」

「変な壁画だらけの部屋から出ただけさ。そうそう、あの何もない壁画の部屋は何なんだ? あの松明は何のために誰が点けてるんだ? 油の無駄だろ」

「あー……、そういえば自白剤を飲んだんですね。やけに饒舌だと思えば……」

「そうそう、あれ美味しいんだよ。甘くて。お前も飲んだら?」

「キリが無いですね。また明日来ます。その頃には薬も抜けていますから」

 そう言うと少女は踵を返し去っていった。

「おーい!」

 呼びかけるが無視される。俺も薬でハイになっている奴と話したいとは思わないが、あんまりじゃないか。俺の意思で飲んだんじゃないぞ。ちくしょう。

 することもなくなった俺は簡単な運動をすることにした。体を動かさないと落ち着かない。

 それにしても、俺はどうなるのだろうか。特に何もしていないし、すぐに解放されるだろう。あの女の子がまた来るらしいし、明日もここにいるのは確実なのだろうけれど。



***



 翌朝、起きると同時に俺は憂鬱な気分に襲われた。独房で起きるというのは気分が良いものじゃない。薬も抜けたらしい。今の俺は自分を客観視出来ていた。

「これはまずいだろう……」

 俺はお城らしき場所で捕まっている。つまり、権力者の手の中だ。間者だと思わしい奴を簡単に見逃すだろうか?

 それに、昨日来た少女にかなり失礼な態度を取ってしまった。一般人がこんな場所に入れる訳がない。少なくとも、兵士か何かだ。年齢的にありえないが、何らかの地位についていた場合は困ったことになる。

 小さな窓にも格子がはめられている。かなり頑丈そうだ。

 打つ手無しか。俺が厚さを測ろうと壁を叩いたりしていると、足音が聞こえてきた。俺は壁を叩くのをやめて大人しく待つ。しばらくすると、昨日の少女が再びやってきた。

「変な音がしていましたが、何をしてたのです?」

「何もしてませんよ」

 俺は手を広げてアピールした。壁を叩いてたのがばれたらしい。

「薬は抜けたようですね」

「そうみたいです」

「私はヴェーテと申します。あなたは?」

「アオイです」

 昨日みたいに余計なことを話すつもりはなかった。聞かれたことにだけ答える。

「アオイは記憶がないと聞きました。本当ですか?」

 少女は俺より年下のはずだが、かなりしっかりとしている。俺は自分の年齢を知らないが、少なくとも彼女よりは上のはずだ。

「本当です。何も覚えていません」

「あの戦い方はどなたの元で学んだのです?」

「分かりません」

「かなり妙な動きでした。それに手加減していましたね。致命傷になるような攻撃をしていない」

「妙って言われても……」

「あなたにも師がいるはずです。ですが、国内にあのような戦い方をするものはいません。やはりあなたは国外から来たのでしょう?」

 話が嫌な方向に向かい始めた。俺は焦る。

「待った! 俺は本当に何も知らないんだって! 大体お前が知らないだけで、こういう戦い方をする奴が国内にもいるかもしれないだろ!」

「それはありません」

「どうして!」

「あなたは私よりも強い。それより強い者が国内にいて無名な訳がありません」

 大した自信だ。だが、このままだと俺が間者扱いされてしまう。

 ヴェーテは俺にずいっと顔を近づけた。

「あなたは何者なんですか?」

 答えられない。

「どこから来たんですか?」

「変な壁画だらけの部屋だよ……」

 苦し紛れに答える。

「その前にはどこに?」

「分からないって。そうだ。俺が出ようとしたらあの部屋鍵がかかってたんだよ。あの部屋、中から鍵はかけられなかった。つまり、誰かが俺を閉じこめたんだ!」

「誰があなたを閉じこめるんです?」

「それは……」

 ヴェーテは呆れたようにため息をついた。

「このままではアオイを解放出来ませんよ」

「だって、記憶がないんだ。どうしようもないだろう」

「あなたの服」

「え?」

「あなたのその服は何なんです?」

「トーガのことか?」

「見たことがありません。かなり原始的です。どこかの民族衣装だと思うのですが違いますか?」

 衣服に関する知識は残っている。確かに一部の国や周辺国でしか着ていないと思うが、民族衣装かと言われると違う気もする。

「別に伝統的でも何でもない服だ」

「目立ちますね。普通の服を用意させましょうか?」

 普通の服。俺は彼女の着ている服を見た。白と茶色の見たことがない変な服だ。変な飾りのようなものがついている。

「いや、良い。これは俺の服だ。手がかりになるかもしれない」

「そうですか。どこの国の服なのかは分かりますか?」

 俺は知っている。だが、答えることで状況が悪化したりしないだろうか? 悩んだが、結局口にする。

「イェールシェイル周辺だよ」

「イェールシェイル?」

 ヴェーテは首を傾げた。年相応の可愛らしさを感じる仕草だった。

「知っているのか?」

「ええ……でも、いや何でもありません。あなたはイェールシェイルの人間なのですか?」

「分からない。ただ、この服がイェールシェイル周辺で着られていることだけ知ってるんだ」

「なるほど。色々分かりました。それでは私はこれで失礼します」

 そう言うとヴェーテは去っていった。イェールシェイル。その言葉で何かを掴んだのかもしれない。イェールシェイルは大陸で最大の国だ。人口も多い。そして、ここはイェールシェイルから遠い場所だろうと推測できた。彼女はトーガを変な服を評価した。恐らくトーガを着たイェールシェイル人に会ったことがないのだ。それから、彼女の言葉の訛りがイェールシェイルのそれとは違った。奇妙なアクセントと、聞きなれない表現。

 ここはどこなのだろう? せめて、それを尋ねるべきだった。後悔する。少し慎重になりすぎていた。

 それから、俺は自分がイェールシェイル人である可能性について考えた。少なくとも、その周辺の生まれだろう。ヴェーテに尋ねられるまで、何故俺がトーガを着ているかについて考えもしなかったが、少なくともトーガを着用する地域で生活していたに違いない。

 少しだけ気が楽になった。自分が何者なのか分からないのは非常に不安だ。その日はまずい飯を食べ、寝て、食べ、寝ての独房生活を楽しんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ