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六杯目「呑まれたら初体験?」

 あのビアガーデンの夜から酒井真澄は変貌した。

 それまでかたくなに飲もうとしなかった酒を飲むようになり、積極的に女性化していく。

 どうやら『タガ』が外れたらしい。

「女になるのは恐れることではなく、素晴らしいことだ」と。


 そして今まで敬遠していた反動か。

 同僚たちと飲むことも多くなってきた。


 だが逆に吉野桜子はぎこちなくなっていた。

 酒井との間に何があったのか?

 それを探りたいと思う心が女子社員達にあった。

 そこで宇良かすみと澤野いずみは一計を案じた。


 とある居酒屋。

 かすみ。いずみ。桜子。そしてきららと真澄が一つのテーブルにいる。

「それじゃこれより男子禁制の女子会を始めたいと思います」

 きわめてシンプルに「アルコールの力を借りて腹を割って話そう」ということであった。

「女子会」というのは極めて都合のいい名目であった。


 真澄ときららが生粋の女ではないとはいえど、女性ばかりの飲み会である。

 最初は二人を「実は男性」と意識していたかすみたちも、酔いが進むともう完全に女同士のノリだ。

 特にきらら。二人がまだ処女なのに対して「本来は男」なのに何人もの男と夜を過ごしてきた「先輩」で話に聞き入っていた。

 これには真澄も興味津々だ。

「真澄ちゃん。前からこんなエッチな子だっけ?」

 アルコールで打ち解けたか下の名前で呼ぶようになっているかすみ。

「やぁだぁー。かすみさんてばぁ。私そんなエッチしゃないですよぉ」

 ものの見事に「ぶりっ子」だ。イラッと来る。

 完全に「男」ということを忘れさせる。


 それを見ていた桜子はふっとため息をつく。

(この前はやりすぎだったなぁ)

 童女と化した真澄を一晩泊めた。

 その戻る過程で「お仕置き」をしたのだが、それが真澄の中の『女』を目覚めさせた感じである。

 それゆえ申し訳なくて桜子は気まずくなっていた。

(だいたいあのまま男に戻ったとしても別にかまわなかったし…初めてじゃないし…えっ?)

 自分でも気が付いてなかった。

(まさかあたし、酒井君とはいくとこまで行ってもいいと思っていたの? だからこの前は酒井君が女だったのもありああいう「スキンシップ」で…)

 心の奥底にあった思いに気が付いた。

 こうなるともはや同じハイテンションでなど騒げない。

 半ば傍観者で酒をあおっていた。


 酒を飲むようになってからだいぶたつが、桜子の人生でここまでまずい酒も、つまらない飲み会も初めてであった。


 結局、肝心の話は聞けないまま時間切れ。解散となる。

 駅までは同じたが、真澄といずみ。桜子ときらら。そしてかすみは反対方向の電車だった。


 なんと同じ駅で降りることも判明した真澄といずみ。

 ただそこからは反対方向。

 そしていずみは駅からすぐ近く。真澄はやや遠く利用する時間帯が合わず、だから今まで顔を合わせることもなかったのだ。

「それじゃいずみちゃん。またあした。会社でね」

 にこやかに立ち去ろうとする真澄。その背中に緊迫した声をぶつけるいずみ。

「あのっ! 酒井さんっ」

 緊張ゆえかフランクな呼び方からいつもの呼び方…苗字を呼んでいた。

「はい?」

「私の家、すぐ近くんです。もう少しお話しません?」

 このまま帰してはこの日の会合の意味がない。だから糸口だけでもつかみたい。

 その思いがいずみにこう言わせていた。

(大丈夫よね? 酒井さん、今は女だし。きららさんにずいぶん飲まされていたから朝まで戻らないと思うし)

 さすがに貞操の危機は頭にあるが、飲み会での真澄が完全に女だったのもあり、油断があった。

「二次会? いいわね。プチ二次会」

 真澄は乗ってきた。

 これでセッティングはできた。後は話を聞き出すだけだ。


 駅からすぐそばのマンション。それが澤野いずみの家だった。

 水色が好きらしくかなりの家具が水色でしめられていた。

「どうぞ」

 床に敷いたクッションも水色。そこに腰を落とす真澄の前にビールが出された。

「え。水かお茶でもいいのに」

「まだ飲み足りないかと思って」

 これは方便。万が一途中で男に戻られてもたまらないので、酔わせておくためである。


 互いに軽く飲んでまた酔いが回ってきた。

 そこで本題に入ることにした。

「それでね。酒井さん。来てもらったのは聞きたいことかあったからなの」

「聞きたいこと?」

「ええ。最近なんだか吉野さんの様子がおかしくて。それがあのヒアガーデンの日からで…」

 酔った頭でも真澄はピーンときた。

「それで何か知らないかと思って」

「なぁるほど」

 なぜか舌なめずりをする真澄。

 その目はまだピンク色を保っているいずみの唇に向いていた。

「知ってるわよぉ」

「ほんとですか?」

 思わず身を乗り出すいずみ。それだけ敬愛する先輩女子を心配していた。

 これから自分の身に降りかかることも知らず。

「ええ」

 真澄はおもむろに立ち上がる。

 酔いのせいか、目が「妖しい」光を放っている。

「あの日何があったのか、それをあなたに教えてあげる」

 いずみのそばに静かに移動した真澄は、そのまま腰かけたままのいずみの顎を持ち上げ、自分の唇を重ねあわせた。


「!?」

 警戒はしていた。ただしそれは男に戻った場合。

 わざわざ追加で飲ませたのに真澄がこんな男性的な行動をしてくるのは予想外で、瞬間的には何をされたか理解できなかった。

「んっ」

 唇を引きはがす。

「な、なにするんですかっ!? 酒井さん」

「だから教えてあげるのよ。あの夜、なにがあったか」

 にじり寄る真澄。後ずさるいずみ。

「知らなかったわ。女の快感があんなに素晴らしいだなんて。中学生の私に教えてくれた桜子さんには感謝だわ」

(吉野さぁーん)

 いずみは心中で悲鳴を上げた。

 また被害拡大は桜子の仕業だったのだ。


「さ、酒井さん。あなた今、女の人ですよね。男じゃないですよね」

 これは精神的なものである。

「ええ。女よ。だからあの気持ちよさを思い出せる」

 うっとりしたような表情の真澄。

 以前はどちらかというと清純な印象だったが、今は妖艶。

 砕けて言うと「ピッチ」だった。

「知りたがっていたことを教えてあげる」

 嫌な予感しかしないいずみ。

「あなたのカ・ラ・ダ・に」

 いうなり飛び掛かる真澄。

 ついにいずみはとらえられて、ベッドへと連行された。











 翌朝。

 まだ痛む頭で真澄は目を覚ました。

(あーいて。またやっちまったな。なんだよ。服も着てねーぞ)

 もはや目覚めて自分が裸の女でも動じなくなっていた。

 しかし見覚えのない部屋で不思議に思う。

「(なんだ? 俺の部屋じゃない。ホテルにしちゃ生活感がありすぎる。どうでもいいけどなんか腕が重いし)どこだ? ここ」

「私の部屋ですよ。真澄さん」

 声は腕から聞こえた。

 腕を枕にしていた澤野いずみが、微笑みながら言ったものだ。

「澤野さん!? なんで君が…」

 青ざめる真澄。

 いずみは何も着ていなかった。

 そして、自分も何も着ていない。

 答えが出た。


「すすすすす、すまんっ」

 瞬間的に起き上がるとベッド上で全裸の土下座。

「あああああ。酔った勢いで嫁入り前の御嬢さんになんてことを」

 ある意味、男の思考である。

「大丈夫ですよ」

 いずみも胸を毛布で隠しながら半身を起こす。

 真澄の右手を自身の左手でとると、自分の足の付け根に滑り込ませる。

 そして自分の右手は真澄の股間に這わせる。

「ほら。二人ともこれじゃ傷物にしようがないですよ。でも」

 いずみの指が動いた。真澄はびくっと体を震わせる。

「よくわかりました。これを吉野さんに教えてもらってたんですね。それで吉野さんは『罪悪感』で様子がおかしかったんですね」

「そ、そうみたい。だからもう手を」

「うふふ」

 今度はいずみが妖艶な表情になる。

「罪の意識なんて感じなくていいのにね。こんな素晴らしい世界があったのですね。人生観が変わっちゃいました」

 そして今度は真澄が「貞操の危機」を感じる。

「もう男なんていりません。真澄さぁん。ずっと女でいてくださぁい」


 澤野いずみ。純潔は守られているが、性的嗜好は180度転換してしまった。

 今度は真澄が罪の意識にとらわれる番だった。











「さーかいさん」

 まるで恋人に向けるような笑顔で「酒」をお茶代わりにおいていくいずみ。

 大得意先の相談役。

 いまだ実権を握る人物のために用意されている酒だが、それが勝手に振舞われている。

「……」

 いずみをあんなふうにしてしまった手前、強くは出れない。

 ちなみに酒は桜子が飲んでしまう。

 こちらはこちらで何かから目を背けたいようである。


 そして、その空気は部署全体にも伝わる。

 たまらず『事情聴取』で同じ課の二つ年上。菊水晃一に呼び出された。

 金曜の夜だった。


 そこはしゃれたバーだった。

 居酒屋は何度か出向いた酒井も「バー」となると初めてで、つい見回してしまう。

「あら。菊水さん。お久しぶり」

 チャイナドレスの女性が出迎える。菊水も軽口で応じる。

 なじみの店らしい。

紅花ホンファママ。お久しぶり」

 中国系のバーらしい。

 確かに従業員も日本人に似ているが、微妙に違う。チャイナドレスは単なる衣装だろう。

「こいつ、俺の同僚。ちょっと話をしたくてね」

「あらあら。それじゃあっちの席がいい?」

 物陰になるかのような位置にテーブルとイスがあった。

「ああ。いいね」

 案内されて二人は腰かける。


 久しぶりで期限切れだったらしく、前のボトルがなくなっていたので新たにボトルをいれる。

 水割りを二つ紅花が作り、二人の前に置く。

「いや。俺は」

 酒井が断ろうとするが菊水が強引にもたせる。

「ママ。ちょっとした手品を見せるよ」

「はい?」

 酒井の体質を遠まわしに伝えたのか。あるいはごまかしたのかそんなことを言う。

 この場で変身までさせるつもりらしい。

 いずみの人生観を変えてしまった彼にしたら、もう酒はやめにしたい。

 飲むのが怖かったが、逃げられないらしい。

 それに確かにため込んだ思いをぶちまけたかった。

 だから素直に飲むことにして、静かに水割りを飲んだ。


 わずかな時間をおいて、酒井は女性へと変身した。

 目を丸くしてみている紅花。

 そりゃ当然だ。スーツ姿の男性が女性になったのだから。

「あ。しまった。場所に合うんだったっけ?」

 そう。まるでその店の従業員かのような衣装…チャイナドレスだった。

「な、なぁに? どんな手品?」

「あー。言ってわかるかなぁ。オレ自身からして最初は信じられなかったしね」

 話だけならだれも信じまい。

「ま、毎日のようにあいつが女になっているところを見ると『そういうものだ』と認識できるけど」

「それじゃここに連れてくるわけだわ…あら。あの人は?」

「え?」

 メイクまでチャイナ風でホステスたちに紛れ込んでいた真澄は、ホステスになりきって接客していた。

 席まで連れ戻す。


「さて。本題に入るか。酒井」

「はぁーい」

 中華風ホステスそのものの真澄相手だとどうにも真面目な話の雰囲気ではない。

 何とか頭を切り替えて、最近の職場の雰囲気について問いただす。

 最初は渋っていた真澄だが、水割りを飲んでいくうちに話が進みだした。

 ちなみにホステスになりきっているのもあり、菊水の水割りは彼女が作っている。

 ますます単にのみに来た印象になっている菊水であった。


「はぁ。吉野さんに『女の快感』教わって、それを澤野にも教えただとぉ」

「いやぁん。もう。そんな大きな声で菊水さんったら」

 身をくねらせる真澄。

「そ、それでなんかおかしかったのか。俺はてっきり肉体関係にでもなったかと」

 ある意味では間違いでない。

「どうすんだよ? 人間関係ぐちゃぐちゃになるぞ」

「そうですね。私としてはそろそろ次に進みたいんですが」

「話聞いているのか」

 いきなりガクッと来た。

「あらあら。大丈夫ですか。ちょっと多すぎましたね」

 気が付けばボトル半分あいている。

「お、お前…」

「それじゃあお休みした方が良いですよねぇ」

 真澄は支払いをすると、店を出てあたりを見渡す。

 あった。まるで城のような外観の『ホテル』が。

 菊水は激しく抵抗した…つもりだったが気が付かないうちに大量にアルコールを、それも短時間で摂取して足元がおぼつかない。

 なすがままにされ、連れ込まれてしまった。


「えへへ。女としてきたのは初めてですぅ」

 文字通りのド淫乱になっていた。てきぱきと服を脱いでいく。

「さか…酒井っ。お前正気か。お前も俺も男だぞっ」

 それで何をするつもりなのかと。

「えー。だって。触っただけであんな気持ちいいんですよ。それじゃちゃんと男の人にしてもらったら…私、ずっとそれが気になって」

 ああ。やっぱり淫乱な血統なんだと理解した菊水。

 どうやらそれが桜子によって覚醒され(だから桜子は気まずそうにしていた)いずみ相手に自分からするほどになり、そして今『次のステップ』で男を欲していた。そういうことらしいと。

 どうやら店で変身させたのがまずかったらしい。

 静かにたぎらせていたらしい。


 動けない菊水をベッドに横たわらせて真澄はシャワーを浴びていた。

 ガウン姿で出て来ると、冷蔵庫を開けて探し出す。

「酔い覚まし」だった。

 それを開けて菊水の口に流し込む。

 そしてもう一本。「精力剤」だった。

 こちらは真澄が飲んだ…違う。口に含んだ。

 それを「口移し」で菊水に飲ませる。

「はんぶんこですよぉ」

 すでに酔いとキスで菊水自身抵抗する気がなくなってきていた。

「それじゃ、不束者ですが」

 真澄はガウンを脱いだ。

 一糸まとわぬ姿だった。

 そして菊水のズボンのジッパーを開ける。

 脱がせる前にしたことは…











 朝。真澄は違和感を覚えていた。

(頭が痛い…これは毎度のパターンとして…股が痛いってのはなんだ?)

 目があけられなかったが煙草の煙で目が覚めた。

 その視界に飛び込んできたのは、裸の男の胸板だった。

 自分は菊水晃一の左腕に頭を乗せて眠っていたのだ。全裸で。

「な、な、なにを?」

 何をしてしまった? 酔った勢いで。

 何をされてしまった? 酔った勢いで。

「夕べのお前。可愛かったぜ。無理やりされているうちに、俺もその気になったが、あんな可愛い女を抱けたんならもう正体が男でもいいや」

「け、け、け」

「あれ? そうすると俺はお前の『初めての男』になるのか」

 これで切れた。

「けだもの!」と声高に叫ぶ。


「な、なんだよ。お前が無理やり誘ってきたんだろうが」

「お、こんな体していても俺は男なんですよ。男相手に誘うはずが」

「実際に誘われたんだよ。気持ちいいから男相手にしてみたいと」

「だからってよっ払いの言うことを真に受けてなんてことを…まさか男相手にこんなことを」

「だったら正気なうちなら納得するな」

「え?」

 真澄が騒ぐので切れた菊水は、黙らせるためにその口に唇を重ねた。

 そしてそのまま最後の最後までやり通した。


 真澄は男の心だったはずだが、いつしか自分から求め、そして気持ちよさに酔いしれた。

 同時に自分がどうしようもなく淫乱であること。そしてそれが存外に悪くないと思い始めた。

 何しろ男の心のままでも「嫌じゃなくなった」のだから。








 数日後。

 仕事が終わった酒井は別の部署の前をうろうろしていた。

「残業か? 一ノ蔵?」

「ああ。三十分もあれば終わる」

「それじゃ手伝うまでもないか」

 分れる。一ノ蔵と呼ばれた眼鏡の男はパソコンでの作業を再開した。

 その部署が仕事を終わらせる頃、ポケットのウイスキーをあおる。


 一ノ蔵が会社を出るとき女に呼び止められた。

「君は…確か」

「酒井真澄です」

 帰宅するOLという印象の服装だった。

「別の部署の君が何の用事かな?」

「実は…まえから一ノ蔵さんとお酒を飲みたいなと思っていて」

 唐突ではある。

 しかし正体を知らなかったのである。

 美人に、それも特に怪しむ必要のない同じ会社の人間にこんな風に言われて悪い気もしない。

「そうか。予定もなかったし、付き合ってもらおうかな」

「キャーッ。嬉しい」

 完全に女であった。


 もちろん酒を飲むだけで終わらせるつもりはなかった。


 男の心のままで女としての「快感」を知ってしまった真澄は、以後男を漁るまで堕ちた。

 週に一度のペースで違う男と関係を持つようになって行く。


 酒井真澄は「女としての快感」と「酒」の二つにおぼれていた。

あとがき


 この作品は2013年夏のコミケで出した同人誌「城弾シアターR18 花火」で先行公開されたものを、全年齢バージョンに修正したものです。

 といっても使いまわしではなくて、お読みになればわかる通り話の展開上で性行為が出てくるので、その制限かけないものを先行公開したと。

 あと冒頭が五話で巻末に六話。話は話の間がインターバルの空きすぎる作品なので「まさか六話があるとは」というサプライズ狙いでも。


「酔っぱらってしでかす失態と、TSして女の子になって調子にって恥ずかしい思いをするのが似ている」というのがこのシリーズのきっかけで。

「酔った勢いでしでかす」最大の失敗はやはりベッドインかなと思い、これはシリーズ化の時点で頭にありました。


 さて。ご先祖様同様に完全に禁忌がなくなってしまった酒井君。

 この先どこまで溺れるのか。

 これもまたアルコール依存症にも似ているような。


 残り一話。見届けていただけると幸いです。


 お読みいただきありがとうございました。

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