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二杯目 呑まれたら外国人?

 月曜日に新しい勤務地である本郷支社へと向かい、その夜の歓迎会で勢いから禁じられた酒を呑んでしまい。酔うと女性へと変身することが判明。

 しかも心までが女に、それもどちらかと言うと色ボケ気味に。

 さらには好色の「お得意様」に気に入られて、専門の接待要員に。

 つまり仕事で酒を呑み、女にならざるをえない。

 まさに人生観の変わりかねない一週間の激務を終えての土曜日。

 酒井真澄は都内の実家へと舞い戻っていた。

 体質…呪いについての詳しい話を聞くために。


「父さん。何であの『酔うと女になる』体質を教えてくれなかったんだ?」

 居間に上がるとスーツ姿のままいきなり怒鳴る。

「なんだ? なっちまったのか? 女に」

「うっ」

 つまりそれは禁を破ったことを意味する。口ごもるのも無理はない。

「オレは禁じたはずだぞ。呑むなって。それさえ守ってりゃ女にならずにすんだはずだ」

 酒井をそのまま老けさせたような初老の男が面倒くさそうに言う。

 休日の自宅と言うことでラフな格好だ。しかも寝転んだままだ。

「それにしたってあんなこととわかっていたなら」

 憤慨している酒井は収まらない。しかし老齢の男性はまるで意に介してない。

「今更そんなこと言いに来たのか? そんなことよりチャンネル変えてくれ。10番だ」

「……父さんの方がリモコンに近いじゃないか」

 この父親。酒井和水かずみは横着な人物であった。

 真面目に話を聞かない父相手に、かなり険悪になりかけたところを救ったのはやはり女性である母。

「はいはい。真澄。座りなさい。まずはご飯食べましょ。ハイ。これでも呑んで落ち着いて」

 母親が透明な液体の入ったグラスを父と子に渡す。

 熱くなっていた二人は何も考えずに受け取り、そしてにらみ合ったまま呑んでしまい

「ぐぇほげほげほげほ」

 激しく咽た。

「か…母さん。これ」「酒じゃないのか?」

 親子揃って打ち震える。

「まずは実際にご対面。楽しみだわぁ。真澄がどんな女の子か。父さんのも久しぶり」


 ボボボンッ


 言っているそばから両者の床の辺りから「浦島太郎が玉手箱を開けたとき」を連想させる煙が上がる。

 次の瞬間、息子である真澄はスーツ姿のビジネスマンスタイルから、ピンクのセーターとロングスカートの巨乳娘に。

 髪の毛は二つの房を後ろにたらすツーサイドアップと言うそれに。

 父である和水は和服姿は同じだが留袖姿の熟女に。やはり胸の大きな美女だ。

「男同士でケンカになるならみんな女になればいいのよ。男は人付き合いヘタだけど、女は上手いから」

 さらっと言う母親に毒気を抜かれた二人はへたりこむのであった。


「あらあら。間違いなく血筋だわ。よく似た母娘になったじゃない」

 産んだほうの女親ののん気な一言。

「もう。騙すなんてひどいじゃなぁい。ママッたら。あたしお酒はニガテなのよね」

 すっかり甘えた娘になりきった真澄の口調。

「ガマンしなさい。そういう呪いなんだから」

 女性化した途端に文字通りに「襟を正す」和水。寝転んだ体勢から瞬時に正座に。

 一部の隙もない姿勢になると「妻」を見上げる。

「それより母さん。さっきから匂い嗅いでいると思うんだけど、もう煮物を出すの?」

「ええ。そろそろいいわよ」

「ダメ! まだ全然煮えが足りないわよ。ああもう。なんだって本物の女なのにあなたはこうずぼらなのよ?」

 言うなり和水は立ち上がり台所へ。そしててきぱきと仕事をする。

「……信じられないわ……パパッたら、普段は縦の物を横にするのも面倒くさがるのに」

「久しぶりに見たわね。普段はテレビのチャンネル変えるのも人任せなのに、女になると途端に細かくなるのよね」

 懐かしそうに言う母。悦子。

「あ…あの…ママ?」

 閥が悪そうに切り出す真澄。いわば娘としては初対面だ。しげしげと顔を見ている悦子。やがて笑顔を見せる。

「初めてね。真澄。あなたのその姿は。可愛いじゃない。お父さんと同じで自動的にお化粧もされるのね」

「うん。実はこの体質で色々尋ねたかったけど…あのパパを見たらなんだかどうでもよくなって…」

 なにやらうずうずしている。

「真澄もする? お料理」

「うん」

 女三人で台所仕事だった。

「やっぱり女の子ねぇ。それにこうしてしまえばみんな女向けの味付けでいいし」

 実はそういう狙いもあった。したたかな女性である。


 そして夕食。既に酔ってしまったせいか酒に対して抵抗がなくなり、この際だからと潰れるまで呑んで、そして話した。

 しかしそれまでほとんど呑んだことがない上に、女になって肝臓が小さくなりアルコール処理の弱くなった真澄はやはり悪酔いして、自分の着ていた服を汚す羽目に。


 翌朝。


「うう…頭が痛い…」

 真澄は痛む頭を抑えつつ目を覚ました。

 そして自分がネグリジェを着せられていることに驚愕した。

 スケスケとかはいわないものの、フリルがどう見ても多目だった。

「こ…これ…姉ちゃんのじゃ」

「ええ。さくらのよ」

 二つ年上の姉。さくらはいまだ独身。家族と同居。この土日は女友達と旅行だった。

「やっぱり姉妹だけによく似てるわね。お化粧を落とすとなおさらだわ」

「ううー。ネグリジェなんて…恥ずかしい」

 既に心だけ男に戻っている真澄は恥じ入った。

「なんだ真澄。まだ寝巻き姿では呑んだことないのか?」

 男物のパジャマに着替えていた和水が起きるなりそういう。

「酒は出来るだけ呑まないようにしてたんだよ。女になると男では考えられないほどエロくなるし」

「そうだろうな。オレも若いころは何度か朝起きたら隣に男がいたことあったし」

 いきなりのカミングアウト。もっとも母親は承知の上らしく驚かない。

 しかし「実例」を聞かされた真澄はたまらない。

(ほ…本当にそこまで突っ走るんだ…絶対に呑まないようにしないと…)


「さぁさぁ。朝ごはんにしましょう。真澄。今日もお休みでしょう。夜までいたらさくらも帰ってくるから、久しぶりに家族で食事よ」

「それまでに戻れるかなぁ」

 ずきずきとする頭が酔いの深さを物語る。

「なに言ってんのよ。家族で何を恥ずかしがってんの?」

「母さんがあんなふうに飲ませなきゃ」

「だってああでもしないときっとお互い言いたいことも伝えられなかったわよ」

 確かに実際に父親の変身を見て血筋を理解したし、自分の変身で状況を伝えられたようだ。

 それを見越した母の作戦と言うなら見事である。

「母さんも結構呑んでいたのに平気なんだね」

「母さんは新潟の出よ」

 酒どころである。ちなみに前夜父と子に飲ませたのも、安物ではあるが新潟産の酒である。


 朝食を採りくつろぐ父と息子…いや。肉体的には母と娘と言うべきか。

 洗濯機のまわる音がしている。そんな普通の日曜日。

 何の気なしにテレビを見ていたら真澄の携帯がなった。

「はい。もしもし」

『酒井君? もしかして女の子になっているの?』

「あ…吉野さん。ハイ。ちょっと実家で呑んじゃって…」

 電話の相手は真澄の同僚であるOL。吉野桜子。

 有能な美人OLだが、ヤオイ趣味ののんべなのが困った人である。

『それでもいいわ。急な仕事が入ったの。明日代休取れるからこれから来てくれない? みんないるけど手が足りないのよ』

「え…でも今の俺…」

『ご隠居相手にしているときはいつもその姿でしょ。構わないから早く来て』

 相当に切羽詰っているらしい。思わず了承の返事をしてしまった。

「仕方ないな」

 真澄はネグリジェを脱ぎ捨てる。ショーツ一枚だけの姿。もちろん胸は何もない。

「母さん。会社に行かないといけなくなったんだ」

「あらあら。でも洗濯しているのよ。あなたの服」

 そう言えば夕べ汚したな…それを思い出した。

「いいよ。何か適当に借りるから」

 父親の服を借りようとしたがズボンは極端に尻が大きく不恰好に。

 ワイシャツに至っては胸囲が男性のときより下がっているにもかかわらず、極端に前に出ているためやはり形が逢わない。

「真澄。とりあえずさくらの服を借りなさい」

「うう。仕方ないか…」

 家系なのか姉も胸が大きい。そのためかまるで真澄本人のもののように女性用スーツがぴったりとフィットする。

「それじゃ後はこれ飲んで」

 前夜の記憶が蘇える。一応においを嗅ぐとかすかに酒とわかるにおいが。

「母さん。俺はこれから仕事に行くんだよ?」

 言うと真澄は出て行こうとする。しかし履いてきた靴がぶかぶかで合わないため、これまた姉の靴まで借りる羽目に。

「ちょっと真澄」

 しかし彼女は出て行ってしまった。悦子はおろおろして女姿の和水に視線をよこす。

「放っておけ。一度痛い目を見れば理解できるだろ。そもそも靴が変化してない時点で気がつかない辺りが間抜けだ」


 洗濯をするのだからポケットの中身はすべて出してある。

 だから財布も定期も捜すことなくタンスの上においてあった。

 もっとも通勤ルートではないので切符を買う羽目になったが。

 真澄はもっとも早く会社につけるルートを路線図を見て考えていた。

 電車に乗れば乗ったで仕事のことを。だから自分のこれから来る危機に気がついていなかった。


 程なくして職場の最寄り駅に着く。

 さすがにタクシーを使うほどの距離でもないためここは歩く。

 ここでタクシーを使って会社に横付けしていれば、あんな悲喜劇は起こらなかったが


 もう少しで会社と言うところでだ。再び煙が舞い上がる。

(え? 飲んでないのに?)

 そう。それは呪いが解除される時の煙だ。つまりすっかり酔いが覚めたのだ。

 そこで悲喜劇は起きた。

 パンストを借りなかったためスカートから覗く脚の毛がびっしりと。

 前がきつかった胸元は横幅がきつくなる。

 そして頬をくすぐっていた髪が一気に短く。

 その頬をなでると無精ひげが。

 要するに…男に戻ってしまったのだ。しかも衣類は女物のまま。

 不幸中の幸いは化粧をしてなかったこと。この状態でではかなり困った顔になっていただろう。

「わ…わわっ」

 人に見られまいと慌てて近くの公園に駆け込む。植え込みに飛び込んだ。会社までは500メートルなのに…

(な…なんで? 服も一緒に変わってしまうはずなのに…あ。これは違う。姉ちゃんのだ。起きてから着替えている。この服は飲んだときには着ていない)

 つまりは変化していないのだ。だから酒井が元に戻ってもこの服は「もとの女物」のままなのだ。

 履いてきた靴が飲んだときには脱いでいたため変化してなかったことに気がつけば、まだ回避できたかもしれないが。


 その頃、酒井家では酒井の着ていた服が元のスーツに戻っていた。

「あらあら。あの子ってば。酔いがさめたみたいね」

「どこで戻ったが問題だがな。まぁ今なら携帯電話もあるから助けを呼べるか。オレの時なんざそんなものないから近くを探してだな…」


 酒井は草むらに隠れていた。

 幸い公園といえどそんなに人目がない。何とか隠れていられた。

 息を潜めていたら携帯がなった。慌てて出ると桜子だった。

『ちょっと酒井君。いつになったら来るの?』

 いつまでも来ないから切れ気味に問い合わせ。

「いや…それどころじゃなくて…」

『……男の声ね……』

 勘がいい…むしろ妄想慣れしていた。切れていたはずが状況を楽しむように。

『……はっはーん』

 それだけで事態を把握したらしい。

「と…とにかく助けを」

『わかったわ。場所はどこ?』

 公園に隠れている事を伝えて通話を切る。


「探し物ですか?」

 ほっとしていたところに声をかけられて驚愕した。植え込みの中に「先客」がいた。

 やはり若い青年だ。細身で中々の好男子だ。

「わたしもメガネを落としてしまって探しているんですよ。見ませんでした?」

「あ…あの…」

 この青年は目が悪いらしいが、自分がその裸眼でどのように見えているのだろう。

 女物のピンク色のスーツを着ている青年である自分を。

「ああ。失礼。僕は諸星といいます。お嬢さんも探し物ですか?」

 どうやら服の印象で女に思われたらしい。さらに言うなら元々が女顔。

 きちんと髭を処理して、化粧をして夜の闇でなら女で通るかもしれない顔。

「えと…その…」

 言いよどむ。それはそうだ。

 どうやら言いたくないと判断した諸星は話題を変える。

「うーむ。裸眼でメガネを探してもらちがあかないな。仕方ない。頼んだぞ。ミクラス。ウインダム。アギラ」

 連れていた3頭の犬を解き放つ。やがて一頭が派手な赤いメガネを探し当てる。

「ああよかった。壊れていないらしい。それでは……でゅわッ」

 メガネを思い切り前方に突き出して顔にあわせるという派手な仕草でつけた。

 視界がはっきりして見えたのは女装の青年。フリーズした。

「………」

 物凄く居心地の悪い酒井。情けない声を出す。

「ど…どうも」

「はっじめましてぇ」

 声は上からした。

「吉野さん!?」

 上を見ると確かに吉野桜子が。どちらかと言うと「カメコ」が持ち歩いてそうな大きなカメラで酒井を写す。フラッシュフラッシュフラッシュ。肖像権まったく無視。

「わわっ。何するんですか?」

「こんなおいしい場面を撮らないなんて女が廃るわよ。もう。酒井君てば。なんてわたし好みのことをしてくれるのかしら。欲を言えばちゃんとお化粧してカツラもほしかったけど」

「は…早く助けてくださいよ」

 泣きそうな懇願。

「仕方ないわね。ほら」

 安酒を差し出す。

「うう。やはりこの手か」

 諦めて酒井はぐいっとあおる。酔いが回った途端に煙と共に女姿に。

 今度は着用してから飲んだので服も変化。真澄に完全にフィットしていた。

「助けてあげたんだから今日一日私のことは『お姉さま』と呼ぶように」

「はい……お姉様」

 犬よりも力関係が厳しかった。

「それではごめんあそばせ」

「ごきげんよう」

 笑いながら唖然とする諸星をおいて歩いていく二人。

 二人が去ってから彼はぽつんとつぶやく。

「うーん。やはり東京は凄いところだ。神戸で羊の世話をして暮らそうか」


 オフィスに着くともう一度呑む。これで制服にまで変化。さらにはOLモードになっていた。

「見慣れたはずだが便利なものだと思うよ」

 自身も「服に着られて女になる」息子を持つ二村課長が言う。

「申し訳ありません。早速仕事に入ります」

 酔っているのにきりりとする。

 確かに肉体的には酔っている。だから女性化している。

 しかし泥酔と言うわけではなく、そのため乱れてはいない。


 心は女になる。真面目で勤勉なOLに。

 以前の時は分量を間違えた上に、居酒屋だったから思い切り砕けていた酔っ払いぶりだったが、オフィスで少量のせいかうまくあっていた。


 ただし酔いがさめると仕事人としてはよくても「女装」になる。

 だから醒めて来たらまた適量を飲ませないといけない。

 中途半端な女装状態では仕事にならない。

 もっともいつもなら飲ませたがる桜子が今回はおとなしい。

 その「女装」状態になるのを狙っているのはみえみえだった。


 三時が過ぎて、どうやら五時くらいには引き上げられそうな目処が立つ。

 みんなでお茶だ。真澄も調整と一服でコーヒーだ。

 ちなみに普段はブラックだが女性化したらシュガースティック二本と、ミルクをいれて飲んでいた。

 着替えがないため女性でいないとならないが、肉体だけなっていればそれでいい。

 だから変身が解けるまでは酒を呑みたくなかった。


「課長。お客様です」

 髪の毛を「ひっ詰めた」OL…と言うより少女が来客を告げる。

 どうやら同様に休日出勤を余儀なくされたらしい。

「恵里衣くん。ご苦労さん」

 同姓がいるため名前で呼ばれていた。

「ところで課長。かすかにアルコールのにおいがします。もし飲酒しての仕事なら、それは業務にさしつかえる確率が85%で…」

「恵里衣くん。お客様と言うのは?」

「そうでした。どうぞ」

 機械的に挨拶して来客を通す。

「父さん? 母さん?」

 既に元に戻った父親。和水と共に母・悦子がやってきたのだ。

「皆さん。真澄がお世話になってます」

 悦子が深々と挨拶をする。

(この人が…)(酒井さんのお父さんなんだ?)

 宇良かすみと澤野いずみはひそひそとナイショ話。

 男たちもそれを咎めない。気になるのは同じだからだ。

(この男性も酒井みたいに変身を?)

 どうやらその疑問をぶつけられるのは察していたのか、やや引き気味の和水。会釈だけする。

「これはこれはご丁寧に。息子さんは大変よくやってくれています」

 課長の言葉は社交辞令ではない。実際に酒井真澄は有能な社員だった。

 ただし…彼のために吉野桜子が暴走するのに目を瞑ればの話だが。

「二人とも何しに?」

「バカもん。お前のために着替えを持ってきてやったんだ。ほれ。靴もだ」

 それは実家においてきた自身の服一式と靴。

「あ……そうか。それじゃ…課長。ちょっと着替えていいですか? 姉の服を借りているからこれをもって帰ってもらいたいんで」

「ああ。どうせ休憩中だし…女子更衣室使っていいから」


「お待たせしました」

 その姿はアキバ系でないはずの彼らにも『萌え』と言う単語を脳裏によぎらせた。

 まだ女性の肉体のため、着ていた男性服がぶかぶかなのだ。

 それが逆に女性の肉体の華奢なところを強調していた。

「それじゃ酒井君。ぐいっとあおってみよう」

 冷蔵庫から安酒を取り出す桜子。

「いいですよ。もう。ちゃんと男の服が戻ってきたし。このまま元に戻るたけだし」

「でも酒井君。靴が合わないわよね?」

「う……」

 酒井自身の靴は26センチ。女性化すると22.5センチ。

「ほらほら。ぐいっとやりなさい。あたしも付き合ったげるから」

「いや…でも…もうちょっと待てば」

「なによ。『お姉さま』のいうことが聞けないって言うの?」

「真澄。職場で飲むのか?」

 そりゃ父親が怒っても不思議はない。

「いや。これには事情がありまして」

 代りに課長が説明をした。


「ふむ。それも業務の一環なら仕方ありませんな。ならむしろ好都合。真澄。お前が知りたかったその体質にはまだ続きがあるんだ」

「え? 酔うと女になる。そして場所にあった服装に変わるだけじゃないのか?」

「それはただ酔った場合の話だ。混じり物のない『地酒』とかを飲むと影響力が段違いだ」

 そう言えば経費と言うことで安物しか飲ませてないわね…桜子はそう思った。

「論より証拠だ。どうせ呑むと言うならこれを呑んでみろ」

 手渡されたのはドイツ産のビール。

「外国の酒がどうしたって?」

「いいから飲んでみろ。半分で充分だろう」

 服をフィットさせる都合もある。仕方ないので缶を開けて半分をゆっくり呑んでいく。

 酒に強くない真澄はそれで充分に酔えた。


ぼんっ


 そこに現れたのはOL服に身を包んだ真澄…ではない。

 髪をオールバックにして軍帽を被り、そしてサスペンダー式のズボンをはいていた。

 上半身には軍服を羽織っていて、下着もシャツもつけていない。

 豊満な胸の先端をサスペンダーが隠していると言う、映画会社に怒られそうな衣装だった。


「さ…酒井君?」

 さすがにこれは予想外の桜子が、恐る恐る尋ねる。

 目の据わった真澄か右手を高々とかざす。


「ドイツの酒はァァァァァ、日本一ィィィィィィ」


「と、まぁ。世界の酒を呑むとその国のイメージに引き摺られてなぁ」

 ぼやくように言う和水。

「どうでもいいけど酒井。それ日本語おかしくないか?」

 先輩の男性社員。越野が指摘する。

「まぁやっぱり酔っ払いってことだな」

 これも先輩の竹葉ちくはが言う。

「なんだ貴様ら! わたしに逆らうとはいい度胸だ。軍法会議にかけてやるぞ」

「…なりきってる…」

 年のそれほど違わない菊水がつぶやく。

「多少は本人の持っているイメージも関係あるらしいんですよ」

 さすがに他人の前なので口調は改めている和水。

「酒井ってミリオタ?」

「というかむしろドイツのイメージを間違えていると言うか…」

 口々に評している。その間、当の本人はサスペンダーが一センチずれると大変恥ずかしい状態のままたたずんでいた。

 どうもいきなりハイテンションになったのはいいが、酔いがきつくなってきたらしい。

「面白いわね。じゃ次は…」

 舌なめずりをしている桜子。それを悦子が止める。

「待って。今はまだダメ!」

「どうしてですか?」

「まだ心が女みたい。その状態で飲ませても前のが残っていて、お酒同士でケンカするのよ。そうなるとこういう特徴が出なくなるの」

「なるほど。今までは安いものばかり飲ませていた…つまり純度が低かったからこういう特徴は出なかったんですね」

 しばらく待つことにした。


「酒井君。大丈夫?」

 ほぼ裸の胸を押さえて蹲っている真澄に、上から尋ねる桜子。真澄は真っ赤な顔で上目遣いで見ている。

「大丈夫じゃないですよ! 何でこんなきわどい服に…」

「あ。心は男に戻ったみたいね。じゃあこれいってみよう」

 本当に僅かな量の液体を差し出す。

 逃げられそうにないし、とりあえず酔えば別の服になるだろうし、女になりきってしまえば女性服を着ている羞恥心も消えるだろう。

 そう思ってその液体を飲んだ。


 長い髪は二つに分けられて編みこまれ、それをぐるぐると「お団子」に。

 化粧もアイシャドウの赤が目立つ。

 そしてプロポーションをくっきりと際立たせたチャイナドレス。

 深いスリットがまぶしい太ももをちらちらと見せていた。


「あいやぁっ。わたしまた酔ってしまたアルよ」

 扇であおぎながらおかしな言葉の真澄。


「なるほど。紹興酒だからこうなるわけね」

 中国の酒である。お燗して氷砂糖と言うのみ方もあるが、この場合は常温であった。

「うーん。しかし語尾に『アル』ってのは…最近のアニメだとまず変更されるからな」

「菊水。何の話だ?」

「いえ。なんでもないです。課長」


 打ちひしがれる真澄。

「ああ…なんてべたな口調の中国娘を…」

 そっちかい!

「ハイハイ。呑んで忘れましょうね。次はこれ」

 これまた常温が適温であるスコッチウイスキーを飲むと…


 真澄は一心不乱に掃除をしていた。

 長い髪は纏め上げられていた。

 黒いワンピースに白いエプロン。

「うん。やはりメイドさんはイギリスタイプに限るわね。アメリカンタイプはどうもねー」

 桜子は女性と言うのにメイドに詳しいようだ。

 やがて作業が終わりメイドの真澄が直立不動で桜子に報告する。

「桜子お嬢様。床掃除は終わりました。次はいかがいたしましょう?」

「そうねえ…」

 従順なメイドと化した真澄を値踏みするように見る。そして悪戯するような表情に。

「よし。跪いて私の靴をお舐め!」

「仰せのままに」

 本当に跪いて桜子の靴に顔を近寄せる真澄。

「いかん。止めろ」

 課長の命令で引き離される二人であった。


 壁に向かって体育ずわりしている真澄。黒いオーラが出ている。

「いいわねぇ。今度帰ってきたらウチでもスコッチ飲ませて手伝わせようかしら」

 あっけらかんと言い放つ悦子。人事ではない和水は苦い表情で黙ったままだ。

「まったく…少年少女文庫向けだったからそれですんだが、18禁OKのところだったら何をさせるつもりだったんだ?」

「そりゃ当然、殿方のズボンのチャックを開けさせて…」

「やめてください!! ああ。自己嫌悪で消えてしまいたくなってきた…」

「はは。じゃ最後にしましょうか。ちょっときついから水割りにする?」

 散々おもちゃにして満足したのか打ち止めを宣言。

 これが最後と言うことでバーボンを飲んだら…


 結果としてはテキサスのカウガールになってしまった。

「Oh! カチョーさん。今日は迷惑カケマース」

 やたら陽気に、それもおかしな日本語で喋る。

「よかった。これならうるさいだけだ。万が一ロデオとか称してバイクを馬に見立てて乗り回しだしたら飲酒運転だしな」

「そうですね。時節柄酔払い運転はいつも以上にまずいでしょうし」


 立て続けに違う変身をさせられた真澄はくたびれて眠ってしまった。

「まぁ五時までやっていた扱いにしてやろう。その分は吉野君から引きたいところだが」

「えーッ? でもこれでやっちゃいけないことがわかったじゃないですか。ご隠居の前にメイドで出したらロストバージンくらいはありえますよ。その危険を見抜けただけいいじゃないですか」

「……まぁいい。えー……」

 両親の前でおもちゃにしてしまってさすがに言葉のない課長。

「いいですよ。とにかく痛い目を見ればこれも自分がどれだけ因果な体質かわかるってもんです」

「でも酔った勢いで他所の娘さんを妊娠させたりはしないでいいわよ」

「妊娠させられるかもしれないだろうが」

「十月十日も酔っ払えるわけないでしょ」

 それが理由で過去に一生を女で過ごした先祖はいない。

 老夫婦は同僚たちに向かって改めて挨拶をする。

「なにかとご迷惑をかけると思いますが、ウチの『娘』をよろしくお願いします」

「確かに『娘さん』はお預かりいたします。どうかご安心ください」

 両親と同僚に娘扱いされているとも知らずに真澄は酔いつぶれて眠っていた。








 翌朝。代休日。





「アー…昨日はひどい目にあった」

 立て続けの変身で疲弊しての眠りだったものの、酔いそのものは軽くて朝には男に戻れていた酒井である。

 トーストをかじりながらコーヒーをすすっていた。さらに新聞も。

「タバコ増税で値上げ…か…酒も200%くらい税金かけてくんないかな」

 世界の酒好きをすべて敵に回しかねない発言であった。それほどまでにもう呑みたくはなかった。


 チャイムがなったのでインターホンで確かめると桜子だった。

「とりあえずあがっちゃってください」と扉を開ける。

 桜子はリュックサックをしょっていた。

「なに? この荷物」

 猛烈に嫌な予感が。

「うん。昨日の続き。安心して。ちゃんとつまみもあるから。ウォッカでしょ。ジンでしょ。テキーラでしょ」

 色とりどりの酒瓶を並べ始める。酒井は思わず叫ぶ。

「酒税300%希望!」と

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