はい、バリア破壊ー! :約2000文字
ある日の昼下がり、アパートの二階の部屋で男はふいに目を覚ました。
カーテンの隙間から午後の陽射しが細く差し込み、床の一角をまばゆく照らしている。窓の向こうからは子供たちの明るい声が響いてきていた。
どうやらその声に起こされたらしい。だが、この感覚。まだ眠れる。今日は久しぶりに取った有休なのだ。有効活用せねば――果たして二度寝がそう呼べるのかは、我ながら怪しいところではあったが。
男はそんなことをぼんやり考えながらふっと笑い、再びまぶたを閉じた。
「○○菌!」
「わああ!」
どうやら小学生らしい。ちょうど下校時間なのだろう。声の数や調子からして、何人かでふざけ合いながら帰っているようだ。
鬼ごっこか、はたまた最近流行りの遊びか。何をしているのかはわからないが、まあすぐに通り過ぎるだろう。
どこか窓の外へ引っ張られつつも、男は意識を下へ下へ、眠りへと沈めていった。
「タッチー!」
「残念、バリア!」
声が近い。ちょうどこのアパートの前でやっているようだ。早く行ってくれないものか、と男は眉をひそめた。
「はい、バリア貫通ー!」
「二重バリア! 無敵でーす!」
「細菌兵器だぞー! バリア効かねーし!」
「残念、効きますー!」
「じゃあバリア破壊ミサイル発射! ゴシュウウウウ!」
「はい残念! デコイ発射! パララララ!」
まずいなあ、ちょっと頭が冴えてきたぞ……。頼むから早く通り過ぎてくれ……。
男はそう思い、やれやれとため息を一つこぼした。
そのときだった。
――ドン!
窓の外から鈍い音が響いた。
男は思わず目を開け、窓のほうへ顔を向けた。
「第二、第三ミサイル発射!」
小学生たちは相変わらず、すぐそこで騒いでいるようだ。
壁でも蹴ったか――男は小さく息をついた。音の位置からして、おそらくアパートの向かいにある住宅の塀だろう。はしゃぎすぎだとは思うが、わざわざ窓から顔を出して注意するほどでもない。
男はそう結論づけ、再びまぶたを閉じた。
「迎撃ミサイル発射ー! ギュウウウウン!」
――ドン、ドン!
またしても鈍い音が響いた。窓ガラスがかすかに震え、ぴしっと小さな家鳴りがした。
地面を思いきり踏みつけた――いや、その場で跳び上がったのか。で、たまたまその瞬間に風が吹いた……か。
男は低く唸り、体をずりっと窓と反対側へずらして背中を向けた。
「くっそー! バリア切断超速レーザー砲、発射! キュイイイイン!」
「かわした!」
ガシャン! と何か硬いものがアスファルトに倒れ込む音が響いた。それに続いて、バサッと葉のついた枝が地面に落ちたような音も聞こえた。
自転車に乗った年寄りが転んだのだろうか。それから、近くの家で庭木の手入れでもしていて、切り落とした枝が地面に落ちたのか。自転車ではなく、その作業に使っていた脚立が倒れたのかもしれない。
男はぐっとまぶたに力を込め、眠りの綱を手放すまいと意識を窓から引き剥がそうとした。
「かわせねーし!」
「かわしたしー!」
「あーもういいよ! バリア破壊超最強爆弾、投下! これ地球ぶっ壊れるから! ゴゴゴゴゴゴゴ!」
「五重バリア……展開! ブオオオオン!」
――ガチャン!
今度は明らかに何かが割れた音がした。
男は思わず上体を起こし、窓のほうを向いた。
とうとうやりやがったな、悪ガキめ……。
さすがに眠気は引っ込んでいた。男は大きく息を吐くと、床に膝をつきながら、ずりずりと窓へ歩み寄った。
カーテンを開けると陽射しが一気に差し込んできた。男は目を細めながら網戸を開け、窓から顔を出した。
だが、そこには誰もいなかった。
先ほどまであれほど騒いでいた小学生たちの姿は道のどこにも見当たらない。左右を見渡しても走り去っていく姿はなく、住宅の陰から声が聞こえてくることもない。騒々しかった通りには、拍子抜けするほど普段どおりの静けさが戻っていた。
やはり何かを壊して慌てて逃げたのだろうか。男はそう思い、近くの家の窓や道路脇に視線を走らせたものの、それらしき破片や残骸は見当たらなかった。
下の階の窓だろうか――だとしても、おれには関係のない話だ。
男はそう結論づけると網戸を閉め、大きくあくびをした。
――ギュイッギュイッギュイッ。
そのときだった。突然、耳障りな電子音が鳴り響いた。
男はびくりと肩を揺らし、反射的に音のしたほうへ顔を向けた。
音の出所は枕元に置いたスマートフォンだった。緊急アラーム。地震速報だろうか――そう考えた男は、スマートフォンを確認しようと一歩踏み出しかけた。
だが次の瞬間、はたと動きを止めた。
同じ音が窓の外からも聞こえてくる。それも一つや二つではない。隣の家、下の部屋、向かいの家、さらにその先の道路――まるで繁殖期の蛙が一斉に鳴き立てるように、幾重にも重なり合い、あたり一帯を埋め尽くしていた。
さらに今度は空を裂くような轟音が頭上から響いてきた。低く唸るようなその音はどんどん大きくなっていき、建物全体を揺さぶり、窓ガラス、肌までもがびりびりと震えた。
男は慌てて網戸を開け放ち、窓の外へ顔を突き出した。
「ば、バリア……」
男はぽつりと呟いた。
視線の先には、真っ白な航跡を引きながら地上へ向かって落ちていく、一基のミサイルがあった。




