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終末の地で 詩龍と巫女が還る時  作者: ask


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始まりの港

一週間程前 ルクセリア卿国近海


 ルクセリア卿国は、オスレリア大陸中央のダグザという地域の中心に浮かぶ海上国家。先代のルクセリア国王が十年前に亡くなってからはルクセリア•トレス女王がこの国を建て直した、ともっぱらの評判だ。

 ただ、海上に巨大に浮かぶ移動都市でもある為か、年々自然災害の脅威にもさらされている。

 だがそんな過酷な環境に負けじと国民はとても活気があり逞しい。これはこの国が希少な「音楽」を生活の一部としている者が他国と比べて多い事も大きい。

 

 俺は、港から出るとすぐに──二日後に迫るパレードの準備で賑わう街並みに安堵感を覚えた。この世界にもまだ、こんな光景がある──久しく見なかったその景色に心が自然と惹かれ、笑みが溢れた。

 歩きながらゆっくりと商店街を抜けていくと、少し落ち着いた雰囲気の専門店が立ち並ぶ区画に入っていく。迷わずに歩みを進め──向かう先はこの国随一の「調律師」の構える「月」がトレードマークの建物だ。


「十年──か…変わらずに居てくれるといいんだが…」


 静かに扉を開けると、そこには様々な楽器が数多く展示され隅々まで整備が行き届いているのが一眼でわかる。そう、ここはルクセリア一番の調律師が構える店なのだから。


「──いらっしゃい。パレード前だし忙しいから試奏する時は声をかけて……」


 全身を鍛え抜いたその厳つい体を大きく乗り出し、男は店内にやってきた俺に大きく目を見開いた。

 そう、()()()()()()()()()()、いるはずのない男を驚きと懐かしさの混じった目で歓迎してくれた。


「──ソウナ...?」


 俺たちの邂逅は叶うことのない夢として──事前に報せてなどは勿論いない。心構えなどあるはずもない。

 彼はカウンターから身を乗り出すと、年月は見えない障壁として二人の間に陣取りながら──自身の気持ちの整理がつかぬままに、淡々と俺は口を開いた。


「あの時のままだな───ゴズ。安心したぞ?」

「ソウナ!!」


 本当に、再会出来た。

 もう誰にも──会う事は叶わないと思っていたのだから。


「逞しくなったな──あの時の少年の細腕とは思えないよ」

「てめえには言われたくねえなっ...!一体何年振りの…いや!んな事より、何時戻ったんだ!?」


 平然を装ったつもりだった――が、実際は、俺を受け入れてくれないんじゃないか──そんな不安が過ったのは事実だった。俺は()()()、お前達を置いてルクセリアを後にしたのだから。怖く無かった──と言えば嘘になる。十年ぶりの再会に、もっと気を利かせた言葉は出てこないのか、とゴズは自身にぼやいていたが、それは俺も同じだった。


「──ちょうど、今し方着いたところだ。フィラッチェから船で来たよ。ここは変わらずでいいな…街行く人達の表情も明るい」


 ゴズは驚きから平静を装い取り繕おうとしているが、それと同時に言葉を慎重に選んでいるようだった。無理もない。嫌でも避けては通れない話題もある。


「──お前さんが出て行ってからもう…十年くらい経つか――ルクセリアにいる時だけは、羽を伸ばしても良いんだぜ。此処には()()()も干渉はして来ない」


「──そうだな」


 相槌を打ちながら、俺は店内の無数の楽器を見渡して──この国に音楽が根付いている事に自然と笑顔が溢れた。帰ってきた場所が、思っていた通りに──元通りとなり、前へ進んでいる。


「──ソウナ…見た目は──その変わってねえが…なんつうか少し――変わったな」


 ゴズはまじまじと此方を見ながら、少し驚いた様な様子だ。


「そうか…?一人で旅を続けてきたしな…正直、この国の今の熱気にあてられて、浮ついている自覚はある。俺だってこれでも()()やってんだぜ?」


 自分の親指で胸を指しながら答えた。

 そう──俺は、()()人でいられている。


「へっ…そうだったな。そうだ、良いタイミングで帰ってきたぞ。知ってるか?明日はルクセリア・トレス就任から十年目の節目だ。まぁ…当然折り込み済みか」


「…いや、それがな……本来この国に脚を踏み入れるつもりはなかったんだが──」


 ゴズは顎に手をやりながら、まじまじと此方を改めて定める様に、確かめる様に確認し、目を細めた。

 その視線の移動は決して不快なものでは無い。品定めとは違う、かつての友人の無事を安堵し、少しの驚きと共に家族を想う。そんな眼だ。正直な所、少し照れ臭ささえ感じる。


「まぁいい──ソウナ。泊まるとこはあるのか?もうこの時期は何処も埋まってるぞ。家で良ければ泊まっていってくれ。アイツも喜ぶ」


「…それなんだがな。以前一つだけ──俺が借りていた屋敷はまだ残っているか?──この区画の先にあった筈だ」


「以前って…十年前だぞ」


「そうだよな…()()()()事は()で確認してるんだ。結界も敷いているし人目には付かない筈──」

 

「言うなれば秘密の隠れ家ってヤツか?ははっ…!相変わらずぶっ飛んでるな。十年維持する結界とか流石だよ。大通り抜けた方の旧市街の方だろう?あそこは──当時のままに慰霊碑を建てたくらいだ。当時の建物は残っているものも多い。結界を施していたのなら大丈夫だろ」


「分かった。後で確認しに行くよ。それと──せっかく来たんだ、何か弾いて行ってもいいか?」


「ああ、もちろんだ。()()()あるぞ。お前の」


 俺は指先に軽く力を込めると、蒼い粒子状の「脈」を全身に纏わせる。

 集まった粒子がうっすらと身体に馴染んでいくと、同時に、一台のピアノが奥の方から旋律を奏でた。

 久しく眼にするその力の顕現はゴズにとっても嬉しさ半分、悲しい過去を思い出すきっかけが半分、というところだろうが──こればかりは致し方ない。


「…処分せずに置いておいてくれたんだな」


 俺は身体から発現した脈がたどる軌跡を追いながら、ゆっくりと楽器の方へ店内を進んだ。

 其処には一台の古めかしいピアノがあった。隅々まで手入れされているのが一眼で分かる。ゴズに感謝しないといけないな。

 包まれた上質なピアノカバーを外し、指先で撫でると杢の香りがした。

 椅子に腰を下ろし鍵盤を見つめると──やはりと言うべきか。とても懐かしい記憶が脳裏をかすめていく。蓋をした筈の記憶──。

 暫く微動だにせず、只々黙って鍵盤を見つめていると「──弾かねえのか?」とゴズがこちらを覗き込んだ。


「あぁ…そうだな」

 

 旋律の数は多くないが──何度も同じ旋律を、伴奏を変えながらゆったりと気の向くままに──俺たちの間の僅かな沈黙を破る様、旋律の隙間を縫って階上から明るい声が響いた。


 「ゴズ──?そのピアノ──」


 階上から声と共にゆっくりと降りてきた細身の女性。

 金色の髪に差し色の白が特徴的な少女──いや、今はもう立派な大人の女性のそれだった。

 差し色の髪の束が視界を無造作に覆い驚きの表情のまま──時が止まった様に階上で動きを止めた。手にしていた調律器具が、力の抜けた指先から、ゴトン、と静かに音を響かせて。


 

「──ソウナ……?」


「見違えたな。挨拶が遅くなっ──」


△▼△▼

 

 私には、一人だけ特別な人が居る。

 ()()()()、ゴズとは結婚をして二人でこの店を切り盛りしてる。

 私は父と母から継いだ料理の腕を活かして、お店を始めた。

 ゴズが構えるお店の二階を店舗にして、二人で少しずつ歩みを進めて、この国で生きて行くのを決めた。

 当時のことを考えると、ルクセリアを出ていこうとは考えなかった──と言えば嘘になる。けれど、()()が居るこの国を離れられなかった。私達まで居なくなったら──()()()は本当に一人になってしまうから。

 

 いや、違う。ソウナ達との繋がりが──途絶えてしまう気がして怖かったんだ。この場の誰もが同じだったと思う。

 もしまた会えたのなら──希望とは裏腹に、もし会う事が叶うのなら、どういう表情で迎えればいいのだろう。そんな事をたまにゴズと良く話していた。会った時は絶対に泣かない、沢山笑ってもらうんだって。でも、心の準備は出来ないままに時間だけが経って──その日は突然やってきた。

 

 言葉を言い切るよりも早く、階段から駆け降りて胸に飛び込もうと──彼の目の前まで近づくと、浅くなっている呼吸と感情が一斉に溢れてきて──だが、彼の胸には飛び込めなかった。

 

 怖い。

 私の知らないソウナになってしまっているんじゃないか──。

 十年越しに目の当たりにした彼の前で立ち止まって、表情を歪ませる私のそんな様子を見て、彼はそっと私の肩に手を添えると、優しく微笑んでくれた。湧き上がってくる感情の向かう先がわからない。ただただ、どうしていいかわからない感情はそのままに。溢れてくる涙を必死に堪えようとしながら、気付けば静かに涙が溢れた。


△▼△▼


「すまない……いつも泣かせてばかりだ」


 申し訳なさそうに銀髪の青年は眉を顰めてこちらを窺っている。


「元気そうで…本当に…!ソウナは、あの時のまま…会いたかった…!」

 

「ソワレ――俺も二人にまた会えて嬉しいよ。本当は受け入れてくれないんじゃないかって。少し不安もあったんだ。その…あの時は済まなかったな…」


「私も…ゴズも…!絶対にそんな事しない…よ…!バカ…」

 

「そうだぜ、ソウナ。ったくお前はうちの嫁泣かせてばっかりなんだからちったぁ反省しろ」


 ゴズは意地悪く此方を見てそう告げるとその場は笑いに包まれて、しばし穏やかな時が流れた。


 △▼△▼

 

 俺の見た目は、ある時から全く変化していない。

 驚いて当然の事だ。改めて時間を越えて友人に会うと、こうも寂しさを感じてしまうのはどうしてだろう。そう、それは()()()()()代償として背負う「不老」という、呪いのせい──。失った友人達が殆どの中、長い年月をかけて再会出来たのはゴズとソワレが初めてだった。



 

 この国を、滅ぼしかけた原因となった俺を──



 

「本当に変わらずで…ふふっ、うちの筋肉バカにも...半分分けてよ」

「──ソワレ!俺の身体は趣味でやってんだ!」


 「はいはい」と相手にされずにゴズは顰めっ面をさらに皺深く鼻筋から刻んでいる。

 二人は以前、俺がルクセリアに滞在していた時に、知り合った今では数少ない友人達でもある。だが同時に、ある事態にも巻き込んでしまった二人だった。


「ふぅ…ふー…」

 少し大袈裟に呼吸を整える素振りを見せた。今は素直に再会を喜びたい。

 

「落ち着いてきた...ソウナ!今日はウチに泊まってくよね!一人分も二人分も食事なんて変わらないよ。せっかく会えたんだよ、お祝いしなきゃ!」


「ははっ…久しぶりにソワレの手料理が食べられるし、断る理由もないな」

「決まりだね!じゃあアタシ食材少し買い足してきたいから、出てくる!」


「──今から行くのか?パレード準備で何処も混み合ってるぞ?」

「うん、せっかくソウナ来たんだよ?ご馳走作りたいじゃない」


「ソワレ、手伝うよ。俺も――街を見て回りたいんだ。寄っておきたい場所もある」

「いいの...?!じゃあゴズはお留守番ね!パレードで今から楽器を買う人なんて居ないんだから、閉めちゃったら?」


 ソワレの口から店を閉めるなんて言葉が出るとは思っていなかったゴズは困り果てた顔で顎に手をやり眉間に皺を寄せた。


「おいおい何言って──」


 だが言いかけてゴズは言葉を飲み込んだ。

 彼女がこんな笑顔を見せるのはいつ以来だったであろう。


「じゃあソウナ!これから夜になったらもっと人が出るから、これからすぐ行こうと思うんだけど…。あ、荷物はそこら辺に置いちゃって──さっ行こう!」


 私は、泣きはらした目元を袖で拭い、まだ活気のある市場へと目を細めながら店を後にした。

 ソワレは少し寂しそうな顔で、聞こえない様に──此処にはいない()()()()()()小さく何かを呟いた。ゴズはすぐに分かったが、ソウナは気づいていない様だった。

 彼の荷物の中に一つ──見慣れたヴァイオリンのケースを見たからだ。

 

 今はここにいない彼女の形見だった。


▼△▼△


 ソワレと共に商店街の方まで足早に進んでいく。

 周囲はパレードに向けての準備で活気と共に段々と慌ただしくなってきている。まるで、今までの事を急いで忘れようとしているような、人が前に進むと言うのはこう言う事なのだろうかと、俺は自問自答し少し視線を落とした。


「ソウナ…?」

「あぁ…すまない」


「──ソウナ…少し変わったね」

「…さっきゴズにも同じ事言われたよ。ちょっと浮ついてるかもな」


「──ふふっ。ねえ…今回は出来るだけ家にいて良いんだよ。ゴズだって嫌なんてもちろん言わない。私たちは、何があってもソウナの味方なんだよ。ちゃんと頼ってほしい」


「ああ、本当に二人には助けられてばかりだよ。ただ、こういう感覚が久しくて──」

 

「あ、あった!ソウナ、今日はラト鳥の蒸し焼きにしよ!!」

「ソワレの得意料理だな。たまに真似て作ってみるんだ。結果は想像通り、てんでダメさ」


 ソワレは振り返ると嬉しそうに、はにかんで此方を見つめ、表情を一段と輝かせた。


「──ふふっ。はい、ソウナ、これ持って」


 俺は荷物を受け取ろうとすると、服の袖から解けかけた包帯と共に傷だらけの──大きく紅い龍の牙の様な痣が少し顕になった。直ぐ様、平静を装って痣を隠す様に包帯を巻き直すが──その紋様にソワレは絶句し表情が強張った。

 

 言葉を慎重に、ゆっくりと選ぶ必要があった。

 それに傷というのも生温いこの──これ程までにひどい症状を見るのは、ソワレにとっても十年前の記憶が脳内を過ぎったのは言うまでもないだろう。そんな数年で治るのであれば、()()()()()()()()()()()()


「……ねえ…そんなに…悪いの」

「…済まない。食欲失せるよな。見えない様に隠して──」

「違うのっ……!!」


 私は、ソウナが隠そうとして袖口を引っ張ろうとするのを止め、腕を真っ直ぐに掴んで見据えた。

 自分の瞳が恐怖で少し──揺れているのが分かる。泣いてはダメだ。

 伝えたい事や聞きたい事が沢山ある。それを笑顔で笑って聞いてあげたい。辛い過去を涙で色付けたくない──だけど、今は素直に再会を喜んで彼の荷物を少しだけでも預かってあげたい。


「それはソウナがこの十年、一人で抱えてきたもの。否定はしない……。()()は受け入れてるから。よしっ!ごめん!取り乱しちゃった。今日は美味しいものたくさん作るから!旅の話聞かせてよ?」


 私は、荷物を取り返すと胸の前で抱え直して、少し足早に駆け出した。

 この十年何があったとしても私はしっかりと支えたい、と思った。

 食材を手早く購入すると真っ直ぐに、ゴズの待つ自宅へと向かった。

 道中の歩き方や所作から、この十年──彼の容体はあまり良くなっていないのではないだろうか──?そんな予感は的中してしまった。

 私は呼吸が苦しくなるのに何度も耐えながら、他愛も無い話をして──店までの帰路を必死に誤魔化した。

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