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ゲームのヒロインでも悪役でもない私が、モブキャラに縁談を申し込まれましたが普通に幸せになりたいです

作者: 桜木ひより
掲載日:2026/03/23

幼馴染に婚約解消を申し込まれたとき、私が最初に感じたのは「ああ、やっとか」という疲弊と、わずかな解放感だった。


私はエリーゼ・フォン・クロイツァー。

公爵家の長女として生まれ、六歳のころからカルロス・フォン・アルヴァレス侯爵家の嫡男と婚約を結んでいた。


幼馴染の婚約者。乙女ゲームの世界によくある設定だ。


いや、実は本当にその通りで……この世界は私が良くプレイしていたゲームの中…らしい。


そう、私は前世の記憶を持っている。

まあ、正確には「取り戻した」と言うべきかもしれない。



今から六年前、十二歳の私は高熱で倒れて意識を失っていたようで…。


そして、目覚めた瞬間に前世の記憶が戻ってきた。


まあ転生ものの定番展開ね。


そして私が転生したのは、友達とよく遊んだ恋愛乙女ゲーム「緋色の誓い」の世界だった。



私の記憶だと、主人公でプレイヤーに当たるのが平民出身の聖女ルーナ。


攻略対象は四人いて、そのうちの一人がカルロスだった。


彼は幼馴染の婚約者を問答無用で捨て、前向きで純朴なルーナに惚れ込む。


ゲームのシナリオ通りなら、私、エリーゼは捨てられる側だ。


捨てられる未来がわかっていたから、記憶を取り戻してから六年間、私はずっと「どう対処するか」を考えながら生きていた。


もちろん、カルロスとの関係をもっと親密にしようとしたこともある。


しかし彼は年を経るごとに無口になり、私と目が合うと困ったような顔をするようになった。




その時点で答えは出ていた。私は今はゲームの中の登場人物に過ぎない…もうシナリオは変えられない。


 だから、婚約解消の申し込みが来たとき、私はすごく冷静だった。



「エリーゼ、すこし話がある」


 春の中庭。薔薇がちょうど咲き始めていた。

カルロスは私の向かいに座り、一度だけ咳払いをしてから言った。


「…婚約の解消を、お願いしたい」


彼の表情は硬かった。

次の言葉が出てくるまで数秒固まったままだった。


「申し訳ない。……子供のころから一緒にいたのに、こんな形で」


「ええ…でも、理由を聞かせてもらえますか」


私は穏やかな声で尋ねた。


カルロスは少し驚いた顔をしていた。

怒鳴られると思っていたのかもしれない。


「……好きな人ができた」


「最近話題の聖女様ですか?」


 「……」


長い沈黙。

返答はなかったけれど、それが答えだった。


「…わかりました」

 私は一礼し、立ち上がって彼の顔を見ながら話した。


「解消に同意します。ただ、書面での手続きは正式に行ってください。

家同士の縁談でもありますので、父を通じて侯爵家に連絡をいただけますか」


「……それだけか」


 カルロスが困惑したように言った。


「何か…他にあるのでしょうか?」


「いや…急にだったから、怒ったりしないのか」


「怒っても仕方がありません。

貴方が別の人を好きになったのは、私にはどうにもできないことですから。

恋愛結婚でもありませんでしたし、それが貴方の望みであれば反対はしません。」


 彼は何かを言いかけて…辞め、しばらく俯いていた。


「……すまなかった、エリーゼ」


「謝罪は結構です。ただ、ルーナ様を大切にしてください。

彼女が幸せなら、私はそれで十分です」


最後の一文は、半分本当で半分嘘だった。

もちろん、彼女に恨みはない。


ただ、「十分」かどうかは正直、私にはわからなかった。



その日の帰り道、馬車の中で窓の外を眺めながら…私は静かに考えていた。



自分でそこまで動揺はしていないと思いながらも、身体は動揺していたらしい。

身体にどっと今までの疲れのようなものが降りかかってくる。


記憶を取り戻して、この世界がゲームの世界だとわかってはいたものの…


今まで生きてきた時間は前世と同じ、本物の人生だ。

カルロスと出会った今までの時間は、決まっているシナリオの前では無駄だったのだろうか。



そんなことを考えながら実家に帰ると、父は既にこの話を知っていたようだった。

早くも侯爵家から使者が来ていたらしい。


「エリーゼ…大丈夫か」


「大丈夫です、お父様」


「あいつに怒っていないのか?」


「怒っていません」


 父は私の顔をしばらく眺めて、それから深いため息をついた。


「……お前は昔から、感情を表に出さない子だった」


「お父様とお母様が公爵家の令嬢として、きちんと育ててくださったからです」


「そういうことを言いたいんじゃない」


父は椅子を引いて、向かいに座った。


「こういう時はな、怒っていいんだぞ。

泣いていいんだ。はあ、全く…カルロスの奴はうちの娘に…」


「お父様」


 私は遮った。


「私はこの十八年間、幸せでした。選択肢がなかったとしても、この家で育てていただいて、教育を受けて、友人もいて…。

婚約が解消されたことは残念ですが、それが全てを否定することにはなりませんわ」


 父はしばらく黙っていた。


「……強い子だ。誰に似たのか…」


「…強くはありません。ただ、泣く理由がわからないのです」


正確には、泣いていいのかどうかがわからなかった。


カルロスを愛していたかと聞かれると、確信がなかった。


彼のことは幼馴染として好きだった。一緒にいるのが当たり前だった。


でもそれは愛だったのか、慣れのようなものだったのか、今となっては区別がつかない。




婚約解消の知らせは、予想より早く社交界に広まった。

両家とも大きな家だ、まあ想像通りだ。



翌週の夜会で、私に声をかけてくる人間はあまりいなかった。


婚約者を失った令嬢に近づいても得がない、と計算している人間の方が素直で好きだ。


余計な同情より、正直な打算の方が扱いやすい。




ひとり、夜会の隅で壁際に立っていると、隣に誰かが来た。


「失礼します。フォン・クロイツァー嬢ですね」


振り向くと、背の高い男性が立っていた。

濃い茶色の髪で、落ち着いた表情をしていて、私よりは何個か年上に見える。


両方の記憶の中でも、あまり見覚えがない人間だった。


「そうですが、どちら様でしょうか」


「グスタフ・フォン・ヴァルデンシュタインと申します。辺境伯家の次男です」


…ヴァルデンシュタイン辺境伯家。

少し聞いたことがあるかもしれない、王国の北方を守る武家の一門か。


社交界にはあまり出てこない家柄だ。

私がぱっとわからなかったのも当然かもしれない。


「何か…ご用でしょうか」


「少しお話をお聞きしたいことがあります。

よければ、一緒にテラスに出ませんか?」


「構いませんが、理由を教えていただけますか」


「うちの弟から話を聞きました…エリーゼ嬢、貴方のことを」


 弟?


「弟さん、というのは?」


「ロベルト・フォン・ヴァルデンシュタインでございます。ご存じですか」


私は少し考えた。


ロベルト・フォン・ヴァルデンシュタイン。

ゲームの中で名前を見た記憶があるかも…


攻略対象じゃなかったけど、確か登場人物の一人に同じような髪色のキャラがいたような?


「王立学院の学生でしたか」


「そうです。同じクラスで、エリーゼ嬢のことをよく話していました。

婚約解消の話も、弟から聞きました」


 グスタフ・フォン・ヴァルデンシュタインは、静かな声で続けた。


「もし御意向があれば、弟との縁談をご検討いただけないでしょうか」


 私はしばらく沈黙した。


「……い、今、何とおっしゃいましたか」


「縁談のご相談です。はっきり言うと、弟がエリーゼ嬢に好意を持っているのです。

それを知っていて放置する兄になりたくないので、直接うかがいに来ました」


驚くより先に、思い出して考える。


ロベルト・フォン・ヴァルデンシュタイン。

ゲームの攻略対象ではない。


たしか、テキスト上の登場人物として数回出てきた名前……


そういえば、ゲーム内で主人公ルーナに対して「エリーゼ嬢を大切にしてください」と言うシーンがあった気がする。


あれは、この伏線だったのか…


「グスタフ様…ロベルト様は、私のどんな点を評価してくださっているのでしょうか」


グスタフは少し考えてから答えた。


「カルロスの婚約解消を静かに受け入れ、感情的にならずに筋道を立てて対応された。

弟はその場に居合わせたわけではありませんが、後で侍女から話を聞いたそうです。それで、改めて嬢のことが気になったと」


「侍女から話が伝わるとは、随分と噂の早い社交界ですね」


「おっしゃる通りです。申し訳ありません」


グスタフは苦笑した。その表情は、少し人間らしかった。


辺境伯家の人間にしては…と思ったが、そんな偏見は失礼だと自分でたしなめた。


「すぐにお返事はできません」


「もちろんです。ご考慮いただければ」


「ロベルト様について、教えていただけますか?どのような方ですか」


「騎士団に入る前に王立学院に通っています。今年で卒業予定です。

剣の腕は私より上です。口数は少ない方ですが、嘘をつかない人間ですよ」


「…そうなのですね。グスタフ様から見て、ロベルト様はどんな人なのでしょうか」




「……誠実な人間です。一番大事なことですからね。」


グスタフはそれだけ言った。



家のためにも、後々また婚約者がいた方が良いのは事実だ。

辺境伯家だけれど、独り身よりかは良いだろう。


ゲームの中では捨てられた後のエリーゼは描写されてないし、こんな感じで適当に婚約して暮らしていたのかも。


まあ私は平和なら何でもいいけれど…





ロベルト・フォン・ヴァルデンシュタインに直接会ったのは、翌月の王城での昼間の茶会だった。



グスタフが取り次いでくれて、ただ一度だけ顔を合わせる機会を作った。

縁談の前に、一度話したかったからだった。




会ってみるとわかったが、ロベルトは確かに口数が少なかった。


背は兄より少し低く、短い黒髪で、目の色が深い青が印象的だった。

向かいに座って、しばらく黙っていた。



私も、なかなか話題を出しにくくて黙ってしまった。


いくらか経って、ロベルトが言った。


「……あの、実はとても緊張しています」


なんだか正直な人だと思った。


「私もです」


「そ、そうは見えません」


「見えないようにしているだけです」


ロベルトは少し目を見開いた。

それから、かすかに口元が緩んだ。


「なんだか少し安心しました」


「どうして」


「完璧な人だと、どう話しかけていいかわからなくなりますから

同じ様な人であれば、緊張せずに話せます」


私は少し考えてから、正直に言うことにした。


「ロベルト様、私は一つ貴方にお伝えしなければならないことがあります」


「何でしょう」


「カルロスとの婚約を解消されて、まだ二か月経っていません。

私自身がどう感じているかを整理しきれていない部分があります。

それでも縁談のご相談に乗っていただくのは、フェアではないかもしれないと思ったのです」


ロベルトはしばらく考えてから言った。


「それは誠実な発言ですね」


「すみません、うんざりさせましたか」


「いいえ」


 彼はまっすぐ私を見た。


「もちろん、うんざりなどしませんよ。ただ、その整理の邪魔にならない関係になればいい。それだけのことです」


 私は少し驚いた。


「焦らなくていいということですか」


「はい」


「縁談なのに?」


「縁談はゴールではなく手段ですから。

目的は、お互いが一緒にいることで生きやすくなることだと私は思っています。そこから逆算すれば、急ぐ必要はないと思います」


変わった人だ、と思った。

武家の次男で、騎士団入りを控えていて、縁談に来て焦らなくていいと言う。


「優しい方なのですね。

そういえば…ロベルト様は、なぜ私に関心をお持ちなのですか?」


「…正直に言ってもいいですか」


「ぜひ」


「カルロスの婚約解消の話を聞いたとき、エリーゼ嬢の対応を耳にして……

あの状況で感情的にならずに相手の幸せを願えるのは、何かを諦めた人か、本当に強い人か、どちらかだと思いました」


「諦めた人でも構わなかったのですか」


「それでも良かった。でも今話してみて、諦めではないとわかりました。

ただ、自分の感情を言葉にする習慣がご自身の中にないだけだと思います」


 私はしばらく沈黙した。


「……正確に見ていますね」


「違いますか」


「合っています。怖いくらいに」


 ロベルトは少し考えてから言った。


「それは良かった。

怖いと思えるくらい、人の目を気にしているということですから」


「それがなぜ良いのですか」


「感情がないわけじゃないということです」


 私は少しの間、黙った。


「……ロベルト様は、変わった方ですね」


「よく言われます」


「褒めています」


また、口元が緩んだ。

今度はもう少しはっきりとした笑顔だった。



カルロスがルーナと正式に婚約を発表したのは、その翌月のことだった。


社交界は少し騒がしかったようで…


聖女との婚約というのは格式としても異例で、侯爵家と聖女という組み合わせに賛否が出たらしい。


私にはもう直接関係のない話だったが、茶会で何度か話題に出た。


「エリーゼ様、大丈夫でいらっしゃいますか」


 茶を注いでくれた侍女のマリアが、遠慮がちに聞いた。


「ええ、大丈夫よ」


「……カルロス様の婚約発表、お耳に入りましたか」


「入ったわ」


「お辛くは…ありませんか」


 私は少し考えた。


「……正直に言うと、よくわからないのよ」


 マリアが驚いた顔をした。


「辛いのか辛くないのか、自分でも区別がついていないの

ただ、何かを失ったような気はしている。

何を失ったのかは、まだわからないけれど」


「それは……」


「でも、前に進める。それはわかっている。

それで十分だと思っているの」


マリアは少し複雑な顔をしてから、「エリーゼ様らしいです」と言った。



らしい、というのがどういう意味なのかはわからなかった。

でも今は、それでいいと思った。



その夜、ロベルトから短い手紙が届いた。


〈今日発表があったと聞きました。

何か苦しいとき、吐き出したいときは、遠慮なく知らせてください。静かにあなたのそばで聞くことならできますから。

ロベルト・フォン・ヴァルデンシュタイン〉


 私はその手紙をしばらく眺め、それから筆を取り、返事を書いた。


〈ご心配頂きありがとうございます。機会があれば、遠慮なく頼らせていただきますね。

エリーゼ・フォン・クロイツァー〉


少し硬い文面だと思ったが、これが私の今の精一杯だった。






縁談を正式に受けることを父に告げたのは、梅雨が明けた頃だった。


「最近仲が良い、ヴァルデンシュタイン家の次男か」


「はい」


「少々急ぎすぎではないか」


「急いでいません。四か月かけて考えました」


 父はまた、私の顔をじっと見た。


「好きなのか」


 私は少し考えた。


「わかりません。でも、一緒にいると話しやすい。それは確かです」


「それだけか」


「今はそれだけです。でも、それ以上かどうかはこれから見ていけばいいと思っています。最初から完璧な形で始まる関係はないでしょう」




「そうだな。……お前がそう言うなら、信じよう。私から侯爵家に連絡を入れる」


「ありがとうございます」


「カルロスのことは、もうひっかかっていないんだな」


 私は静かに答えた。


「ひっかかっていないかどうかは、正直まだわかりません。

でも、前を見ることは決めました」






後日、カルロスから一通の手紙が届いた。


 改まった文体で、「エリーゼとヴァルデンシュタイン家の縁談の話を聞いた」「よかった」「幸せになってくれ」という内容だった。



最後に「俺はあのとき、本当に申し訳なかったと思っている」と一行加えてあった。



私はその手紙を読んで、しばらく机の前に座っていた。



申し訳なかった、という言葉が胸に刺さるかと思ったが、そうはならなかった。

むしろ、少しだけ息が楽になった気がした。


 

彼が後悔しているのは、捨てたことへの罪悪感かもしれない。

それでも、誠実に言葉にしてくれたことは悪くなかった。




返事は書かなかった。

書かないことが、今の私の答えだった。


引き出しにしまった手紙の隣に、ロベルトからのもらった最初の手紙がある



二つの手紙を並べて眺めながら、私はようやく少しだけ、涙が出そうになった。




泣く理由がわかった気がした。


単純なことだ。悲しかったのではなく、ずっとひとりでいたのだ。

誰かにもたれかかることを、自分に禁じてきたのだ。




今まで、ひとりで全部引き受けて、ひとりで全部消化してきた。

感情を持つことより、正しく振る舞うことを優先してきた。




それが、解けていく。ゆっくりと、確かに。



秋の終わり。ロベルトが騎士団に入団する前日、二人で王城の庭を歩いた。



「明日から本格的に訓練が始まります」


「そうですか、なにか危険はあるのですか?」


「訓練なので、あまりないはずです」


「あまり、というのが引っかかりますが」


ロベルトは少し笑った。

最近、笑う回数が増えた気がする。


私と会うたびに、表情が一段ずつ増えていく、という感覚がある。


「エリーゼ嬢は心配症ですね」


「心配性ではありません。事実を確認しているだけです」


「その区別は私にはわかりません」


「私もわかりません」


 二人で少し笑った。並んで歩いていると、不思議と落ち着いた。


「ロベルト様」


「はい」


「一つ、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「私のことを、気に入ってくださっているのはなぜなのですか?

婚約解消をうまく対処したから、という最初の理由は聞きました。

でも、それから四か月会って…今もそう思っていますか」


ロベルトはしばらく歩きながら考えた。


「もちろん、理由は変わっています」


「どう変わりましたか」


「最初は、あの場面での対応に感心した。

でも今は……エリーゼ嬢が、自分で思っているより温かい人だということを知ったから、です」


「私が温かい?」


「はい。気づいていないだけで。」


「……気づいていないのに、どうやってわかるのですか」


「言葉の端に出ます。侍女の名前を全員覚えていて、それぞれに声をかけている。茶会でひとりでいる人間に、自然に話しかけている。

気にかけていなければできないことです」


私はその指摘に、少し驚いた。

無意識にやっていたことだった。


「それは……習慣です」


「習慣になるのは、もともとそういう人間だからです」


並んで歩きながら、私は空を見上げた。秋の空で、高くて澄んでいた。


「ロベルト様は、褒め方が独特ですね」


「悪い意味でしたか」


「いいえ。的確すぎて、少し困ってしまうだけです」


「困らせるつもりはありませんでした。申し訳ありません」


「謝罪は不要です」


 少し間があった。


「……嬉しかったです、正直に言うと」


「そうですか」


「ええ。誰かにそういうことを言ってもらったのが初めてだったので」



ロベルトは何も言わなかった。

ただ、横を歩く気配が少し近くなった気がした。


長い秋の夕暮れが、庭に差し込んでいた。


公爵令嬢として生まれ、婚約者に捨てられ、それでも前を向いた私の物語は、どうやらまだ続くらしい。




ゲームのシナリオには描かれていなかった続き。

攻略対象でも、ヒロインでもない私のための物語。


それが、今日から始まるのだと思った。




ゲームでは、ヒロインが攻略対象たちに囲まれながら人生の答えを見つけていく。

でも私は攻略対象でも、ヒロインでも、悪役でもない。

ただの、転生した一人の女の子だ。


それでいい、と思う。むしろそれで正しい。

自分の物語くらい、自分のための形で続いた方がいい。

夕暮れの中を隣で歩く人間が、私を正確に見てくれているなら、それだけで十分な始まりだ。

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