9.断崖エレベーター
直径が、恐らくだけど60センチはあると思う。
「よし、行くぞ。そーれっ!」
長さは目測で5メートル。この超重量物質を、どうやってここまで持ってきたのか。
ただなんだろう。普通に6人で持ち上げてるんだけど。
「「「「どっせーい」」」」
――――ズゴーーーン!!
根元の加速器に向けて、鉄塊(杭)が叩き込まれた。地響きを響かせながら地面に突き刺さった杭は、地面から1メートルのところまで埋没。衝撃で舞い上がった火山灰が、辺りを白く染めた。
まさに、力業。
パイルバンカー(物理)は、圧倒的なパワーだった。
「いや、なんでやねん」
「どうした篤輝。そんな、エセ関西弁使うほどか」
「だって、え。なんで、僕を迎えに来て帰るって話だと、さっきの通信で理解したつもりだったんだけど」
「ああ、そうだぞ? もう少し作業したら帰ることに間違いないが」
僕が見ている前で、持ち手付き貨物コンテナから次々と材料が運び出されている。
いや待て、何だあのコンテナは!?
いわゆる大型トラックのコンテナ部分。全長が6メートルはある、そのコンテナの中には巨大杭が一本。さらに極太ワイヤーを始め、いろいろな機材が詰め込まれていた。
やがて4本目の杭が打ち込まれて、それを起点に何かが作られていく。
そんな光景を、呆然と眺める。いや、何だろうここ数日、周りに圧倒されることが多い気がする。
世界は週末の様相だけれど、そこに生きている人たちの行動力というか。
地上は確かに住むことができなくなっていて、人類の大半がほぼ地下に潜っている。でも、そんな中でも地上での活動を諦めていないみたいな。
「ねえ、何感傷に浸っているのよ。あなたも大概おかしいのよ?」
「……え、僕?」
「だってそうでしょう。わたしはここからスタートした景色しか見ていないけれど、普通だったら火山灰に埋もれた無生物の世界を、防護服を着ているとはいえ山歩きするなんて狂気の沙汰よ? 今日のが二回目のルートなのよね? 前回は独り?」
「うん……独りで、ここまで来たよ」
「なら確定ね。アツキは自殺志願者か、狂人か。もしくは天才とか運命とかチート人類の類いよね」
何も、言い返せないや。
「でもいいと思うわよ。それでも、生きているんだから」
太い金属ワイヤーが4本の杭に巻き付けられて、崖下に垂らされた。
コンテナは、恐らくここの拠点として活用されるんだと思う。少し離れた場所の枯れ木が抜かれ、均され圧縮された地面に設置された。
しかしこれはすごい。
防護服が、某ゲームのパワーアーマーのごとく、増幅された圧倒的な力ですべてを整えていく。無限電力を生み出すエリクシルの真骨頂が見えた瞬間だった。
まあ少なくとも、僕が着ている防護服よりも圧倒的に高性能だとは思うけれど。
「篤輝、待たせたな。下でキャビンが付けば、下りられるようになるぞ。ところで、キャンプから何か追加で指示でもあったのか?」
「連絡はしばらく無いかな。なんで?」
「そうなんか? 誰かと喋っていたからてっきり、教授の誰かと通信してたんだと思っていたんだが」
「えっと……」
「わたしと喋っていたのよ。直接会話するのは初めてよね。ミモザよ。よろしくねゴウダさん」
「………………はあっ!?」
まあ、そうなることは分かっていたけどさ。
大きく目を見開いたゴウダさんは、僕の腰元の保存ケースを指さすと、口をパクパクとさせた後、そのまま天を仰いだ。
額に手を――正確には、防護服ヘルメットの額の上に手を置いて、大きくため息をついた。
「いやあれだ、篤輝。お前らしいわ」
っていうか、なんで!?
僕が何かしたわけじゃないのに。何だか温かい目で見られた。
そして始まる、大男と小妖精の会話。
どこかに謎のシンパシーがあったのか、郷田さんはミモザと指先で握手していた。
「分かった。今さら、妖精の一人増えたところで誰も何も言わねぇだろうよ。エリクシルな機械の時点で世の中おかしいんだ。いずれにしろ、現場検証はこれからが本番なんだろう?」
「え……そうなの?」
「なんだ、もう空白の2週間は解決してたのか?」
「あっ、そうだ。まだだな」
何か忘れているとは思っていたけれど、それか。
「ねえアツキ。空白の2週間って何の話かしら?」
「えっと、なんて説明すればいいのかな。僕がミモザな黒紫蝶を発見して落ちてから、下で気がつくまで一日だったはずなんだ」
「そうなの? わたしが憶えているのは、ここの崖下で横たわるアツキの手のひらからの記憶だけよ。その前は、真っ赤な血の海に溺れる直前までしか、記憶にないわ」
「え、なにその記憶。怖いんだけど」
じゃあやっぱり、謎の2週間失踪はあったってことなのかな?
三人で話した結果、やっぱり分からない。僕は一日だけれど、郷田さんは山の麓の登山道で別れて2週間。エリクシルの生命維持期限が確か10日だって記憶しているから、色々と計算が合わない。
「まああれだ。下に下りれば分かるだろう」
結論はそれに尽きる。だね。
籠に揺られ、切り立った崖をゆっくりと下降していく。
突貫施工の断崖エレベーターは、予想以上にスムーズで、風もないから静かなもんだった。
いやごめん嘘ついた。大人7人プラス妖精1人が、静かなわけがない。
なんなら意気投合したのか、郷田さんの肩の上に乗ったミモザが、他の自衛隊員の人たちと談笑しているまである。
「いや、俺なんてこの間、リアル幽霊と遭遇したぜ。銃で撃って普通に壁に銃弾が着弾してさ。焦ったよ」
「どうなったのよ。幽霊なんて実体が無いんでしょ?」
「それ用のお守り? お札みたいなの支給されているから、投げつけたら消えたよ」
とか。
「人面犬って知ってるか? びっくりして固まってたら近くまで来てさ、食べ物を要求されたんだよ。非常食渡したら『しけてんな』って言って、瞬きしたら消えてた時には生きた心地しなかった」
「コボルトと何か違うのかしら?」
「体は犬だったから、違うと思うよ。俺が止まったままだったから、呪いとか無かったし」
みたいな。
いやなんだよその、裏話的な会話。
確かにミモザ自体がそっちの、超常現象的な存在だけれど、今その話?
大学の講堂でやったディスカッションにもいた人たちだったから、僕の件で来てくれているとは思うんだけど、完全に僕は放置だった。まあ、聞いているだけで楽しかったからいいんだけどね。
てか、自衛隊員って結構普通に、そういった超常現象的な何かに遭遇しているんだって思ったら、何だか近親感を感じた。
まあさすがに、僕が魔法を使えることをカミングアウトとかしなかったけれど。
喉まで出かけたけど、ぐっと飲み込んだのは秘密。
「よく、無事だった」
崖下に下りると、楢崎教授を始めみんなが待ってくれていた。
姉が無言で近づいてくると、そっと僕に腕を回して抱きしめてきた。まあ防護服越しだから江面は最低で、何だか締まりは無かったけれど。でもやっぱり、その、案じてくれていた気持ちは伝わったから嬉しかったけれど。
「さて、柏崎君……いや、柏崎教授もいるから、篤輝君の方が良さそうだな。調査の結果が出たから、改めて情報を共有しようと思う」
「え、もう何か分かったんですか?」
「ああ。空間の揺らぎを観測することができた。ちょうど篤輝君が落ちた場所の真上、少し前に白い巨大オオカミが出現した場所でもある」
大きな、会議室を兼ねたテントで、衝撃の事実が判明した。
崖上の落下開始地点と、崖下の落下地点。そのちょうど中間らしい。僕たちがエレベーターで下りて、入れ替わりに色々な機材がのせられて上がっていったから、既に調査が始まっているとは思うけれど。
でもそうか、何かが掴めつつあるんだ。
「多分、異世界に繋がっているゲートだと思うわよ」
そしてミモザの発言に静まりかえる会議室。
うん。まだミモザの存在、みんなに言っていなかった気がしてきた。
郷田さんたち、そのまま上に戻っていったからなぁ。僕も流れで報告していなかったし。
何というか、絶妙なタイミングに思わず笑みが漏れた。




