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僕だけがハーフなエルフの件について  作者: 澤梛セビン
地球編

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7/12

7.あの日の再現

『こちら楢崎だ。バイタルが少し乱れているが、問題ないか?』

「篤輝です。ちょっと、生理現象で……」

『そうか……すまない。また連絡を入れる……』


 山中。

 尿意を感じて、山荘跡に立ち寄っていた。


 全体ディスカッションの結果、僕は今一人で山歩きをしている。腰には例の、水晶化した黒紫蝶ケースを吊してる。何となく、研究室に置いていくのをためらって持ってきた。今もケースの中で揺れている。


 バックパックにはついさっき採集した黒紫蝶が一株、保存容器に入っている。

 いつもの採集ポイントには、新しい黒紫蝶が一株だけ花を揺らしていたんだ。この間、滑落事故した日には生えていなかったから、ある程度の時間が経過しないと、新しく生えてこないことはわかった。


 装備は他に、前回破損した防護服と全く同じ防護服を着て、ヘルメットには高性能な無線端末が追加装着されている。その、無線端末からの着信だった。


 ――――現場で待つ。


 遅れて講堂に入った僕に告げられたのは、『あの日のトレースをして欲しい』だった。

 もし、何かしら特定の条件があって、その条件から大きく逸脱する行動のリスクを避けたい。それには当然、一人だけの行動も含まれる。

 そして他の全メンバーは、滑落した崖下にキャンプを張って待っているらしい。


 正直言って僕も、直接キャンプ地に行きたかった。

 パワードスーツ型の防護服だから、動作サポートが常にかかっているおかげで、体力的に疲労とかは感じない。てもね、無性に寂しい。

 無線が入る、声が聞こえる、そしてまた静寂が訪れる。この、なんともいえない孤独感を増幅する環境が、辛い。




 人がいない、もとい人の管理を離れた山荘は完全に火山灰に埋もれ、中に入ると真っ暗だった。すぐに視界が切り替わって、見える世界が明るくなる。暗視の魔法が自動起動したようだ。

 この魔法が発動する感覚は、最初から違和感が無かった。

 なんて言うんだろう、まるで生活に溶け込んでいるような、あくまでも自然な感覚。


 室内の積灰量が少ないことを確認して、一旦防護服を脱いだ。

 水が飲みたくなって、今更水筒が無いことに気がついた。水魔法を使う。水生成の魔法は相変わらず『蛇口』で、直接口を付けて飲める分、もうこれでいいやって思った。


 そしてここで、尿意を感じたわけだ。


『改めて、現状の報告を頼む。ああ……ちなみにだが、現在地及びに経路はこちらで把握している。それ以外で、気づいたことを頼む』

「そうですね、黒紫蝶を一株確保しました」

『なんと……もう、か……』


 いきなり絶句するとか。

 いやでもそうか、公式には黒紫蝶はこれで6株目になるんだった。


 採集ポイントの過去の植生分析、それから今の環境条件、過去の積灰量、気温、湿度の情報を追加報告すると、無線の向こうで大きな歓声が上がった。いやそんなに?


「報告できるのは、この辺りですかね」

『いや。本当にすごいな。私も柏崎君の最初のレポートを見せて貰ったんだが、なるほど植生分布からのアプローチは分かりやすかった。だが、いかんせん肝心の場所の特定が難航しているようでな』

「そうなんです?」

『ここにも、このキャンプ地付近にも植生地、あるんだろう?』

「ええ、ありました。あります」


 そこにあった黒紫蝶は、今も腰元にある。

 でもさすがに、それは言えないんだけど。


『その辺の現地データが必要だと、今回。急にもかかわらずエリクシル電子の研究員の方々が参加したのだよ。楽しみだな』

「それでしたら、口頭でよければですが、わかっている座標伝えましょうか? 僕は、場所がわかってても行けないんで」

『それは助か――――』


 沸いた。

 無線の向こうで響いた叫び声に、楢崎教授の声がかき消えた。


 それからは大変だった。

 携帯電話を片手に、地図の座標を伝えるたびに、無線の向こうで怒号が行き交う。言葉を拾うに、本社に連絡して即時現地に派遣している感じだった。

 リストアップしてあった二十数件を伝え終える頃には、無線の向こうで話している相手がエリクシル電子の研究社員さんに変わっていたし。


 全部確実ではないと伝えたけど、関係なかったみたい。




 ちょっと長い休憩の後、再び件の採集アンド事故ポイントに向けて歩き始める。

 最初の峠から稜線を辿り、尾根を下る。手元のマップを頼りに似たような行程を三回ほど繰り返した先に、目的の断崖があった。


 断崖の上。

 周囲の灰を掻いて、固い地面を露出させる。腹ばいになって崖下をのぞき込むと、あった。手が届くか届かないか、本当にそんなギリギリの距離に黒紫蝶があった。

 今回は、特に群生地に当たったらしい。崖面、横方向に数十株確認できた。


 そして視界の先、遙か下方彼方に小粒ほどの、多分大型テントだろう。キャンプ地が確認できた。ここを落下して生きていたとか、奇跡以外の何ものでもないんだけど。

 いやほんと、三千メートル級の山の中腹辺りの崖だから、崖下なんて八百メートルはあるんじゃないかな。


『やあやあ柏崎だよ。どうだい、弟よ。目的地には着いたのかな? 前回の落下地点より200メートルほど南にずれているみたいだが』

「いや姉さん、落下地点て。そりゃ確かに滑落はしたけれど。僕のすぐ下に群生地があって、見える範囲だと20株はあるよ」

『ほう……』

「いや、ほう。って、それだけ?」


 通信が繋がったけれど、どうも様子が変だ。

 姉の背後がザワついているというか、えらい緊迫感が感じられる。少し前の定時連絡だと、普通に楢崎教授と話をしたからそれから今の間に何かが起きたんだろう。


『オオカミがな、現れたのだよ。真っ白な毛並みで、体高2メートルはあったらしくてな、現場は恐慌状態だよ。私もちらっと見たんだが、周りの灰より白い。汚れ一つないのは不思議だったな』

「待って、でかくない!?」

『そうだな。恐らくだが、ヒグマより大きかっただろう。こんなことなら、百瀬も連れてくればよかったな』

「え、彼氏?」

『ああ。動物生態学の研究室で助手やってるが、動物が絶滅して暇そうだったから、私が手伝いにずっと駆り出していたのだが。オオカミいるならあいつが適任だっただろうに』

「彼氏なの否定しないの!?」


 どうやら武装系の装備を何も携帯していなくて、慌てて自衛隊の駐屯地と連絡を取っているところらしい。

 オオカミは突然キャンプ地の端に出現。周りをゆっくりと見回した後、西方面に歩み去って行ったようだ。ただ、足跡が出現した場所からしか確認できず、本当にその場に顕れたのではと、推測されているとか。


『まあ、そんなわけでお昼ご飯にありつけず、私はちょっとご機嫌斜めなのだよ』

「いや、知らないし」


 でもそうか。

 もうそんな時間なのか。




 姉との通信を切り、崖から少し離れた場所に簡易テントを設置。中で防護服を脱いで一息ついた。

 食事をとりながら考える。


 これ、一旦現場検証中断ってことだよね。

 まあ姉が、ここの座標を記録してくれただろうから、下山して合流してもいいとは思うけれど、そもそもが今回の現場検証では、黒紫蝶がおまけ。僕の謎の2週間失踪を検証するのが本命。


 何も追加の指示がないけれど、さすがにここから飛び降りるとか……ないよね?


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