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僕だけがハーフなエルフの件について  作者: 澤梛セビン
地球編

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5.信濃大学

「えっと……」

「待って。当てるわ。そのままでいいから、うんとね――」


 津田多実子。

 ここ自然植生学研究室の教授にして、僕はその助手をしている。

 ショートボブの美魔女で、かけている眼鏡が伊達なのを知っている。白衣には眼鏡でしょう、って言っていたから、何かのドラマ、もしくはアニメにに触発されたんだと思う。

 趣味はサボテンを愛でること。本人談で、窓際の植物は全部がただの多肉植物で、サボテンのサの字さえないのは何故なのか。


「んー、んー?」


 椅子に座っている僕の周りを観察して回っているんだけれど、きっと何もわからないと思う。そもそもがまだ、僕が僕のことをわかっていないんだから。


「あの、津田教授?」

「違うわ、そうじゃないの。いつもの柏崎くんなら、わたしのことを『多実子さん』って呼んでいたはずよ」

「いえ。呼んでません」

「それでね、言うの。『いつも通りお綺麗ですね。今夜、お食事でもどうですか』って。ちょっとドキッとするんだけど、そこは先生としての立場からやんわりとお断りしないといけないのよね」

「あの、そんなこと言ったことないんですけど」

「でももういいわ。今日だけ、今日は君に決めたわっ」(キリッ)

「……お断りします」


 静寂。


 でも、いつもの掛け合い。

 しばらく意味深な顔で僕のことを見ていた津田教授は、ふっと息を吐いた。


「……柏崎くんに何があったのか、聞いても大丈夫かしら」

「僕にも、まだよくわかっていないんですが。それでもよければ」

「そう……ちょっと待っててね、コーヒーを入れるわ。いつものクリーム多めでいいかしら?」

「お願いします」


 僕の周りの大人たちって、どうしてこんなに優しいんだろう。


 研究所のサイフォン式のコーヒーメーカーに火が入る。

 やがてコポコポとお湯が沸く音だけが、静かな研究室に聞こえ始めた。


 信濃大学。

 火山灰の降灰で地上での活動が制限されてから、各県に最低1カ所ずつ確実に研究ができる拠点として設置された特定大学機関の一つ。

 長野県においては長野市と松本市の2カ所に設置されていて、ここは松本にある大学なんだ。元は私立の大学だったと思う。


 コーヒーを抽出している間に、ジャケットを白衣に着替えて、応接テーブルに腰をかけた。


「遭難したらしいって、郷田さんが心配していたわ。彼とは?」

「木曾の出張所で再会して、ここまで送って貰いました。郷田さん再婚したみたいですね」

「本人から聞いたわ。迎えに行く予定を延期してまで、柏崎くんの消息を探していたみたいよ。わたしも柏崎くんの行方を聞かれたけれど、知っていることになんてそう変わらなかったから。でもよかった、無事で」

「え。あの……すみません」


 まさか、郷田さんがそんなに僕のことを気にかけてくれていたなんて。さすがに申し訳ない気持ちで一杯になる。

 ソーサーにコーヒーカップが乗せられた。


 対面に津田教授が座った。顔を上げると、津田教授の瞳に光るものが見えて、思わずコーヒーカップに視線を落とした。


 一昨日の僕――正確には、2週間前の僕らしいけど、ほんともう。新しい防護服に嬉しいのはわかった。でも自重しろよと。今更思っても無駄なんだけど、本気で思った。


「姿は変わってるけれど、柏崎くんなのね。郷田さん、びっくりしてた?」

「驚かれましたが、そこは何となく理解してくれたというか」

「彼は昔二人、事故で身内を亡くしているからね。柏崎くんのこと、自分の本当の息子だって思っていたと思うわよ」

「あ……」


 視界が滲む。


 胸が痛いな。僕ってこんなに涙もろかったっけ。

 でも、みんなの優しさが本当に嬉しくて。


「それで、わたしたちはいつ結婚式をする?」

「いやいや、しませんって」

「ハネムーンはやっぱりハワイがいいわね。飛行機、飛んでないけれど」

「ハワイ、太平洋の海底火山噴火で最初に地図から無くなってませんか?」

「そうだっけ? そうだったわ」


 哀愁なんて似合わないとばかりに、あっさりと吹っ飛ばされて、顔を見合わせて笑った。

 そもそも津田教授。旦那さんが別の研究室にいるでしょうに。


 ゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。ほんのりクリームの甘さが、ここ数日の異常感を薄れさせてくれた。

 いやまあ、火山灰が延々と降りしきる日常が平穏かって考えると、そもそもが異常事態だから変わりは無いんだけど。


 目に意識を向けて、自動起動している魔法を切るように思う。周りが薄暗くなって、魔法が切れたことがわかった。

 これで赤かった目、普通に戻ったのかな。


「落ち着いたみたいね」

「はい。ありがとうございます」


 昨日、郷田さんに伝えた体験談をもう一度、津田教授にも話した。

 改めて話してみると、ほんと今こうして生きているのが奇跡というか、途中から津田教授が険しい顔になったのは気のせいじゃ無いと思う。いやなんか、空気がやばい。どうしよう間違いなく地雷踏んだ。


「……柏木くん」

「はい」

「そこに正座」

「あ、はい」


 立ち上がり、テーブルの横にいつの間にか置かれた座布団に正座する。


 これは、怒ってるな。

 前にはっちゃけて、多肉植物の鉢を落として駄目にしちゃったんだけど、『めっ』て言われたあの時より可愛い。違うな、頬を膨らませて腰に手を当てるのは反則だと思う。

 ある意味ご褒美。上目遣いの美魔女ですから。

 ……いや、反省しよう。真面目に怒ってくれている。


 しばらく、僕を睨んだ(?)あと、目をつむって大きくため息を吐いた。


「まあ……取りあえずはいいわ」


 あ、いいんだ。

 でも正座した意味とは……。


「問題は空白の2週間ね」

「積灰は3センチでしたよ。10時頃から意識がなくて、起きたのが翌朝8時くらい。もちろん拭った時はサラッとしていて、粘性跡も無しです」

「そうなると、柏崎くんの申告の時間通りね……」

「廃村で、翌朝見た携帯電話の日付はちゃんと二日目でしたね。木曾の出張所で電波拾った跡は、2週間後に補正されましたが」

「……そう、なのね……」


 口元に手を当てて、悩み出すのは構わないんだけど、僕はいつまで正座していればいいんだろう。反省するまでですか、そうですか。


「意識を戻すまでに夢とかは見た?」

「気づいたら崖下ですね」

「女神と会って、チートあげるから魔王倒してってイベントは?」

「ないです」

「それなら、突然魔方陣で呼び出された先が王宮の施設で、水晶を触って首輪付ける危機なんかを、とっさに機転を利かせて回避したりとかは?」

「どこのラノベ設定ですか。全く記憶にないです」

「だったら、だったら……」


 こんな人だったよな。

 だから僕は、自然植生学研究室に所属しているんだ。


「相変わらずそっち方面に詳しいですね。僕もですが」

「だって、そのために自然植生学を専攻したんだもの。いつでも準備できてるわ」


 そう言いながら、腰のウエストポーチから、異世界転移チートメモ取り出すのやめて欲しい。ワクワクしながら、新しいページにペンを置いたって、何も新しい情報無いから。

 でもまあ、僕にとっては間違いなく非日常だった。冒険していたし、何なら不思議な力『魔法』を使えるようになった。


「そうなると、どの異世界転移? 異世界転生の可能性も?」

「いや、その話題から離れましょうよ」


 その日、結局夜半まで異世界談義に花を咲かせた。

 ずっと。正座のままだったと併記しとく。


 視界の端で、黒紫蝶が何だか嬉しそうに揺れていた。


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