40.お久しぶりです?
「ねえイブキ。ここまでって、イブキが知っている過去と一緒なの?」
「……全体的な流れはほぼ一緒だけど、細部が全然違うんだよな。ドームの死骸は烏賊じゃなくて蛸だったし、宇宙船に乗っていたのはエルフじゃなくてゴブリンだったよ。下手に色々知っている分、対応に余分な思考を割いている感じ」
「して、そこの……機械の人は、悪意ある訪問者であったのか?」
「分からない。少なくとも敵意みたいなのは感じなかったはず」
正直そこまでの会話ができなかったんだよな。
病院に行って、自宅に戻った。その間も機人の意識がある時間が短すぎて、ほとんど情報交換できていなかったし。何なら名前も知らない。
放射線がエネルギーだって聞いていて、でもその線種が確定できていなかったとも記憶している。だから何が正解なのか分からないし、中途半端に知っているから対応に迷いが生じているんだけど。そうか、何を迷っていたんだろう。
困った時の、姉えもん。
「もしもし、姉さん?」
『どうした弟よ、何かあったのか?』
「機人の人と遭遇したんだ。前に会ったって、話をしたはずなんだけど」
『ああ。こちらでも現在、データベースの記録から3名の機人を保護している。残り7名の捜索を進めていたんだが。そうか、やはり弟が1名は確保する運命なのだな』
僕が姉と話をしている間に、ミモザが機人と話をしてくれていた。オルフェナが車形態に変形して、機人の意識があるうちに後部座席に乗ったを見て、僕も慌てて前の席に乗り込んだ。
ゆっくりと、オルフェナが走り出す。
『それと、機人はその金属自体が生命体とでも言うべきか。少なくとも、我々と違って宇宙空間で活動することに特化した生命体だということが判明した。まあこれも、弟が残してくれてあったデータのおかげで分かったのだが』
「じゃあやっぱり、方舟の中だと活動できない感じなの?」
『そうだな。宇宙線に代わるエネルギーは、こちらの技術の中ではエリクシルが使えそうだったんだが、ただ残念なことに機人側に吸収する方法がなくてね。既存の放射性物質では、そもそも線量が少なすぎて動くまでには至らなかった。会話までならばできるがね』
ちらっと後ろを見る。
二度目の遭遇なんだよね。機人さんは、今も目をつむってオルフェナ車のドアにもたれかかっている。確かに、エネルギー不足だと動けないよなあ。
放射線とか、その上位の宇宙線とか僕らにとっては有害でしかないから、いまのこの環境じゃないと生きられない。逆に宇宙線が、そこから作られる放射線がエネルギー源である機人さんにしてみれば、空気がない……違うな、水のない魚? それとも違うか。
生体の違いは難しい。
そうして自宅で合流する話までして、姉との通話を終えた。
「あの……イブキさん、でいいのですか……?」
気づいたら機人さんが目覚めていて、ドア枠にもたれかかったまま僕のことをじっと見ていた。青く光る瞳は、何だかとても神秘的で思わず息を飲み込んだ。
「うん、イブキでいい。話していて大丈夫なの?」
「ある程度のエネルギーが溜まれば、また枯渇するまでは意識が戻ります。それで、お久しぶりです。世界を渡ったと、記録しています。少し、変わられましたか?」
「僕が僕だって、わかるの?」
「ええ、分かりま……す……」
そして再び、機人さんの意識が落ちる。
あまり長く話ができないんだろうな。ミモザを見ると、首を横に振ってきた。
「難儀よね。だいたい、10分くらいエネルギー溜めて、30秒くらい喋ることができる感じだわ」
「大気圏とかあると駄目な感じだね。ところで機人さん、世界改変が起きたことを認識している感じだったけれど、ミモザは機人さんから何か聞いてる?」
「かなり世界がズレたそうよ。エネルギー法則? って言っていたかしら、70パーセントくらい未知のエネルギー領域に大き移り変わって、定着したって言っていたわ。もしかすると、未知のエネルギーって魔力のことじゃないかしら」
「あー、身に覚えがありすぎる……」
世界変わったもんなぁ。
黒紫蝶から始まったエリクシルまでだけだったら、たぶんここまで来られなかったと思う。
僕がハーフなエルフになって、あそこから何かおかしくなったような気はする。空間の揺らぎが巨大門に変わり、姉と教授たちが神がかった。
関東平野を駆け抜けて、吹き飛ぶはずの方舟を宇宙に飛ばしたのは、本当に今考えても意味が分からないと思う。
そして方舟は、ダンジョンに変わり宇宙船になったんだけれど、もし方舟のままだったらここまで来ることはできなかったんじゃないかな。
家に着いた。
少しだけ機人の意識が戻るのを待って、魔法をかけていいか確認する。それから重力魔法をかけて軽くして――。
「待っていたよ。わたしが運ぼう」
姉が扉を開けて機人さんをスッと抱きかかえる。そのまま颯爽と去って行った。いつの間に来ていたのか全然気づかなくて、ミモザと顔を見合わせる。そういえば、前も車まで迎えに来たっけ。
ミモザが車から小玉羊に戻ったオルフェナを抱えるのを待って、僕らも遅れて家に入った。
エネルギーが切れた機人さんが、ゆっくりとソファーに沈んだ。
話を聞いていた家族全員が、大きく息を吐いた。
「つまりあれか。別の世界線の俺たちは、もっと知的だったという話なんだな」
「いや、違うからね?」
「でも篤輝ちゃんは、今よりも思慮深い私たちを知っているのよね?」
「変わらないって、断言するよ」
「ははは、弟君は本当に冗談がうまくなったよね」
「何を言っているのだ幸彦君、これでも弟は真面目なのだぞ」
「……」
シリアスさんは、どこに行ったんだろうか。
隣でミモザが、お腹を抱えて笑いをこらえている。その膝の上にいるオルフェナだって、なんとも言えない顔しているじゃないか。
最初は確かに、みんな真面目に話を聞いていたんだよ。でも機人さんが、どうしても30秒くらい話して、そのあと10分は沈黙しちゃう。実は飽きっぽい父と母が、その10分を大人しく待てるはずがなくって、3回目のクールタイムにはもういつもの調子に戻っていた。
「だが篤輝よ。実際のところ、俺たちに何かできることがあるのか?」
「そうよ篤紀さんの言う通りよ? 機人ちゃんは放射線がエネルギー源なのに、私たちにとって放射線は百害あって一利もなしなのよ」
「他の機人達が協力的でね、研究自体はものすごい速度で進んでいる。だが、解決策なんて宇宙空間に出る以外にないのが現状なんだ。そういう意味では、ナナナシア星の宇宙基地まで送り届けるまで保護するのが大目的だと言える」
自己紹介がてら、我が家に馴染んで欲しい。どうも父と母にとって、今回はホームステイにこの機人さんが来てくれたみたいな感覚なんだろうな。ほんと頭痛くなってくる。
幸彦さんまでここの家風に馴染んでいるのは、さすがに想定外だったんだけど。
そしてやっぱり、機人さんは僕らの家族のことを憶えていたみたいで、最初の挨拶が『お久しぶりです?』だった。何故疑問形だったのかは知らないけれど。
その後も、やっぱり雑談程度の会話が続いただけで、特にこれと言った重要な話題もなかったため、父と母が就寝の挨拶をして去り、流れでお開きになった。
姉と幸彦さんが、機人さんを客間に案内すると、リビングには僕たちだけになった。
『マスター、提案があるのですが。よろしいでしょうか?』
「ああマシキ、どうした?」
返事はしたものの、嫌な予感がしてミモザを見ると、首を横に振っている。
『機人に、ダンジョンコアを――』
そっと、電源ボタンを押す。
画面が暗くなって、マシキの声が聞こえなくなった。
さて、僕たちも就寝しようか。




