38.違う未来
朝になって、ドームにある疑似太陽がうっすらと輝き始めた。
庭でドーム天井を見上げる僕の手を、ミモザがしっかりと握る。視界の端に映るのは、何だか不安そうなミモザの横顔。
「本当に、蛸がいたの?」
「あそこの……ここからだと、ちょうど新東京タワーの真上辺りに、大きな宇宙蛸が張り付いていた」
「今は何もないわ。それに記憶に、痕跡すらもない……すごく、怖い……」
全員の認識がそろって『知らない』だった昨夜、夜も遅いこともあって確認は翌朝以降に持ち越しになったんだけど、それからミモザがずっと僕から離れなかった。
そもそもミモザはずっと、一番近くで一緒に行動していたんだから知らないこと自体がおかしい。でもミモザも知らなくて、顔を青くしていた。
「でもさ、ミモザ。実は何の問題もなかったんだ」
「…………どうして、そう言えるの?」
「だって――」
朝一で、それこそ日が昇る時間より前から、姉があちこちに電話していた。その結果だけれど、いくつか明らかに改変されていたことが分かった。
まず、空間の揺らぎ昇華ツアーは、ただの『昇華門ツアー』になっている。
森の中にあった空間の揺らぎがなくなって、代わりに新東京タワー直下に作られた『昇華門』がそのまま直接、昇華を担っていた。姉が門に解析した昇華の魔法模様を刻み、ミモザが門をダンジョンコアに直結させて昇華できるようにした。
基本となる技術体系は魔式だったから、一応流れ的な辻褄は合っている。
この時点で、懸念事項は基本的に無くなった。
「ゴブリンさんたちと機人さんの、訪れた記憶は失われている。でもね、記録には残っているんだ。方舟のね」
「そうなの? だって、モモカさんもマシキも、駄目だって言っていたわよ?」
「僕の携帯電話のバックアップが、方舟のデータサーバに残ってる。マシキとデータ領域が共通だからこその、抜け道ってわけさ」
だから、ゴブリンの住民仮登録と機人の検査データがしっかりと残っていた。それに10基の宇宙船の構造データや、その主動力の核融合炉。重力制御装置や対消滅システムなんかのデータも残っている。
それはつまり、僕らだけで戦力確保ができると言うこと。
そして、彼らの星。ゴブリナ星の座標データもそこにはあった。
「だから朝から、姉さんは大忙しさ。執行部に緊急招集かけて、姉さん自身もオルフェナさんひっ掴んで、飛んでいったよ」
「どうして、そんなに慌てているのよ」
「そりゃ慌てるよ。地球以外で生命が生きていられる星が、確実にあるって分かっているんだよ。そこがたとえ、宇宙蛸に蹂躙されていたとしても、排除してしまえばなんとでもなる」
「それってイブキの話の中で、ゴブリンさんたちが方舟の環境に適応していたから……?」
「そう。ゴブリナ星の大気成分には、酸素が間違いなくあるってこと。そこにはきっと、海があって植物もたくさんあるはず」
助けにいく。
名目はそんなところだと思う。ただ、本音は有望な移民先が確保出来るかも知れないだろうけど。
この先、当てもなく宇宙を漂い続けて、それこそいつ希望する惑星に巡り会えるのか。そんな天文学的な確率にかけるより、遙かに確実だって。姉が力説していた。だから全力で向かうらしい。
まあ、僕はその程度の協力が精一杯なんだけどね。
「そっか。それなら、大丈夫なのね。イブキがいなくなる心配をしなくてもいいのね」
「僕は、ここにいるよ。あとはまた、植生調査とその調整かな」
そうして、ここしばらくのゴタゴタが一段落ついた。
ちなみにだけれど、ふと思い立って実験的に魔力結晶を解放してみた。だけど、髪の色も黒髪で顔つきも生来の僕の顔のままだったんだよね。またあの、白髪青白目の洋風イケメンに戻ると思ったけれど、期待が外れた。
その後でもう一度、魔力結晶を作って、虹色宝箱、携帯電話のストレージの順に二重に収納したけれど、今度は何も変化しなかった。つまりあの、白髪の外人顔が異常の本元だったってことかな。よく分からない。まあ、23年間慣れ親しんだ自分の顔だから、ちょっとだけ惜しいくらい。いや、勿体ない気がしてきた……。
そうして僕は、ミモザとオルフェナを伴って森に植生調査に来たんだけれど……。
「何か、前と雰囲気違っていないかな……?」
「そうかしら、ここってこの間調査した続きなのよね? だったら一緒だと思うわよ」
パソコンを確認して、確かにミモザの言い分が正しいことを確認。ただなぁ、ここ一帯はニレの木で統一したはずなんだけれど、白樺の林になっている。この世界線の僕は、ここを白樺林に統一したってことか。
なんとも、不思議だな。なんて上を見上げて、そっと目をつむった。
「烏賊とか、勘弁して欲しいんだけど……」
「どうしたのイブキ? イカって何の話よ」
「あのさ、マシキ。ダンジョンの拡張ってマシキでできるの?」
『いいえ、マスター。私の及ぼせる範囲は、魔力網を利用した現在のダンジョン管理だけです。今回であれば、植生の変更までであれば可能ですが、クリエイト系はマスターがDCミモザに接触する必要があります』
「わかった。ミモザ、ダンジョンの拡張をしたいから、両手お願い」
「ええ、いいわよ」
さて、あの日のダンジョンクリエイトをもう一回だ。
マシキにお願いして、僕らが最初に方舟に乗ったあの日、輸送船から降りて最初に入った扉周辺の図面を、携帯電話の画面に表示してもらった。
扉の大きさを、ちょっとした戦艦級の宇宙船も通れるくらいまで大きく広げる。そして二重隔壁をその先に設置。中の空間は同じく戦艦級の船が横に並べるくらいの空間を確保。
可動式のタラップを左右に四基ずつ配置し、中央の奥に入り口を配備し、その奥に減圧室を設置。隔壁を二つ挟んで、やっとエレベーターロビーに繋がる。
こんな感じか――。
自分の記憶にあった出入船待機ロビーを再び思い描いた直後、膨大な量の魔力が、ミモザに向かって流れていく。
携帯電話の画面の中の扉が、あり得ないくらい大きくなって、その奥の部屋が同じくらいに縦に引き延ばされた。でも、変化はそれだけだった。
魔力の流れが止まる。
使った魔力は、前よりも多い感じかな。でも全然余裕なことに内心で苦笑い。
「あのね、イブキ。普通の人だったら、今ので30回くらい命落としてるわよ?」
「ミモザはさ、前と同じ様なこと言うんだね」
「それってこの間言っていた、世界が改変される前の話? それでいったい、どれだけの規模の部屋を作ったのよ」
「同じだよ、戦艦級2艦分だね」
「それを空間拡張して、実際に使った空間はその全体図の空間だけなのよね? そんなに、何に使うのよ。その50分の1でも十分じゃないの? それで、どのくらい残ってるのよ、魔力。カツカツなんでしょう?」
「全く減っていないよ」
「分かっていたけれど、ほんと規格外よね……」
いくつもの可能性の世界線があって、誰かの行動や自分の選択次第で膨大な数の世界線が枝分かれしているって、そんな理論があった記憶がある。
枝分かれした世界線だけれど、必ず収束点があっていくら違う経過の世界を進んでいても、一度は必ず同じ結果になる。今回の場合だと、方舟が巨大宇宙生物に襲われる未来が確定しているってことなんだろうな。
蛸か、烏賊かの違いは些細なものなんだと思う。
諦めて見上げれば、烏賊が攻撃を受けているみたいだった。
レーザー光線が烏賊を貫き、方舟のドームに反射して再び烏賊を貫いていく。それが複数同時に、あっという間に烏賊が穴だらけになった。
首を巡らせると、宇宙空間に方舟の光を反射する何機もの小型宇宙船が見えた。似たような結果に、もう笑うしか無かった。
さて、姉に連絡しようか。




